【 死後の世界 】
 気がついた時には光の無い暗闇の中にいた。一体どこなんだ、ここは……。それに私はあの時確かに死んだはずだ、生きているなんて到底ありえない。だが、こうして考えているのなら生きている事になる……のか?『我思う故に我あり』という言葉が残されているくらいなのだから。
私が非現実的な出来事に考え込んでいると、誰かに声をかけられた。
「随分とお悩みのようで、どうなされましたか?奏様」
「アンタは誰だ?なんで私の名を知っている?」
やけに丁寧な態度で話しかけてきたその男は、灰色のスーツに黒縁メガネの葬儀の場で働いていそうな容姿をしていた。
「申し訳ありませんでした、名乗るのを忘れておりましたね。(わたくし)、亡くなられた方々を正しき方へとご教示いたします案内人の御堂と申します。以後お見知りおきを」
御堂と名乗った男は一切自然な笑みを崩さない。それが少し不気味に感じる。
「しかしまぁ、地獄というのはこんなに殺風景なとこなんだな」
「こちらは地獄でも天国でもございません、亡くなられた方々が最初に辿り着く中継地点とでも申しましょうか」
……中継地点か。行くべきところが天国なのか地獄なのかは自分自身で選べるということらしいな。不思議なものだ。
「御堂さん、だったかな。一つ聞いてもいいか?」
「なんでございましょうか」
「なんで私の名を知っていたんだ?」
「そうでしたね、お答えしましょう。簡潔に申しますと、奏様は一度この場所に参られたことがございます」
その言葉に疑問が浮かんだ。もしそうなっていたのなら、私は一度死んだことになるじゃないか。それに答えるように、御堂さんは続ける。
「東美香様という方は存じておりますでしょうか?」
「……あぁ、知ってるさ。私たちの命の恩人だ」
私がそう答えると、何故か御堂さんは少し悲しげな顔をしたような気がした。
「その方が本来あるべき姿の未来をねじ曲げたのですよ」
「あるべき姿の未来……?」
なんだそりゃ、あるべき姿ってなんなんだ。美琴と過ごしたあの日々が、ありえないっていうのか?
「えぇ、そうでございます。……申し伝えてもよろしいでしょうか、奏様たちの正しき姿を」
「…………たぶん大丈夫だ」
そうして私は知ってしまった。
本当であれば美琴はあの日に死んでしまっていたこと。彼女の遺言を受けて私はクラスメイト全員への復讐を決意したこと。主犯格四人の惨殺。『悲劇の同窓会』たるものの実行。死刑囚としての死を迎えたこと。虚構(フィクション)だったのは私が美琴と過ごしたあの日々だった。
 私はずっと都合のいい長く幸せな夢をみていただけ……だったのか?ねじ曲げられた未来の私が死んだから、その夢が覚めたのか?そもそも、なんでアイツは未来を変えようとしたんだ?いつ私はアイツに幸せにしてくださいと頼んだ?こっちは頼んだ覚えなんてないのに!
……独り善がりの正義感を押し付けるんじゃない、馬鹿野郎が。
「奏様、推察中失礼いたします。貴方様はどちらへゆかれるのですか?」
「アンタのお陰で決まったよ。当然私は……地獄に行く」
「……お決まりでしたか。では、私が帯同いたします」
御堂は私を、暗く燃え盛る道へと連れていった。どうやらここから先は案内人は行けない場所のようだった。御堂に別れを告げ歩みを進める。
 最後に彼はこんなことを言った。
地獄も天国も辿り着くイメージは人それぞれでございます。『扉』や『三途の川』、そして貴方様のような『道』のように。それでは、行ってらっしゃいませ。もう二度と私には会わないことを願っていますよ、と。
 ……さぁてと、進むとしますか。


 君は言っていたね、覚めない夢は無いんだと。でもな、あぁ、どうか私を赦しておくれ。もう君の元へは行けないんだ。君はきっと天国に行っているのだろう。私は地獄へ行く、多くの人を不幸にしたから、哀しませたから。
ごめんな、美琴。頬に伝う雫を感じながら私は、暗く燃え盛る道を進んでいった。
「奏ちゃん!!行かないでよぉ。……ずっと一緒にいるって約束したじゃないっ!」
その涙声にハッとした。後ろから美琴が走ってくる。私は、大切な事を忘れていた。もう君を独りにはしないと、悲しませないと。約束したはずだったのに。なのに、なのに私は。……なんで、忘れていたんだ。
「ごめんな、美琴。約束、思い出したよ。……一緒に行こうか」
追いついた美琴は、うん!と返事をした。
そうして、2人はあの頃のように仲良く手を繋いで地獄へと向かっていった。