毎週金曜、彼女は毎回と言っていいほど僕と一緒の電車に乗る。
なんで金曜だけこの電車なんだ?
理由を聞こうと何度も思ったが、なかなか勇気が出ず、聞けずじまいだった。
自分の意気地なさに嫌気がさす。このヘタレ。
「あ!冬李くんおはよ」
「お、おはよう」
「冬李くんって毎日この電車に乗ってるの?この電車に乗る度冬李くんと一緒に登校してるよね。遅刻ギリじゃない?」
「うん、まあ、そうだけど……」
早く学校に行ってもやることなんてないし。
「もしかして冬李くん朝弱いタイプ?実は私もなんだー。金曜はちょっと疲れちゃってなかなか起きれないからこの電車なの」
ああ、そうだったのか。ずっと謎だったことが判明し、頭の中がスッキリする。
「そっか」
「そういえばさ!冬李くんに聞いて欲しいことがあって!」
一桜は一週間分のうれしかったことや楽しかったこと、悲しかったことなどを移動している間話し続ける。
基本的には相槌を打つだけなので楽ではあるが疲れないと言ったら嘘になる。
たまに、「冬李くんはどう思う!?」と僕に意見を求めてくるので話をちゃんと聞いてないといけないし、自分の意見を話すというのは少し怖かった。けれども彼女は僕が話し出すまでずっと待ってくれるし、話し出すと嫌な顔せず笑いながら頷いてくれる。
僕はそれがうれしかった。
初めはあまり好きではなかったこの時間も、だんだんと好きになりかけていた。
二年生と一年生は階が違うため、いつもは階段で別れている。
けれども今日は一桜がなんだか少し体調が悪そうだったから、教室まで送ることにした。
「わざわざごめんね?もう大丈夫。ありがとう、冬李くん!」
「別に、気にしないで」
「うん、それじゃあまた……」
「えー!待って待って、いおっち今日男と登校したの!?」
「なになにー?」
「一桜ちゃん彼氏いる側の人間だったの?」
……派手髪の彼女の一言で、僕たちは注目の的になってしまった。
「はっはーん、なんで金曜は遅く登校してるんだろうと思ってたら、彼氏と登校してたってことかー……、って、え?雨野さん?」
僕の名前が出た途端にクラスの空気は一気に冷たくなった。
「雨野さんって?」
「あれでしょ、陰キャの」
「昔女泣かしたって噂だろ?」
「やばー」
クラスの至る所から僕を非難する声が上がった。
……あのときと似てる。
怖い、怖い。怖い……!
僕はあの事件からずっと悪目立ちしていた。
目が少し隠れるぐらいまで伸びた前髪、猫背で人とのコミュニケーションをできるだけ避けていた。
そして何より、一番の原因は七乃さんにあるだろう。
彼女はとても人間関係が広い。小学校では僕の悪評を他クラスの人にも伝え、中学校では他校から来た部活の後輩などにも伝えていた。
地元では、僕のことを知らない人の方が少数だろう。
電車で通って四十分ほどの高校を選んだが、僕の噂を知らない人は居ないわけではなかった。
ああ、早く何か言わないと。きっと、この場にいるみんな僕の言葉を待っている。
でも、何を言えば?何も言っても、火に油を注ぐだけではないのか?
この空間は僕を見る冷ややかな目で溢れていた。
「私の大切な……、大切な友だちを悪く言わないで」
沈黙を破ったのは一桜だった。
「……でも!もしいおっちが泣かされたりでもしたら……!」
「心配してくれてありがとう。でもそれって小学生の頃の話でしょう?小学校だもん、よくある話だよ。それに私は、過去に固執するよりも、今を見ていたい」
その場にいる全員が黙った。
予鈴が鳴り出したので、僕は一桜に礼を言ってその場を後にした。
一桜、一桜、いお。一つの桜と書いて、一桜。
学校にいる間も、電車に揺さぶられている間も、ベッドに横になっている今もずっと、一桜のことを考えていた。
あの時の一桜は凛としていて、自分の意見をはっきり言えて……、かっこよかったな。
女の子にかっこいいとか失礼かも。
でも、本当にかっこよかったんだ。
『過去に固執するよりも、今を見ていたい』
今朝の彼女の言葉が頭の中で響いていた。
僕も……、過去に囚われている一人だったのかもしれない。
ずっと過去の出来事ばかり見て、今を見ようとしていなかった。
僕も少し、前を向いてみよう。
僕は彼女の強さに救われた。
もっと彼女を知りたい。彼女に近づきたい。
僕は土日のうちに長かった前髪を切った。
風が前よりも露出した額を撫で、少しスースーする。
最近は少し蒸し暑くなってきたので切ってよかったと心から思う。去年までは汗で蒸れ気持ち悪かったのが、今年からマシになると思うと気分がよかった。
急にイメチェンだなんて、クラスメイトはどう思うだろうか。
引く?それとも僕の変化なんてどうでもいい?
