6月2日9時。
約束の時間まで一時間。私は自分の部屋で座ることも出来ずに、立ち上がってウロウロと部屋を歩き回ってしまう。
チッチッと時計の秒針の音がいつもより大きく聞こえる気がする。でも、頻繁に時計を確認しても時間は全然進んでいない。
「どうしよ……」
焦る気持ちはあるのに、部屋の扉を開けることすら出来ない。その時、コンコンと部屋の扉がノックされてお母さんの声が聞こえる。
「奈々花、一緒にショッピングモール行かない?そろそろ涼しめの服を買いたくて」
「えっと、今日は……」
「何か用事あるの?」
お母さんがそのまま「開けるわよ」と言って、扉を開いた。
「あら、もう着替えてるの?」
お母さんの言葉に私はキュッと胸が痛くなった。いつもならお昼頃までパジャマでのんびりしている時もある。
「どこかお出かけ?」
「……ちょっとオリエンテーションの時の班で遊ばないかって……」
私の言葉を聞いた瞬間、お母さんの顔をパッと明るくなった。
「そうなの……!それはいいわね。楽しんでいらっしゃい。もう出かけるの?」
「一応10時に約束……」
「じゃあ、そろそろ出ないとじゃない!ほら、早く一階に降りましょ」
お母さんにつられるように私は階段を降りていく。開けられなかった自分の部屋の扉をあっという間に飛び越えて。
バッグを持って、いつの間にか靴を履いて玄関に立っている。
「ゆっくり楽しんでおいで」
お母さんはもう一度、私にそう言ってくれる。私は「行ってきます……」と行って、家を出た。
家を出た後に戻るわけにもいかず、私は集合場所にゆっくりと歩いていく。15分ほど歩くと、すぐに集合場所の駅前に着いていた。
駅前は少し人混みが出来ていたが、見渡せばすぐに美坂さんを見つけることが出来た。まだ約束の時間まで10分はあるので、二人はまだ来ていないのだろう。私が近づくと、美坂さんがすぐに私に気づいた。
「川崎さん!」
美坂さんが私に駆け寄ってきてくれる。
「来られたんだね!菅谷くんから用事が入るかもで、来れないかもしれないって聞いてたから」
「えっと、用事がなくなって……」
「そっか!来られてよかった!」
美坂さんと話しているとすぐに草野くんと菅谷くんがやって来る。草野くんが私を見つけて指を差した。
「川崎さんいる!やった、四人揃ったじゃん」
「草野、声でかい!」
菅谷くんが草野くんの頭をペチンと叩きながら、私と目を合わせて少しだけ笑った。草野くんは「よっしゃ。じゃあ、行こ!」と言って歩き出そうとする。私はつい呼び止めてしまった。
「あ……どこに行くの?」
「え!菅谷、教えてないの!?」
「やべ、忘れてた」
「お前、馬鹿だろ!」
菅谷くんが私に「ごめん」と謝った。
「近くにめっちゃ綺麗な景色が見える川があってさー、そこ見た後にショッピングモールでお昼食べる予定!」
「草野ってマジで水好きだよな」
「どういう意味!?」
「いや、海の時も喜んでたから」
「誰だって嬉しいだろ!」
そんな話をしながら、私たちは草野くんの教えてくれた場所に向かって歩いていく。途中でバスに乗ったが、バスは空いていて全員座ることが出来た。
「なぁ、草野の言ってる川ってどんな場所?」
「俺も友達に綺麗だって教えてもらっただけで、行ったことないんだよな」
「行ったことねーの!?」
草野くんと菅谷くんが小声でも分かるくらい楽しそうに話している。その時、隣に座っている美坂さんが私の肩をトントンと叩いた。
「川崎さん、今日来てくれてありがとね」
美坂さんが私に少し近づいて、さらに小声で話す。
「本当は川崎さんが来なかったら、ちょっと気まずいなって思ってたの。男子だけと遊ぶことなかったから。だから川崎さんの顔を見た時安心しちゃった。でも、それ以上にまた四人で集まれたことが嬉しい」
美坂さんが私と目を合わせて笑ってくれる。美坂さんはいつも優しくて素直で、そんな所に救われている。でも美坂さんが嘘をついていないことが分かるから、「また四人で集まれて嬉しい」という言葉が本心だと分かるから……自分の醜い部分がさらに見苦しく感じてしまう。
