【 11月21日 16時30分 神代宅 】
 「ただいまー、お姉ちゃん。あれ?お姉ちゃん?」
帰ったらいつもおかえりと返してくれるお姉ちゃんの声がしない、なんか変な匂いもするし。なんか変だな?部屋を見てもいないしベランダにもいない。洗面台の近くに短い髪の毛が落ちていた。姉ちゃんのだ。そこに行くと、突っ伏してぐったりとした姉ちゃんの姿があった。近くには血で赤くなったカミソリが無造作に置かれていた。
「うわぁっ!お姉ちゃん!?」
急いで駆け寄ると、まだ微かに息があった。姉ちゃんは救急車で病院に運ばれていった。……また、なんだね。僕には、姉ちゃんの気持ちなんて分かったことは一度もない。何に苦しんでいるの?何が辛いの?どうして、僕に何も教えてくれないの?僕は姉ちゃんの弟なのに……。


 【 同日 17時 暁第一病院 】
 ここはどこだ……?薄らとする薬品の匂いから多分病院なのだろう。ズキリと痛んだ手首に目をやると、何重にも包帯が巻かれていた。……助かったのか?何で生かすんだよ、生きてても何の意味の無い私を。
ぼんやりとした輪郭がはっきりと形を作った。(がく)だった。
「……!姉ちゃん!!」
「うわ、楽……」
「生きてる……!姉ちゃんが生きてる!」
これまで見てきたことが無いくらいに楽はボロボロと泣いていた。そうだった、私は。いつものように死のうとしていたんだ。この生まれなかった方がまだマシな辛い現実にもういたくなかったから。空っぽに生きるくらいならあの日に死んだほうが良かったのに。……美琴のことに何も気づけなかった私なんか。
「あ、そうだ。姉ちゃんこれ、見てよ」
楽が持ってきていたらしいバックから私のスマホを取り出す。ピカピカと通知を知らせるランプが光っていた。
「ん?なんだ……って、美琴から?」
私のスマホには、おそらく事情を何も知らないであろう美琴からたくさんの通知が来ていた。
『奏ちゃん、今どこにいるの?』
『生きてる?』
『大丈夫?これ見たら返信して』
そんなメッセージが何件も来ていた。
「姉ちゃん、返信してあげた方がいいよ。心配しているだろうし」
「……分かった」
『生きてる。今病院』
それだけ打って送信した。するとすぐに既読がついて、返事が来る。
『良かった!今から行くね』
「美琴ちゃん来るって?」
「あぁ」
それから少しして、息を切らした美琴が病室に駆け込んできた。包帯を巻かれた私の姿を見た途端、美琴はその場に崩れ落ちた。
「……っよかったぁ……」
「ごめん美琴……心配かけて」
「ううん、いいの。生きてて本当に良かった……!」
顔を上げた美琴の目には涙が溜まっていた。私が死んだら悲しむ人なんていないと思ってたのに。美琴のその姿を見て涙腺が緩むのを感じた。
あぁ、やっと。やっと分かったよ……、私が生きている意味。美琴と出会って幸せに生きる為に、私は生きているんだ。