少しの期待と不安で押しつぶされそうだった。
教室のドアを開けても、みんないつも通りだった。一瞬だけ僕の方を見て、何事も無かったかのように元に戻る。
……もしも僕に友だちがいたのなら、「髪切った?」って走ってきてくれるのかな。
僕もいつも通り本を読んで過ごそうと思い、席に着いた。
「あのさ!雨野だよな、少し話さない?」
僕に声をかけてくれたのはバスケ部のエースの……、やばい、せっかく話しかけてくれたというのに名前が思い出せない!相手は僕の名前を覚えててくれたというのに!
「う、うん……。大丈夫、です。えっと……」
「同じクラスだけど、話すのは初めてだよな!俺は石橋光!気軽に光って呼んで。あと俺も冬李って呼んでいい?」
僕が言葉に詰まっているのを見かねてか、彼は自己紹介をしてくれた。
「あ、うん。ありがとう」
「よろしくな!冬李!」
「こちらこそ。光、くん」
「てか前まで気づかなかったけど冬李って顔整ってるんだな!美男美女カップルとか憧れる!」
美男、美女カップル……?
「ごめん、誰と誰の話……?」
苦笑しながら「僕そういうの疎くて」と付け加える。
「誰と誰って、冬李と百瀬さんの話だよ?付き合ってんじゃないのか?」
「は、はあ!?」
思ってもいなかった人選に動揺してしまい、思わず大きな声が出てしまう。注目を浴びてしまい恥ずかしくなり、俯きがちになりながら話し出す。
「べ、別に僕と一桜はそういう関係じゃないよ」
「でも百瀬さん男子と全く話さないって後輩たちの間で噂だよ?」
「でも、えと、ほんとに違くて!」
「はは、顔真っ赤じゃん」
今僕はいじられているのだろうか。色んな感情が溢れて、死んでしまいそうだ。
「でもさー、あんなかわいい子と一緒にいたら好きになんない?あ、冬李の片思いとか?」
「え!?」
体中の熱が一気に顔に集まっているのがわかる。
光くんの言うとおり、一桜はかわいい。そして……、かっこいい。
「お、図星か?」
ニヤニヤしながら僕を見ている。
「ちょっとだけ……、ちょっと近づけたらいいなって思ってるだけだよ」
「だから別に好きとかじゃ……」と口篭らせながら言葉を繋げる。
「いやそれ好きってことだろ!」
光くんはビシィッと効果音がつきそうなくらいに腕を伸ばし、僕を指さしていた。
いやいや、え?僕が好き?一桜を?
そんなわけない。会ってまだ一ヶ月だろ!?
頭では否定しているのに、僕の心には恐ろしいくらいに好きという言葉は馴染んでいった。
「……うん。好き」
「応援するよ、俺!」
なんだか恥ずかしくてそっぽを向きながら「ありがと」と言った。
「あ!てかさ今日の放課後暇?もうすぐテストだし、クラスのヤツらと勉強会やんだけどよかったらこない?」
「冬李頭いいし、教えてくれたら助かるなーって」と言いながら頬を掻いている。
「僕も行っていいの……?」
「え?だってもう俺たち友だちだし……、冬李が嫌ならいいけど……」
友だち……。
光くんの言葉に体が、心が熱くなるのがわかる。
もうすぐ夏だからとかそんな理由じゃなくて、ただただうれしくて。
「ううん、行きたい。ありがとう」
ねえ一桜、僕はあなたに話したいことができました。
僕にも友だちができたってこと。そして……、あなたが好きだってこと。
なんで金曜だけこの電車なんだ?