バスに乗っている時間は短く感じたけれど、時計を見ると15分ほど乗っていたようだった。
「着いたー!ていうか暑くね!?」
「草野、もう半袖じゃん」
「半袖でも暑いんだよ。ていうか美坂さんと川崎さんは大丈夫?ちょっと休憩してから川まで行く?」
「ううん、私は大丈夫だよ」
「私も大丈夫」
バス停から草野くんが言っていた場所までは歩いて10分程だった。ちょっとした山道を抜けていくと、すぐに川は見えてくる。
「え!めっちゃ綺麗じゃん!」
草野くんは川が見えると、先に走り出して川の方まで行ってしまう。
「おい!菅谷、早く来いって!」
「なんで俺だけ呼ぶんだよ」
「女子に走れって言えないだろ」
「草野ってそんな気遣い出来るんだな」
「うるせー」
菅谷くんはそう言いながらも、草野くんの方へ早足で向かっている。少し遅れて私と美坂さんは草野くん達に追いついた。
「わ!本当に綺麗」
美坂さんがそう呟いたのが聞こえた。今日は晴れていて、何より川の後ろに見える橋や木々が綺麗にはっきりと見えていた。橋は青色のペンキで塗られていて、それがよく映えている。
美坂さんはスマホを取り出して、その風景を写真に収めていた。草野くんもスマホで写真を撮っている。
「木下に送ろ」
「木下って二組のバスケ部のやつ?」
「そうそう。この場所教えてくれたから、来たって報告送ろうと思って」
草野くんと美坂さんが写真を撮っているのを見ていると、菅谷くんが私のそばまで歩いてくる
「川崎さんは写真撮らないの?」
「私、写真のセンスなくて……」
「俺も」
菅谷くんはその後は何も言わなくて。「どうして来れたのか」も「来れてよかった」も言わないでくれる。いつもの菅谷くんの優しさだった。
すると、草野くんが美坂さんに何かを話しかけた後に私たちの方へ駆け寄ってくる。
「今、美坂さんと話してたんだけど、お昼ご飯ショッピングモールで食べるんじゃくて近くのコンビニで買ってきて、そこら辺座って食べね?」
草野くんはそう言って、川沿いの道に設置されているベンチを指差している。二つ並んだベンチで、二人ずつ座れば丁度四人座れるだろう。
「めっちゃ景色いいから、あそこで食べたら最高かなって」
「俺は全然いいよ。むしろ賛成」
「私も賛成」
「じゃあ、早速近くのコンビニ行こーぜ。調べたらここから5分くらいであるっぽい」
スマホで道を調べながら、歩いていくとすぐにコンビニが見えてくる。コンビニに入ると冷房が効いていて、火照った身体が冷えていって気持ちいい。
「俺、暑いから冷やし中華にしようかな。菅谷は?」
「悩み中。ていうか、それよりまず飲み物選びたいかも」
「あー、確かに」
草野くんと菅谷くんが飲み物の置かれている方へ歩いていく。
「川崎さん、私たちも先に飲み物選ぼ!」
美坂さんはスポーツドリンクとお茶で悩んでいたが、お昼ご飯と一緒に飲むのでお茶を選んだようだった。私も500mlのお茶のペットボトルを手に取った。
お昼ご飯を選んでいると、草野くんがお菓子の棚からポテトチップスの袋を持ってくる。
「ポテチも買わね!?」
「どうやって食うんだよ」
「普通にみんなで食えば良いだろ」
「絶対、外で食ったら落とすって。やめとけ」
菅谷くんが止めているが、草野くんは「じゃあ、俺一人で食うから!」と言って結局レジに持っていく。そんな光景を見ていると、ふと中学の頃の光景を思い出した。
「奈々花ちゃん、放課後、希美の家いくんだけど一緒に来ない?」
「みんなでお菓子持ち寄ろ!」
「私、チョコ持ってく!」
まだ病気を発症するずっと前の記憶。中学に入ってすぐの記憶。そんな懐かしい記憶が蘇ってくる。それからすぐに諦めた光景が今、目の前にあって。
「川崎さん?どうした?」
「あ、ごめん!行こ!」
コンビニを出ると、また蒸し暑い空気に戻ってしまう。6月とは思えない暑さだった。
