【 11月26日日曜日 9時 】
  今日はあの子の墓参りの日。淡い水色のマフラーを巻いているというのに突き刺すような寒さを肌に感じながら、一輪のアングレカムとスターチスを手に歩く。如月の苗字を探す。
……見つけた。
 線香をあげ、墓前に花を供える。貴女が愛した人もそちらに行きましたよ。これでやっと逢えますね。冬の訪れを感じる一陣の風が花を揺らす。大丈夫ですよ、私達は貴方たちのことを忘れません。
「あれ?もしかして美香さんですか?」
聞き覚えのある声がした。誰かここに来る人はだいたい決まっている。もしかして……
「そうですよ。という事は貴方は楽さんですよね?」
「えぇ、そうです。お久しぶりですね」
楽さんだった。かつて私の兄を救ってくれた恩人だったのだ。ただその兄もあの日に死んでしまった。ただ彼も姉を亡くしたショックからなのか前に会った時よりもやつれているように見えた。メガネ越しでも分かるくらいに。
「ついに姉ちゃん……いえ、姉まで亡くしてしまいました。僕は」
「……やはり辛いですよね、唯一の姉弟ですから。その気持ちが分かると言ったら嘘になりますけど、私も苦しんだ時期がありましたよ」
「何かあったら相談させてください、時間がある時で平気なので」
「時間があったらなのはそっちの方じゃなくて?」
「そうでしたね、じゃあ僕はここでお先に失礼します」
「また今度別の機会で会えたら、ごゆるりとお話いたしましょう」
「そうですね、また会えたら」
去っていく彼の背中は少し小さく見えた。私も明日のことがあるから早く帰らないと。
 少し足早に霊園を後にしたのが悪かったのかもしれない。横断歩道を渡っているときに飛び出してきた車に撥ねられた。なんて、呆気ない……。骨が折れたのか全身が痛い。意識が朦朧としてきた。
『馬鹿げた願いだが、もしお前がもう一度生きれたらその時は私とあいつを救ってくれよ。幸せに生きろよ、美香』遺書の最後の1行が記憶の中から蘇った。貴方は本当に馬鹿ですよ。そんな事叶いはしないのに。
「大丈夫ですかっ!?美香さん!」
事故現場を見たのかそれとも音を聞き付けて駆けてきたのかいつの間にか楽さんが傍にいた。
「うぅ、楽、さん?」
「生きてください!諦めちゃダメです!」
「私に、生きてる意味、あるのかな?、やっと幸せ、になれた、ばかりなのに……」
「死なせませんよ、お兄さんの分まで生きると決めてたなら。何の為に貴女を生かしたのか分からなくなるじゃないですか!」
そう言いながら楽さんはボロボロと涙を流す。助ける側の貴方が泣いちゃダメじゃない。
まだ死んじゃいけない、生きなきゃいけないのに。生きたいと願う思いとは裏腹に身体は動かなくなっていく。救急車のサイレンの音を最後に私の意識は消えた。