【 ✕✕7年 4月21日土曜日 曙旅館の同窓会会場 】
 同窓会も終わりに近づいた頃。奏は、一服しにいくと言ったきりまだ帰ってこない。私は仲の良かった友達と思い出話に花を咲かせていたときだった。
突然風船が破裂するような音と共に私の近くにいた同級生の男子が椅子を倒すけたたましい音をたて床に倒れ伏した。時間が止まったかのように会場は静寂が会場を静寂に包まれた。何やってんだよ流、と言いどこか気楽そうにその様子を見に行った友人の顔がみるみるうちに青ざめていった。嫌な予感がする。吐き気を催すあの独特な匂いが鼻を突いた。友人の悲鳴にも似た絶叫が響いた途端に、会場は騒騒しくなった。倒れた男子は死んでいた。殺された。でも誰に?その答えはすぐに分かった。
「お前ら。1つでも何かしてみろ、その瞬間に会場ごと爆発させる」
感情を感じられない声が、騒騒しくなった会場にやけにはっきりと響いた。声がした会場の入口にはフードを目深に被りリボルバーをこちらに向ける奏の姿があった。強い憎しみと明確な殺意の篭った奏の睨みで会場は静まりかえった。しかし、こういったときに限って叫ぶ輩は、いる。
「な、なんでこんなことしたんだよ、奏!」
さっきまで泣き叫んでいた流の友人が声を荒げる。
「……そいつみたいに脳天撃ち抜かれたいのか、お前も」
その一言で友人は黙ってしまった。悲しいくらいに話が通じない。でも、なんとなく私は分かってしまった。
なんでこんなことを奏がしたのか。あんなに優しかったこの人が。『絶望は人を簡単に狂わせるんだ。優しい奴ほどよりおかしくなっちまうんだよ』、かつてのお兄ちゃんの言葉が脳裏に蘇った。
あの時から奏はおかしくなっていたんだ、美琴を亡くしたあの日から。
「さぁ、殺戮の時間だ。死ぬ覚悟はできたかぁ、ゴミクズ達ぃ」
それを言い終わらないうちに奏は天井のシャンデリアを撃ち抜いた。奏の懐から取り出されたナイフが闇に包まれる前に一瞬の煌きを残した。光が消えガラス片が雨のように降り注ぐ。
辺りは完全な暗闇に包まれ、ガラスが刺さったのかそれとも暗闇に怯えているのか悲鳴や怒号が止まない。無常にもそれらは短い断末魔を残して少しづつ消えていき、ついにはなんの音もしなくなった。ただ一つあるとすれば私と奏の息の音くらいだった。この殺戮の中で窓も割れたのか月光が差していた。月明かりに照らされた奏の姿は、返り血で全身が赤く染まっていた。この光景を美しく感じる私はきっともう壊れてしまったんだろう。音も立てずに奏はへたり込んで動けないでいる私の傍に現れた。そして、まるで何もなかったかのように話しかけてきた。
「一人取り残された気分はどうだい?」
「…すごく怖いですよ、あなたの意志ひとつで死ぬかもしれないんですから」
「そうかい、悪かったね。お前を巻き込むつもりは無かった」
「ウソが上手です、ならなんで私を残したんです?」
「お前の兄に用があるんだ、そのためさ」
「なんのた──」
「お前が知る必要はない」
食い気味に答えた奏に私の問いかけは遮られた。問答は無用とばかりに奏は銃口を私の額に突きつけた。
「これでさよならだな」
「……後悔は何も無いですよ」
能面のようなその顔がほんの一瞬悲しみに歪んだような気がした。
奏が銃の引き金に指をかけた、まさにその時だった。私の心に希望を灯す兄の声が会場に響いたのは。


 何が起きてる?皆はどうなったんだ、ガラス片が刺さっているのかズキズキと体が痛む。スマホのライトをつけるも状況が全くもって把握出来ない。
目が暗闇に慣れてきた頃にやっと見えたのは、今にも殺されそうな妹の姿だった。ふつふつと煮えたぎる怒りが腹に沸いてくる。気がついた時にはいつもの俺じゃ有り得ないくらいに叫んでいた。
「何をするんだ、お前はっ!俺の妹に!」
「なぁんにも。そんな怒ることないだろ?てかアンタ生きてたのか、確かに殺したはずだったんだけどな」
奏が狂ったような笑みで俺を見る。やっぱりあの時の直感は正しかったのか……。
「やっぱ、お前だったんだな。俺を殺そうとしたのは」
「まぁでもアンタも殺ればいいだけか。死ねば天国にいるヤツらと一緒になれるかもなぁ?あぁ、地獄か」
クソッ、怒りを静めろ。こんなんじゃ、あいつの思うつぼだ。奏の注意が俺に向かっている間に、美香は無事に逃げたようでその姿は消えていた。
 いつの間にか照準を合わせていた奏は、躊躇無く俺の脇腹を撃ち抜いた。いきなり急所か、走れないのに……!
「なんでお前はこんな事が平気でできるんだっ!優しかったあの頃のお前は、どうしちまったんだよ!?」
 「そんなん決まってんだろ?……アンタたちに、心を大切なものを、そして、何よりも()()の人生をぶち壊したからに決まっているだろう!!」
どこか悲しみも感じる怒号に、俺はあの時のことを完全に思い出した。そうなのか?お前は。やっぱりあの日のことを、これまでの仕打ちを忘れられなかったのか。
「人生賭けたこの復讐が終われば私もまた地獄(そっち)に行くつもりだ。だからそれまで待ってろよ?」
「何をするつもり、なんだ、お前は……!?」
奏はいつの間にか手に持っていた何かのボタンを押すと、耳をつんざく爆音とともに俺の身体が吹き飛ばされた。元から爆弾を仕掛けていたのか。壁に叩きつけられほとんど息ができなかったが、奇跡的に意識を保てていた。煙が晴れた頃には奏は消えていた。まともに動けるようになってから、着いた頃よりも悲惨になったこの場所を妹の安否を確認しに歩く。
妹はいた。無事に生きていた、ただ正気を失っていた。無理もない、同級生が殺されるのを目の前で見て自分自身も殺されかけたのだから。
 痛む全身に鞭打って、なんとか俺は会場近くの交番に駆け込み事件が起きたことをそこの警官に伝えた。爆発をまともに食らったせいか意識はそこで途切れた。