一人でいる楽園の時間はいつもすぐに終わり、また厳しい現実の朝がやってきた。また相も変わらず公畜と変貌するのだが、今日は金曜日。
 今日さえ乗り越えれば、2日間のパラダイスになる。
 朝7時のテレビの時報音を聞いたらすぐに家を出るのがマイルール。そして、いつもと寸分たがわないルートで川沿いの道を駅まで歩く。

 この道には、桜の木が植えられていて、確かにテレビのニュースが伝えていたとおり、そろそろ満開となりそうだ。
 この週末が見頃となるのだろう。

 でも、そんなボクの日常に、桜はいらない。
 その花びらか目に入っても、決して心を奪われないように、自分を制御する。
 ──よかった、今日も桜を無視することができた。
 出勤してデスクに座るのは、始業の45分前。その時に、困ったことが起こった。

「今日、仕事終わりに花見しない? 富木くん家の近くに桜並木あったよね」
 隣のデスクにいる同僚で同期の眞央が、突拍子もないことを言う。まだ職場にはボクと眞央以外、誰もいない。

「え? 何で?」
「だって富木くんって、夜に遠出するの嫌がりそうだから、家の近くまで行ってあげるよ」
「そうじゃなくて、まさか二人きりじゃないよね?」
「失礼ね。二人だったら嫌なの? まあ、遥菜もいるけどね。同じ課の若手三人で交流しよって言ってんの」
「いや、やめとく」
「どうして?」
「遥菜さんと二人で楽しくやりなよ」
「えー」

 何とか、眞央の誘いを断った。こういう人付き合いに無理矢理入れられるのは、とても困る。眞央に関わらず、こういう誘いは時々あるが、ボクはすべて拒否するようにしてきた。
 拒否すると分かってもらえば、誰もボクを誘わなくなる。それでいい。付き合いの悪い、嫌なヤツと烙印を押されてもいいのだ。
 でも、そういうセンシティブな部分をまるで汲み取ってくれない眞央は、定期的に誘ってくるから困る。
 厄介なのは、断ってもしぶといところだ。