【 11月10日金曜日 15時35分 】
 今日は部活がないから早く帰れる、そう考えただけで少しワクワクしてきた。別に部活が嫌なわけじゃなくて家族に会えるからだから。家庭は一般的には幸せとは言えないのだろうけど、私が幸せだからそれでいい。
 トイレに行ったら、個室の前でなぜか全身びしょ濡れで泣いている美琴がいた。……何があった?明らかな異常事態に慌てながらも平静を装って美琴を傷つけないように声を掛ける。
「……美琴?」
「!奏、ちゃん……?」
いつもの朗らかな態度はどこへやら、私を見る目は恐怖に怯える子どもそのものだった。
「とりあえずこれで体拭け」
大きめのタオルを渡す。本当は雨で濡れた自転車拭くために持ってきていたけど、今はそれどころじゃ無い。
「ありがとう……」
美琴は嫌なものを払い落とすように執拗に身体を拭いている。……?あれ、これって。ふと目に止まったのは鮮やかな赤い布。去年の誕生日に渡した赤いマフラーも一緒に濡れていた。ヒドイなぁ……大切な物って分かっててやったのか?
「誰がやった?嫌だったら話さなくていい」
「だ、だめ。話したことがバレたら……」
頑なに話そうとしなかったので聞くのは諦めた。ただ1つ、分かることがあるとすれば。美琴は、誰かからいじめられている。
……ははは、ふざけるなよ。誰かを傷つかせておいて逃げるなんて卑怯者のする事じゃねえか。犯人なんて見つけたら、そのときは絶対に……
「奏ちゃん、そんなに怖い顔しないでよ。私は大丈夫だから」
「こんなの見て大丈夫だなって言えないんだよ、私は……。……今は帰ろう」
「……うん、タオルありがとうね」
「あぁ」
手のひらが痛い、無意識に握りしめていたのか。昔からそうだ。私は感情がすぐに態度や顔に出るんだった。
「私ね、奏ちゃんには言ってなかったけどいじめられてたんだ」
「……うん」
「最初は無視とかされるだけだったんだけど、最近は物を隠されるようになって……」
「……」
「でも、今日みたいな事は初めてで……。だから怖くて……」
そこまで話してから美琴は泣き出した。泣き止むまでずっと手を握っていた。いじめる奴も許せないけど、それよりも弱い自分が許せなかった。
「話聞いてくれてありがとうね、なんか気持ちがスッキリしたよ」
「……あぁ、ならいいんだよ。それなら……」
重い話はもうやめーた!なんか話そう?と言って美琴はまるで何事も無かったかのように笑った。他愛のない話をしながら家に帰った。美琴は笑っていた方がかわいいなんて思いながら。美琴は図書館に用があるからと行ってしまった。でも、私はまだ知らなかったんだ。美琴は、いじめだけに耐えているわけでは無かったのだと。



 【 同日 18時半 美琴の家 】
 私が草花に詳しいのはここで本を読み漁っていたからなのかもしれない。図書館に入り浸って本を読むのが私にとって至高の時間だ。孤独を感じなくなるから、知識が増えればきっと両親(悪魔たち)から逃れる術が見つかるはずだから。でも時間というものは有限だ。あっという間に閉館の時間となってしまった。
はぁ、帰りたくない。なんで帰るのが嫌なのか?まぁ、家庭が荒れているのが一番の理由なんだろう。
 家には既に父さんがいた。部屋が酒臭い、また負けたのか。
「あ?美琴か。響子じゃないんだな、クソッ期待させやがって」
開口一番にこれか。父さんは私に何を期待しているの?私にお金をたかったところで、パチンカスにやるお金は無いのにね。父は賭け事、特にパチンコにハマっている人間の底辺。今は仕事でいない母さんは、他の男に身体を売っている。いわゆる娼婦ってやつ。私の親がろくでもない人間だから、私もそうなんだ、きっと。蛙の子は蛙って言うくらいだし。
「まぁいい、早く飯を作れ」
「わかった」
父はいつもそうだ。自分の思い通りにならないとすぐに怒り出す。だから私は、父には逆らわない。そうしないと殴られるから。でも、それは私のせいなの?私が悪い子から殴られるの?わからない……けどきっと私のせいだ。
「あ?なんだこれは!ふざけてんのか!」
「え?」
父は私が作った料理を食べた瞬間、激昂した。何がいけなかったんだろ?味は大丈夫だと思うんだけど……。
「なんで味噌汁がこの味付けなんだ。響子の作るのじゃなきゃ駄目だよ!」
「ご、ごめんなさい」
口を開く度に響子響子って馬鹿じゃないの。私は、母さんなんかじゃないのに。
「もういい、自分の作った不味いメシでも食ってろ」
「……分かった」
父さんは油でギトギトの髪もそのままに外に出かけていった。コンビニでも行くのかな?興味無いしいいや。
一人残された私は黙々とご飯を食べる。なんだ、不味く無いじゃん。私なんていない方が父さんは嬉しいんじゃないの?……あぁ、そっか。私なんかいても邪魔なだけか。なら、いなくなっても問題ない、よね?