理由を聞こうと何度も思ったが、なかなか勇気が出ず、聞けずじまいだった。
自分の意気地なさに嫌気がさす。このヘタレ。
「あ!冬李くんおはよ」
「お、おはよう」
「冬李くんって毎日この電車に乗ってるの?この電車に乗る度冬李くんと一緒に登校してるよね。遅刻ギリじゃない?」
「うん、まあ、そうだけど……」
早く学校に行ってもやることなんてないし。
「もしかして冬李くん朝弱いタイプ?実は私もなんだー。金曜はちょっと疲れちゃってなかなか起きれないからこの電車なの」
ああ、そうだったのか。ずっと謎だったことが判明し、頭の中がスッキリする。
「そっか」
「そういえばさ!冬李くんに聞いて欲しいことがあって!」
一桜は一週間分のうれしかったことや楽しかったこと、悲しかったことなどを移動している間話し続ける。
基本的には相槌を打つだけなので楽ではあるが疲れないと言ったら嘘になる。
たまに、「冬李くんはどう思う!?」と僕に意見を求めてくるので話をちゃんと聞いてないといけないし、自分の意見を話すというのは少し怖かった。けれども彼女は僕が話し出すまでずっと待ってくれるし、話し出すと嫌な顔せず笑いながら頷いてくれる。
僕はそれがうれしかった。
初めはあまり好きではなかったこの時間も、だんだんと好きになりかけていた。
二年生と一年生は階が違うため、いつもは階段で別れている。
けれども今日は一桜がなんだか少し体調が悪そうだったから、教室まで送ることにした。
「わざわざごめんね?もう大丈夫。ありがとう、冬李くん!」
「別に、気にしないで」
「うん、それじゃあまた……」
「えー!待って待って、いおっち今日男と登校したの!?」
「なになにー?」
「一桜ちゃん彼氏いる側の人間だったの?」
……派手髪の彼女の一言で、僕たちは注目の的になってしまった。
「はっはーん、なんで金曜は遅く登校してるんだろうと思ってたら、彼氏と登校してたってことかー……、って、え?雨野さん?」
僕の名前が出た途端にクラスの空気は一気に冷たくなった。
「雨野さんって?」
「あれでしょ、陰キャの」
「昔女泣かしたって噂だろ?」
「やばー」
クラスの至る所から僕を非難する声が上がった。
……あのときと似てる。
怖い、怖い。怖い……!
僕はあの事件からずっと悪目立ちしていた。
目が少し隠れるぐらいまで伸びた前髪、猫背で人とのコミュニケーションをできるだけ避けていた。
そして何より、一番の原因は七乃さんにあるだろう。
彼女はとても人間関係が広い。小学校では僕の悪評を他クラスの人にも伝え、中学校では他校から来た部活の後輩などにも伝えていた。
地元では、僕のことを知らない人の方が少数だろう。
電車で通って四十分ほどの高校を選んだが、僕の噂を知らない人は居ないわけではなかった。
ああ、早く何か言わないと。きっと、この場にいるみんな僕の言葉を待っている。
でも、何を言えば?何も言っても、火に油を注ぐだけではないのか?
この空間は僕を見る冷ややかな目で溢れていた。
「私の大切な……、大切な友だちを悪く言わないで」
沈黙を破ったのは一桜だった。
「……でも!もしいおっちが泣かされたりでもしたら……!」
「心配してくれてありがとう。でもそれって小学生の頃の話でしょう?小学校だもん、よくある話だよ。それに私は、過去に固執するよりも、今を見ていたい」
その場にいる全員が黙った。
予鈴が鳴り出したので、僕は一桜に礼を言ってその場を後にした。
一桜、一桜、いお。一つの桜と書いて、一桜。
学校にいる間も、電車に揺さぶられている間も、ベッドに横になっている今もずっと、一桜のことを考えていた。
あの時の一桜は凛としていて、自分の意見をはっきり言えて……、かっこよかったな。
女の子にかっこいいとか失礼かも。
でも、本当にかっこよかったんだ。
『過去に固執するよりも、今を見ていたい』
今朝の彼女の言葉が頭の中で響いていた。
僕も……、過去に囚われている一人だったのかもしれない。
ずっと過去の出来事ばかり見て、今を見ようとしていなかった。
僕も少し、前を向いてみよう。
僕は彼女の強さに救われた。
もっと彼女を知りたい。彼女に近づきたい。
僕は土日のうちに長かった前髪を切った。
風が前よりも露出した額を撫で、少しスースーする。
最近は少し蒸し暑くなってきたので切ってよかったと心から思う。去年までは汗で蒸れ気持ち悪かったのが、今年からマシになると思うと気分がよかった。
急にイメチェンだなんて、クラスメイトはどう思うだろうか。
引く?それとも僕の変化なんてどうでもいい?