約束の時間まで一時間。私は自分の部屋で座ることも出来ずに、立ち上がってウロウロと部屋を歩き回ってしまう。
チッチッと時計の秒針の音がいつもより大きく聞こえる気がする。でも、頻繁に時計を確認しても時間は全然進んでいない。
「どうしよ……」
焦る気持ちはあるのに、部屋の扉を開けることすら出来ない。その時、コンコンと部屋の扉がノックされてお母さんの声が聞こえる。
「奈々花、一緒にショッピングモール行かない?そろそろ涼しめの服を買いたくて」
「えっと、今日は……」
「何か用事あるの?」
お母さんがそのまま「開けるわよ」と言って、扉を開いた。
「あら、もう着替えてるの?」
お母さんの言葉に私はキュッと胸が痛くなった。いつもならお昼頃までパジャマでのんびりしている時もある。
「どこかお出かけ?」
「……ちょっとオリエンテーションの時の班で遊ばないかって……」
私の言葉を聞いた瞬間、お母さんの顔をパッと明るくなった。
「そうなの……!それはいいわね。楽しんでいらっしゃい。もう出かけるの?」
「一応10時に約束……」
「じゃあ、そろそろ出ないとじゃない!ほら、早く一階に降りましょ」
お母さんにつられるように私は階段を降りていく。開けられなかった自分の部屋の扉をあっという間に飛び越えて。
バッグを持って、いつの間にか靴を履いて玄関に立っている。
「ゆっくり楽しんでおいで」
お母さんはもう一度、私にそう言ってくれる。私は「行ってきます……」と行って、家を出た。
家を出た後に戻るわけにもいかず、私は集合場所にゆっくりと歩いていく。15分ほど歩くと、すぐに集合場所の駅前に着いていた。
駅前は少し人混みが出来ていたが、見渡せばすぐに美坂さんを見つけることが出来た。まだ約束の時間まで10分はあるので、二人はまだ来ていないのだろう。私が近づくと、美坂さんがすぐに私に気づいた。
「川崎さん!」
美坂さんが私に駆け寄ってきてくれる。
「来られたんだね!菅谷くんから用事が入るかもで、来れないかもしれないって聞いてたから」
「えっと、用事がなくなって……」
「そっか!来られてよかった!」
美坂さんと話しているとすぐに草野くんと菅谷くんがやって来る。草野くんが私を見つけて指を差した。
「川崎さんいる!やった、四人揃ったじゃん」
「草野、声でかい!」
菅谷くんが草野くんの頭をペチンと叩きながら、私と目を合わせて少しだけ笑った。草野くんは「よっしゃ。じゃあ、行こ!」と言って歩き出そうとする。私はつい呼び止めてしまった。
「あ……どこに行くの?」
「え!菅谷、教えてないの!?」
「やべ、忘れてた」
「お前、馬鹿だろ!」
菅谷くんが私に「ごめん」と謝った。
「近くにめっちゃ綺麗な景色が見える川があってさー、そこ見た後にショッピングモールでお昼食べる予定!」
「草野ってマジで水好きだよな」
「どういう意味!?」
「いや、海の時も喜んでたから」
「誰だって嬉しいだろ!」
そんな話をしながら、私たちは草野くんの教えてくれた場所に向かって歩いていく。途中でバスに乗ったが、バスは空いていて全員座ることが出来た。
「なぁ、草野の言ってる川ってどんな場所?」
「俺も友達に綺麗だって教えてもらっただけで、行ったことないんだよな」
「行ったことねーの!?」
草野くんと菅谷くんが小声でも分かるくらい楽しそうに話している。その時、隣に座っている美坂さんが私の肩をトントンと叩いた。
「川崎さん、今日来てくれてありがとね」
美坂さんが私に少し近づいて、さらに小声で話す。
「本当は川崎さんが来なかったら、ちょっと気まずいなって思ってたの。男子だけと遊ぶことなかったから。だから川崎さんの顔を見た時安心しちゃった。でも、それ以上にまた四人で集まれたことが嬉しい」
美坂さんが私と目を合わせて笑ってくれる。美坂さんはいつも優しくて素直で、そんな所に救われている。でも美坂さんが嘘をついていないことが分かるから、「また四人で集まれて嬉しい」という言葉が本心だと分かるから……自分の醜い部分がさらに見苦しく感じてしまう。
