【 ╳╳8年 12月16日 ある人の家 】
 「ねぇねぇママ、えほんよんでー」
「あら、良いわよ。どんな絵本?」
「これ、『ときのひめとつくもがみ』」
「じゃあ始めるわね。昔昔のその昔まだ神様たちが……」

 ――時の姫と付喪神――
 その昔まだ神様たちと人の子らが共にあったときのこと。
 ある小さな村に、時の姫とよばれる神様が居りました。時の姫はその村を守る守り神でもありました。時の姫は楽しく日々を過ごすことが好きでした。
時の姫は人々を愛し、村の人々もまた姫を愛しておりました。
しかし、ある時村を大きな争いが襲いました。それはとても大きな争いで時の姫も巻き込まれてしまいました。争いから何日が経ったでしょう。いつしか村には誰もいなくなっておりました。神である彼女以外誰も。
 荒れ果てた村で、時の姫はひとり生き続けることのくるしみとわびしさを嘆いておりました。
 雪が降ったある日のこと、1人の若者がこの地を訪れました。折れた刀を持ちひどく傷ついた若者は、大きく息をつきゆっくりと瞼を閉じました。どうやらこの場所を死に場所にとえらんだようでした。刀に宿る僅かな気配から、その若者がその刀の付喪神であることは神である時の姫には、すぐに分かりました。
本来なら、人に忌み嫌われいずれ消えゆく付喪神と人に愛され永遠を生きる時の姫は相容れぬ存在。いずれ消えるとわかっていても付喪神の命が尽きるのをほうってはおけませんでした。
時の姫はそっと付喪神に近づいていき、刀に手をかざしました。すると、みるみるうちに折れた刀が、すっかり元どおりになったのです。しかし、付喪神はいっこうに目を覚まさず、流れる血も止まりません。
無数の傷をあちらこちらに受けた彼の体は、これまでの身の上を物語っているようでした。
時の姫は彼を哀れに思い涙を流しました。時の姫の涙は雫となり付喪神の頬を濡らします。
死のふちをさまよっていた付喪神はその雫でうっすらと目をあけました。
「消えゆく物なぞ助けるな」
声はなくそう唇を動かすと、付喪神は目を閉じました。動かぬ付喪神の体に雪が降り積もってゆきます。
雪越しに冷たい血が流し込まれました。
その血は、永遠を生きる時の姫の血。
時の姫は己の指をかみきると流れる血を死にゆく付喪神へと分け与えたのでした。
時の姫の血は、隔てるものを越え付喪神の傷を癒していきました。


 次の日の朝、付喪神は時の姫に昨夜の非礼を詫びました。付喪神はふと、自分の腰に違和感を感じました。刀が無いのです。慌ててあたりをみわたすと僅かに残った雪の上に一振の刀が刺さっておりました。まだ傷の癒えぬ付喪神の代わりに時の姫はその刀を取り付喪神へと渡しました。付喪神は刀を見つめて涙を流しました。そのはず、折れたはずの刀が元に戻っていたのですから。
雪正と名乗った付喪神は、命を助けてもらった礼がしたいというのでした。時の姫は礼など要らないと断りますが、雪正は命の恩人に礼をしたいと食い下がります。とうとう根負けした時の姫は、決してたがうことのない最初の約束をしました。それは、荒れ果てた村を元に戻すというものでした。それから幾星霜の月日が経ち、村は荒れ果てていた時が嘘だったかのように元以上の大きな里へと変わっておりました。
時の姫は町の神様として祀られ、雪正は町に近づく悪しきものを打ち祓う姫の御剣(みつるぎ)として時の姫らを守っておりました。
そして、彼らと町を慕うもの達が集まり里はかつて以上の活気を取り戻したのでした。


 二人が出会った時のように雪の降る夜。雪正は時の姫に二つ目の願いはなんだと問いました。姫はただそばに居てほしいと願いました。そうしてまた違えることの無い二つ目の約束をしました。
それから月日が経ち、町に再び争いの火種がうまれるようになりました。町の繁栄を恨み妬むもの達の仕業でした。
そうして、町は再び戦火に包まれ魑魅魍魎の闊歩する地獄へと変わりました。雪正らはこの町を去るように伝えましたが、時の姫はこの地を守るために在る存在。無下に去ることは出来ないのでした。時の姫は雪正らにこの町を去るように伝えましたが、誰一人去るものは居ませんでした。町の人々は皆時の姫を慕い集まった者だったのですから。
そうして雪正と時の姫は、共に戦う決意をしました。雪正は、町を姫を守る為に戦いました。しかし、多勢に無勢。次第に傷を増やしてゆきます。時の姫もまた多くの傷を負っていました。
時の姫は最後の力を振り絞り、大御神に祈りました。どうか自分の命と引き換えに町の民の命をお守りください、と。
そうして、時の姫はゆっくりと目を閉じました。
その時でした。それまで数多の敵を屠り傷だらけになっていた雪正が、倒れゆく時の姫を抱き抱えたのです。
「今でこそ、刀である俺がお前の役に立つ時だ」
雪正は傷だらけになり倒れそうになりながらも命を賭して二つ目の約束を叶えていたのです。時の姫はその姿を見て、二つ目の願いがいかに残酷であるかを知りました。
「さぁ、三つ目の願いは……なんだ」
雪正は刀を地に刺し、時の姫をしっかりと見つめて言いました。
争いの無い平和な世界で生きれたらどんなにしあわせか。時の姫の瞳からとめどなく涙が溢れました。
しかし、使命を大御神に祈った身。思いに囚われてはいけないのです。自身の使命に雪正を巻き込む訳にもいきません。

三つ目の願いはこうでした。
「どうか貴方は心の向くままに自由に生きてください」
「では心の向くまま……二つ目の約束を俺は永遠に守り続けよう」
雪正には時の姫の思いも担う役割も全て分かっていたのです。
命が尽きゆく中二人はしあわせでした。

一振の刀が折れ時が止まったかのような静寂に包まれた直後、町に雨が三日三晩降り続けました。
大御神は人柱としての時の姫の願いを聞き届けたのでした。

しかし、時の姫と付喪神は本来共に過ごすことなどできぬもの同士。ゆえに禁忌とされている間柄。
神世を終えた二人の魂は人の器を依り代にそのあとも転生を繰り返す呪いを受けました。
襲い来る災いから世を守るため罪が赦されるまで彼らは何度もよみがえり、その度に時の姫は世を守る人柱として、付喪神は時の姫を守る剣となるのです。

二人は様々な時や場所で、幾度となく出会い災いを退け死に別れては、再び出会うのでした。
時を超え二人の魂の縁は、永遠に受け継がれてゆくのでありました。
――――――
「……ゆくのでありました。お終い、あら?」
愛しい娘は膝元ですやすやと寝息を立てて寝ていた。疲れちゃったのかしら。
「おやすみなさい、裕希夏。いい夢を見てね」