少しの期待と不安で押しつぶされそうだった。
教室のドアを開けても、みんないつも通りだった。一瞬だけ僕の方を見て、何事も無かったかのように元に戻る。
……もしも僕に友だちがいたのなら、「髪切った?」って走ってきてくれるのかな。
僕もいつも通り本を読んで過ごそうと思い、席に着いた。
「あのさ!雨野だよな、少し話さない?」
僕に声をかけてくれたのはバスケ部のエースの……、やばい、せっかく話しかけてくれたというのに名前が思い出せない!相手は僕の名前を覚えててくれたというのに!
「う、うん……。大丈夫、です。えっと……」
「同じクラスだけど、話すのは初めてだよな!俺は石橋光!気軽に光って呼んで。あと俺も冬李って呼んでいい?」
僕が言葉に詰まっているのを見かねてか、彼は自己紹介をしてくれた。
「あ、うん。ありがとう」
「よろしくな!冬李!」
「こちらこそ。光、くん」
「てか前まで気づかなかったけど冬李って顔整ってるんだな!美男美女カップルとか憧れる!」
美男、美女カップル……?
「ごめん、誰と誰の話……?」
苦笑しながら「僕そういうの疎くて」と付け加える。
「誰と誰って、冬李と百瀬さんの話だよ?付き合ってんじゃないのか?」
「は、はあ!?」
思ってもいなかった人選に動揺してしまい、思わず大きな声が出てしまう。注目を浴びてしまい恥ずかしくなり、俯きがちになりながら話し出す。
「べ、別に僕と一桜はそういう関係じゃないよ」
「でも百瀬さん男子と全く話さないって後輩たちの間で噂だよ?」
「でも、えと、ほんとに違くて!」
「はは、顔真っ赤じゃん」
今僕はいじられているのだろうか。色んな感情が溢れて、死んでしまいそうだ。
「でもさー、あんなかわいい子と一緒にいたら好きになんない?あ、冬李の片思いとか?」
「え!?」
体中の熱が一気に顔に集まっているのがわかる。
光くんの言うとおり、一桜はかわいい。そして……、かっこいい。
「お、図星か?」
ニヤニヤしながら僕を見ている。
「ちょっとだけ……、ちょっと近づけたらいいなって思ってるだけだよ」
「だから別に好きとかじゃ……」と口篭らせながら言葉を繋げる。
「いやそれ好きってことだろ!」
光くんはビシィッと効果音がつきそうなくらいに腕を伸ばし、僕を指さしていた。
いやいや、え?僕が好き?一桜を?
そんなわけない。会ってまだ一ヶ月だろ!?
頭では否定しているのに、僕の心には恐ろしいくらいに好きという言葉は馴染んでいった。
「……うん。好き」
「応援するよ、俺!」
なんだか恥ずかしくてそっぽを向きながら「ありがと」と言った。
「あ!てかさ今日の放課後暇?もうすぐテストだし、クラスのヤツらと勉強会やんだけどよかったらこない?」
「冬李頭いいし、教えてくれたら助かるなーって」と言いながら頬を掻いている。
「僕も行っていいの……?」
「え?だってもう俺たち友だちだし……、冬李が嫌ならいいけど……」
友だち……。
光くんの言葉に体が、心が熱くなるのがわかる。
もうすぐ夏だからとかそんな理由じゃなくて、ただただうれしくて。
「ううん、行きたい。ありがとう」
ねえ一桜、僕はあなたに話したいことができました。
僕にも友だちができたってこと。そして……、あなたが好きだってこと。