バスに乗っている時間は短く感じたけれど、時計を見ると15分ほど乗っていたようだった。
「着いたー!ていうか暑くね!?」
「草野、もう半袖じゃん」
「半袖でも暑いんだよ。ていうか美坂さんと川崎さんは大丈夫?ちょっと休憩してから川まで行く?」
「ううん、私は大丈夫だよ」
「私も大丈夫」
バス停から草野くんが言っていた場所までは歩いて10分程だった。ちょっとした山道を抜けていくと、すぐに川は見えてくる。
「え!めっちゃ綺麗じゃん!」
草野くんは川が見えると、先に走り出して川の方まで行ってしまう。
「おい!菅谷、早く来いって!」
「なんで俺だけ呼ぶんだよ」
「女子に走れって言えないだろ」
「草野ってそんな気遣い出来るんだな」
「うるせー」
菅谷くんはそう言いながらも、草野くんの方へ早足で向かっている。少し遅れて私と美坂さんは草野くん達に追いついた。
「わ!本当に綺麗」
美坂さんがそう呟いたのが聞こえた。今日は晴れていて、何より川の後ろに見える橋や木々が綺麗にはっきりと見えていた。橋は青色のペンキで塗られていて、それがよく映えている。
美坂さんはスマホを取り出して、その風景を写真に収めていた。草野くんもスマホで写真を撮っている。
「木下に送ろ」
「木下って二組のバスケ部のやつ?」
「そうそう。この場所教えてくれたから、来たって報告送ろうと思って」
草野くんと美坂さんが写真を撮っているのを見ていると、菅谷くんが私のそばまで歩いてくる
「川崎さんは写真撮らないの?」
「私、写真のセンスなくて……」
「俺も」
菅谷くんはその後は何も言わなくて。「どうして来れたのか」も「来れてよかった」も言わないでくれる。いつもの菅谷くんの優しさだった。
すると、草野くんが美坂さんに何かを話しかけた後に私たちの方へ駆け寄ってくる。
「今、美坂さんと話してたんだけど、お昼ご飯ショッピングモールで食べるんじゃくて近くのコンビニで買ってきて、そこら辺座って食べね?」
草野くんはそう言って、川沿いの道に設置されているベンチを指差している。二つ並んだベンチで、二人ずつ座れば丁度四人座れるだろう。
「めっちゃ景色いいから、あそこで食べたら最高かなって」
「俺は全然いいよ。むしろ賛成」
「私も賛成」
「じゃあ、早速近くのコンビニ行こーぜ。調べたらここから5分くらいであるっぽい」
スマホで道を調べながら、歩いていくとすぐにコンビニが見えてくる。コンビニに入ると冷房が効いていて、火照った身体が冷えていって気持ちいい。
「俺、暑いから冷やし中華にしようかな。菅谷は?」
「悩み中。ていうか、それよりまず飲み物選びたいかも」
「あー、確かに」
草野くんと菅谷くんが飲み物の置かれている方へ歩いていく。
「川崎さん、私たちも先に飲み物選ぼ!」
美坂さんはスポーツドリンクとお茶で悩んでいたが、お昼ご飯と一緒に飲むのでお茶を選んだようだった。私も500mlのお茶のペットボトルを手に取った。
お昼ご飯を選んでいると、草野くんがお菓子の棚からポテトチップスの袋を持ってくる。
「ポテチも買わね!?」
「どうやって食うんだよ」
「普通にみんなで食えば良いだろ」
「絶対、外で食ったら落とすって。やめとけ」
菅谷くんが止めているが、草野くんは「じゃあ、俺一人で食うから!」と言って結局レジに持っていく。そんな光景を見ていると、ふと中学の頃の光景を思い出した。
「奈々花ちゃん、放課後、希美の家いくんだけど一緒に来ない?」
「みんなでお菓子持ち寄ろ!」
「私、チョコ持ってく!」
まだ病気を発症するずっと前の記憶。中学に入ってすぐの記憶。そんな懐かしい記憶が蘇ってくる。それからすぐに諦めた光景が今、目の前にあって。
「川崎さん?どうした?」
「あ、ごめん!行こ!」
コンビニを出ると、また蒸し暑い空気に戻ってしまう。6月とは思えない暑さだった。