「なにをメソメソ泣いてやがるのさ! 殴っちまうよ良庵せんせー!」
「はい! ごめんなさい!」

「賢哲さんも! 楽しそうに素見(ひやか)してんじゃないよ!」
「お、おぅ! 反省してる!」

 菜々緒ちゃんの喋り方、お葉ちゃんみたいな言いざまが小気味よくって小粋だね。
 震えあがってるこのダメ男どもにもっと言ってやってよ。

「良庵せんせー」
「はい!」

「せんせーの選んだお葉ちゃんは、理由もなしにこんな書き置きひとつで出てくような子だったかい?」
「…………お葉さんなら……嫌なら嫌と……はっきり言って出て行くと……」

「分かってんなら良し! だったらでーんと構えてお葉ちゃんの帰りを待つ! 良いね!?」
「……はい!」

 あのアホそ――昔っからアホだった菜々緒ちゃんが……。
 なんだかわっち、有り難いやら感心したやらで泣いちゃいそう。でも三郎太ちゃんが耳打ちしてるんだと思うけどね。

「賢哲さんも! いま何しなきゃいけないか分かってんでしょう?」
「……え、何を?」

 なんにも考えないで楽しそうにしてたんですね。賢哲さんぽいね。

「夜回りの打ち合わせに来たんでしょ!」
「お、おぅ! そうだった!」

「分かったらちゃっちゃとする!」

「「はいー!」」

 アホそうに見えてこの()、七尾の妖狐だもん。ちゃんとやってれば凄い迫力なんだよ。

「それで良庵せんせー」
「はい! なんでしょう!?」

「ちょっとソレ、菜々緒に貸して?」

 菜々緒ちゃんがそう言って指さしたのは、良庵せんせの腰にぶら下がるわっち。

「これ……妖魔の足ですか? 一体なにに使うんです?」
「なにって……。えっと……なにに?」

 おかしな間が少し。
 でもきっと大丈夫。三郎太ちゃんがついてるもんね。

「……ね、猫……キツネじゃらし!」
「「ネコ? キツネジャラシ?」」

「打ち合わせの邪魔になっちゃうから! 菜々緒、なっちゃんと遊んでくるの! だからソレ貸して!」

 男二人が()()()を見て、次になっちゃんへと視線を遣ります。
 心得たものでなっちゃん、急にわっちへ向かって興味津々、その可愛いらしい手を伸ばしてわっちをタシタシ。

「……なるほど。そういう事ならお貸しします。けれどお葉さんに貰った大事な御守り、汚したりしないで下さいね」

 良庵せんせ、そっと帯からわっちを(ほど)き、慈しむようにひと撫でしてから菜々緒ちゃんに手渡します。

 わっちだってお葉ちゃんだからね、せんせの事は元々大好き。でもさっきの()()()()、そんな優しく撫でられたりしたらもっと好きになっちゃうよ。

 お葉ちゃんから頼まれてるのもあるけど、わっちが絶対、せんせのこと守ってあげるからね。




「なんだキツネジャラシってよ。アホそのままじゃないか」
「だって思いつかなかったし! 三郎太もなんかあうあう言って助けてくれなかったし!」

 男二人は書斎に置いといて道場です。
 (くつろ)がせた胸元からにゅっと髭面を出した三郎太ちゃんと、そのすぐ上の菜々緒ちゃんが言い合ってます。あうあう言ってたんだね三郎太ちゃん。
 おかしな見た目だけど、仲良さそうで微笑ましい。

「そんで()()()()()よ。一体何があった?」

「きゅ! きゅー!」

 兎の姿じゃ面倒です。これじゃ伝えるのに手間取っちゃうし、兎は本来鳴かないしね。
 わっちの人の姿、なんでかずっと子供で嫌なんだけどそうも言ってられません。

 戟の力を身に纏い、久しぶりに人の姿に化けました。

「しーちゃん可愛い! この髭面と入れ替えでウチの子になんない?」

 ぺたぺた自分の頭や顔を触ってみても、どうやら背丈も変わってないし、相変わらずの童女髪。服だってずっと一緒の薄水色の童水干(わらべすいかん)
 これでもわっち、お葉ちゃんのお尻に()えて三百年近いのに。納得いかないなぁ。

 と、そんな事より。

「お葉ちゃん、ヨルに連れてかれちゃった」
「やっぱりか」
「え? そうなの? なんで? 嘘? ほんと?」

 やっぱり菜々緒ちゃんは菜々緒ちゃんだね。なんかもう逆に安心しちゃうね。
 甚兵衛がここを発った後の、ヨルとお葉ちゃんのやり取りを二人に説明しました。

「どどどどうすんの!? そんなのお葉ちゃん可哀想じゃない! 聞いてんの三郎太!?」
「すぐ上で怒鳴るな。聞こえてるに決まってるだろ」

 髭面をしかめた三郎太ちゃんが続けて言います。

「しかしそうは言ってもな……。相手はあのヨルだ。これまでみたいに隠れてりゃ良いのとは訳が違う」
「だったらなに!?」

「正面からぶち当たるのは当然無理だが、こっそり取り返すにしたって無理がある」
「ばか三郎太!」

 ぼかん! と菜々緒ちゃんが三郎太ちゃんの顔を殴りました。そしてさらに続けます。

「それをどうにか考えるのがあんたの仕事でしょうが! 無駄にヒゲなんか生やしてる癖にー!」

 顔の真ん中へこました三郎太ちゃんの髭を、むんずと掴んで引っ張る菜々緒ちゃん。
 ……わっち、お葉ちゃんの尾っぽでほんと良かったなぁ……

「いてえ! バカやめろ! 髭が抜けちまうだろが! それにお前だってちったあ考えろ!」
「菜々緒に思い付くと思ってんの!? このバカ三郎太! 思い付く訳ないでしょ!」

 ……結局三郎太ちゃんの髭、ぶちぃって音を立てて抜けちゃいました。

「もういい! ヨルにビビってる三郎太になんか聞かない!」
「……ビビってなんかねえ」
「うるさい黙れ! とにかくお葉ちゃんとこ行くから! はい決定!」

「待て慌てんな。連れてかれた理由が理由だ、お葉が傷つけられる事はねえ。それに、相手はあのヨルなんだぞ」
「相手なんて関係ない! 連れてかれたのはお葉ちゃんなの! 菜々緒の! 可愛い妹なの! 三郎太のバカ!」

 菜々緒ちゃんとは長いことぎくしゃくしてたけど、さらに間違いなくアホだけど、やっぱりお葉ちゃんのお姉ちゃんなんだなぁ。

 頼りにしてるよ菜々緒ちゃん。
 良庵せんせが(かんなぎ)つかえる様になったからってヨルに敵うわけもない。
 わっち、お葉ちゃんが感じられないんだもん。もう菜々緒ちゃんだけが頼りなんだ。

 

※童水干……千と千尋のあの服