【 某病院 】
 2人が死んでしまってから何年が経ったのでしょう。私も末期ガンに罹ってしまった。そろそろ死ぬのでしょう。結局私は何も出来なかった、何にも。……私は無力だった。
物思いにふけっていると、看護師が制止する声が近づいてくる。ダダダダダと足音を立て娘が病室に入ってきた。肩で息をしながら法服を整えている。無事に夢を叶えていたのね、良かった。裕希夏はボロボロと大粒の涙を零している。つられて私も泣き出す。……涙もろくなったものね。
「お母さん!死なないで、お願い!」
「ごめんね、裕希夏。あなたの花嫁衣裳見たかったな、ごめんなさい」
「お母、さん……。なんで謝るの?嫌だよ!逝かないで!」
私は朦朧とする意識の中、最期の力を振り絞って裕希夏の涙を拭う。
「裕希夏……いつまでも幸せでいて、ね」
その言葉と共に私の心臓は止まり、手は力無くベッドに落ちた。呼吸も脈拍もないことを確認した看護師が担当医を呼ぶ。医師はすぐ病室に駆けつけてきた。
死んだら、魂が抜け出るのは本当だったみたい。周りの景色が見える、生きている時と変わらないように。
「では此方へご案内しましょう、美香様」
どこかで聞いたことのある声を最後に、私の視界は黒く染まった。


 【 死後の世界 】
 黒い世界……どこだったっけな。一度確かに見たことがある。あぁそうだ、思い出した。ここは、死んだ後の世界だったんだ。私の前にそびえ立つ天国に繋がる白い扉と地獄へ繋がる黒い門。
「お久しぶりでございます、美香様」
声の方には御堂さんがいた。灰色のスーツをしっかりと着込んでいる。
「こちらこそ久しぶりです、一つお聞きしてもいいですか?」
「なんでございましょうか」
「奏さん達はどうなりましたか?」
そう尋ねると少し考え込んでから答えた。
「お答えしても……良いのですか?」
御堂さんは指でメガネを押さえると、一つため息をついた。何か言い難いことでもあるのだろうか?
「分かりました、答えましょう。奏様は……美琴様と地獄へと行かれました」
……え?ウソ、二人が地獄に……?奏はまだ分かる、でもなんで美琴まで?
「懐疑的になられるのも分かります。お二方は互いが其方へ行くことを望みましたので、そうなってしまってはもう、私に止める術はありません」
「じゃあ、私がやってきた事は全部……」
全身から力が抜けて地面に崩れ落ちる。御堂さんの心配する声はどこか遠くのように聞こえた。
どうしてこうなったの?私がやってきた事は全部無駄だったの?
一度だけのチャンスを私は棒に振ったことになる。二人は幸せになったと思っていた、思っていた。やっぱり私はバカらしい。そうだ、やり直した時点で私はもう……。
「彼らをあまり悔やむな、それが二人の選んだ幸せなのだからな」
頭上から声が降ってくる。見上げると、以前と全く変わらない軍服姿の雪正さんの姿があった。
「なら、どうして私にやり直す権利を与えたんですか!どうしてこうなることを隠していたんですか!」
分かっている、こんな事を言っても何も変わらないことなんて。分かりきっている。
「落ち着け、一つずつ話そう」
雪正さんは私の手を取りゆっくりと立たせる。どこか気品のある振る舞い方。まるで姫の侍衛のようなそんな感じだった。私が落ち着いたのを確かめると一つずつ話し始めた。そして私は知った。
あるべき未来の形は定められていること。その時の悲劇を変えることが出来たとしても、いつかはその対価を払わなければならぬ時が来ることを。二人が地獄に行ったのは二人の思い故だということを。
「貴女は何も悪くないし、間違ってはいなかった。誰も何も悪くはない。二人は二人の決断をして行った。貴女は自身の進む道に行きな」
やってきた事は無駄ではなかった。もしかすると私は、そんな言葉をかけてほしかっただけなのかも?……いや、違うんだろう。
礼を言うと彼は珍しく微笑みポンポンと頭を撫でた。
「さぁ、行ってきな。貴女の進むべき道の方へと」
それを最後に雪正さんは姿を消した。もちろん私はどちらに行くかは決めている。
いつかまたどこかの世界で二人に逢えたらいいな。
私は暖かい風が吹いてくる扉を開いた。