お元気ですか?もうこんなことを聞くことなんてできないのだけれども。
それでも、よく手紙を書いています。今は世界が少し大変なことになっているので、書き遺しているというのも兼ねてですけど。
 私は今、裁判官として働く傍らで『宵ノ内事件』を後世へと語り継ぐ語り部としても活動しています。大好きな親友も、尊敬する先輩も、心の底から信頼できる恋人もできました。でも、もう私の隣で、「行ってらっしゃい」と笑顔で優しく見送ってくれる貴女はいない。
テレビの前の木目のダイニングテーブルや、あの川沿いの桜並木や、結婚式の最前列に座る貴女はもう居ないんだなって。そう思う度に最近よく泣くようになってしまった。子供の頃はそんなに泣かなかったのにな、すっかり涙脆くなっちゃって。ベットは私一人分しかないし、テレビを見ることも無くなったし、結婚式の招待状は一枚余った。
大丈夫、ちゃんと解っているから。
 今年はもう、クリスマスのケーキやイルミネーションが無くなった。もうじきこの国も戦争に巻き込まれてしまうからだと、国のお偉いさんが言っていた。大切な人たちを奪われる哀しみは経験したくはないけど、現実は残酷みたいで。
こんな世の中。正直になれるのは手紙の中だけ。お母さんのように正しくまっすぐに生きたいけれど、どうすればいいのかな?これまでもこれからも、あなたは私の憧れてやまない大切な人です。
もう私とあなたが一緒に生きた日々よりも、そうじゃない日々のほうがずっと長くなったのに。私の心にはまだ穴が空いたような喪失感が消えないまま。
 あぁ、そうだ。書こうとしていたことはこれだった。
花言葉だよ、私が今でも好きな。花の一つ一つに意味があるんだよって教えてくれた貴女は、とても優しい顔をしていた。貴女が教えてくれた花言葉で一番覚えているのはアングレカム。確か意味は、『あなたとずっと一緒』だったっけな。もう叶わないと分かっているのに、なんでだろな。涙が止まらない、よ。
ダメだなぁ、ねぇお母さん。馬鹿な私を叱ってよ。いつまでもうだうだしてないで、しゃんとしなさいって。
 ……今は頑張って生きていこうと思う。この手紙も続けていこうと思う。面倒くさがりで三日坊主の私に出来るか不安だけど。
それまで、笑って泣いて、生きていく。あなたがくれたたくさんの愛に感謝して。
 敬具 東 裕希夏より