【 11月19日日曜日 16時 映画館近くのゲームセンター 】
 やろうとせがんで一回だけならと奏ちゃんは、流れてくる音符を叩くリズムゲームを一緒にやってくれた。
「奏ちゃん!次は絶対負けないからね」
「フフ、勝てると良いね」
次は次はと言いながらもう五回くらい遊んでいる。……お金足りるかな?何をやっても奏ちゃんは私より上手で悔しい。運動神経抜群でゲームでも負けて……ああ、もどかしい。もやもやした気持ちを察されたのか、奏ちゃんはトイレに行ってくると言ってしまった。
 私1人、何しよう?そうだ、クレーンゲームでかわいいのがあったから取ってみよう。お金がまた溶けるかもだけど。奏ちゃんにクレーンゲームのコーナーで遊んでるとだけチャットで伝えておいた。すぐに既読がついた。


よし、掴めたと思ったけど落ちたー!やっぱりぬいぐるみは難しいなぁ。あとちょっとでいけそうなんだけど。奏ちゃんまだかな?
「お嬢さん、ちょっといいですかね?」
「はい、なんですか?」
私が熱中している間にいつの間にか居た厳つい見た目の男の人に声を掛けられた。スタッフの人かな?でも、私の見解は見事に外れる。
「君かわいいね、モデルとか興味ない?」
「え?えっと……?」
「こういうスカウトとかさ。どう?」
名刺を渡され見てみる。どれどれと、よく分からない……。って、これはもしや良くない状況?
「あ、あの……その……」
私があたふたと慌てていると、落ち着いたそれでいてドスの効いた低い声が耳に飛び込んできた。
「……おい、アンタ。一人の女の子に何してやがる」
男の人では無い。誰なの?その人は、男の人に隠れて姿も顔も分からない。
「コイツは()の彼女だ。手を出すんじゃねぇ」
「連れがいたのか、クソッタレ。分かったよ、消えればいいんだろ消えれば」
負け惜しみにも聞こえる言葉を残して男の人は足早に去っていった。
男の人の影に隠れて見えなかった人の正体は、奏ちゃんだった。
「……私が目を離したのが悪かった。大丈夫だったか?」
「奏ちゃん……!ありがと、うん。もう大丈夫だよ」
「そうか、良かった」
奏ちゃんは私の頭をそっと撫でてくれて、心配してくれてるのが伝わってきて嬉しかった。それに私が彼女だって言われたことも……。
「奏ちゃんって、やっぱりかっこいい」
「え?私がか?」
「うん。怖い人に立ち向かう姿がかっこいいなぁって」
「……っ、お前にそんな風に言われるとちょっと照れるな……」
気まずい沈黙が流れる。よし、話題を変えよう。
「ねぇねぇ!プリクラある!せっかくだし一緒に撮ろうよ」
「お、おい。いきなり引っ張るな……分かったから」
私の駆け足で奏ちゃんを困らせてしまったかもしれない。けど助けてくれて嬉しかったのは本当だ。
私は奏ちゃんの手をぎゅっと握りしめてプリクラのブースまで引っ張っていった。
「2人で撮るから寄らないとだねー」
「うぅん、こういうのはやり方が分からないな……」
「じゃあ奏ちゃん、ポーズとろう」
「どういったやつなんだ?」
「えぇっとね、手でハートを作るんだよ」
奏ちゃんはプリクラが初めてっぽい。いつもは落ち着いていてクールな奏ちゃんが戸惑ってる姿が意外で可愛い。
「よし、これで後は待つだけだね」
「……なんか色々と凝ってるんだな」
「ね、すごいよね。……あ!全部終わったみたい」
「どんなふうになったんだろ?」
「見てみよう……わぁ!」
1枚には『二人はずっと一緒』と書かれていた。私が落書きした方だ。ずっと一緒に居られたらいいって約束の思いを込めて。
「これは……ちょっと恥ずかしいかも……」
「別にいいんじゃないか?美琴らしくて私は好きかな」
「そうかな……?奏ちゃんがそう言うなら良いけど」
もう1枚は、私と奏ちゃんの名前とLoveのスタンプが書かれたシンプルなものだった。
「こっちが、私のか。もう少し可愛くしても良かったのかな……」
「シンプルなのも私は好きだよ、私こういうのだと盛り過ぎちゃうからもっと簡潔にしたいな」
「盛れるのも1つの技なんじゃないかな?いいと思うよ、私にない所を美琴は持ってるんだから」
奏ちゃんはいつもそうだ。マイナスなことを言ってもすぐにポジティブな言葉に言い換えてくれる。裏を返した褒め言葉が、私の心を温かくする。
「ありがとうね」
奏ちゃんはたまに口調が変わる。今みたいな名前呼びだったり、さっきみたいな荒っぽい感じだったり。いつもと違うかっこいい一面を見れてすごく嬉しいな。
私たちはプリントされた写真を半分に切ってそれぞれの手帳に挟んだ。一段と大切な宝物になった気がする。一緒にいられて嬉しいし楽しいけれどもう帰る時間だ。
「美琴、そろそろ帰ろうか」
「……そっか、もうこんな時間なんだね」
「すごく楽しかったな、今日は。機会があったら……またどこかへ遊びに行きたいな」
「!じゃあさ……大学受験が終わった春か夏に、ここで一番有名な庭園に行かない?」
「お、良いじゃないか。美琴は花が大好きだもんな、終わった頃に行ってみようか」
「やったぁ!」
大丈夫、私たちの時間はまだまだこれからなんだ。