【 ??? 】
 生臭い血と肉の匂いが鼻を突く。割れた窓ガラスが月光を反射してキラキラと光る。さっきまでの明るい雰囲気が嘘のようだった。クラスメイトたちは皆死んでいた。親友のあの子も皆。クラスメイト全員を葬った死神が、私に銃口を向ける。銃声が響いた。


【 11月25日土曜日 10時 】 
 夢、だったのね……。最近は見なかったのに、なんで急に……?
私は兄を、クラスメイトを、かけがえのない友人たちを無惨にも奪われた。私から全てを奪ったあの人も遂に死んだ。私一人だけをなんで残したんですか?
……あの惨劇を覚えておけという事なのでしょうか?
答えは未だに分からないままです。
「ただいマサチューセッツ!」
夫譲りのギャグセンスを炸裂させて娘が買い物から帰ってきた。最近、"ただいま"の面白い言い方を探しているらしくて帰ってくる度に色々試している。どうしてこうなったのかしら。ギャップがあっていいのだけれど。
「ふふっおかえり、裕希夏(ゆきな)
つい笑ってしまった。久々に笑った気がする。
「あ!お母さんがやっと笑ってくれたー!」
「あら、そう?」
「そうだよ、最近全然笑ってなかったから私心配だったんだよー」
心配させる程に私は笑えていなかったようだ。ちゃんとしなきゃね。
「心配かけちゃったね」
「あれ、誰かからの手紙読んでた?」
「どうして分かったの?」
「だって眼鏡掛けてるじゃん。それに今日の朝新聞取った時にお母さん宛の手紙があったから」
「あ、新聞取ってきてくれたの裕希夏だったのね」
「うん。……その手紙、読んでもいい?」
「……」
娘に私の過去を話す時が来たのかもしれない。……貴方はこの機会を作る為だけにこの手紙を書いたの?それとも、最後の嫌がらせのつもりなの?……分からない、けれど。
「お母さん?」
「あぁ、ごめんね。手紙読んでもいいのだけれど、その前に。二十年前にこの街で起きた事件知ってる?」
「なあに?どんなの?」
 分からないと言うように首を捻る。
「同窓会の会場で起きた大量殺人事件。あなた、裁判官になりたいって言っていたじゃない?それなら、知っておくべきだと思うの。根っからの悪人はいないってことをね」
「確かに言ったけど……。その事件ってどう調べれば出てくる?」
「『宵ノ内事件』って調べれば出てくるわよ」
「ちょっと待って、調べる」
娘はまとめられた記事を読んでいるのか、しばらくの間静かになった。その顔が驚愕に悲哀にと次々に変わっていった。私は読み終わった頃を見計らい声を掛ける。
「裕希夏」
「なぁに?お母さん」
「今日、何も用事無かったかしら?」
「うん、何も無いよ。でもなんで?」
「その事件を調べてもらったのは、この手紙を読んでもらうためじゃないの」
「じゃあ何のため?」
「……ちょっと長いお話を聞いてもらう為の準備よ」
 人はいつか必ず死ぬものだから。貴方からの手紙、いえ遺書が届いた今だからこそ。抱えきれなくなった訳では無い。ましてや、私たちが彼女たちの人生を壊してしまった事を伝えたい訳でも無い。ただただ聞いてほしい、愛しい娘に。私の過去を。後悔と苦しみにまみれた私のこれまでの人生を。