「ルナに手を出すなら、あたしが相手になるわ!」
と声を張った澪に、モンドは
「ならば居場所を教えろ!」
と返す。
「アリスの居場所はアタシも知ってる、でもアンタなんかに教える気は無い」
と、今度は詩応が言う。
「今度はアタシを粛清する気かい?禁断の聖女を匿う反乱分子として」
英語の挑発に、モンドは末端信者としての無知を嘆く。
「俺はやがて、教団を率いる身だ。お前らのような単なる信者とは違う」
詩応は呆れるだけだった。同時に、この一家の思惑を潰す、その意志を更に固める。
「詩応さん……」
と言った澪は、ボーイッシュな少女を護れるようにと銃を軽く上に向け、全方位の音に意識を向ける。
「流雫……来るわよ……」
と言った澪は、指に冷たさを感じた。
上空から落ちてくる雨粒は大きく、地表に在る全てに叩き付けられていく。そして、雷鳴が無機質な世界を揺らす。
視界が煙る中、ヤジ馬と化していた集団は一瞬で散り散りになり、雨音のノイズだけが耳を支配する。
「物騒なことだ、嘆かわしい」
と男の声が響く。黒い折り畳み傘を差した人が近寄るのが見える。
「オギ……!」
と先に反応したのはモンドだった。その隣に並び、
「ヴァイスヴォルフは使い物にならん。最初からお前と手を組んでいればよかった」
とドイツ語で言った小城に、モンドは
「そうだろう」
と不敵に笑う。
「モンジュは未熟だった。しかし一連の騒動の汚名を全て被ることになるから、最後に役立った」
と言い、投げ捨てた傘の代わりに銃を手にした小城に向ける澪の眼差しに、詩応は身震いする。
屈服を知らない意志を露わにする刑事の娘、その目は戦女神を宿しているかのようだ。
「そのために聖女アリスを殺そうとしたの!?」
雨音に掻き消されない澪の声が、無機質な建物に囲まれた渋谷に響く。それと同時に
「禁断だからと、死んでいいワケじゃない」
と、別の声が聞こえる。流雫だ。シルバーヘアの少年は足音を雨音に紛らわせ、小城を挟み撃ちにするかのようにその背後につく。
「……背振が認めた。お前が元凶だと」
と言った流雫は、銃を下ろしたまま小城を睨む。
「ツヴァイベルクと共謀して、日本でのアリス暗殺を企てる傍ら、ドクター三養基を殺そうとした」
「聖女暗殺は未遂に終わった、しかし三養基を殺すことは成功した。クローンの利権と功績を、一手に収めることができた」
と、流雫に続く澪。更に詩応が、英語でモンドに牙を向く。
「一方フランスでは、アンタの一家がマルティネスを殺害し、ヴァイスヴォルフも粛清しようとした。全ては妹のためではなく、己の名誉のため。ソレイエドールの名を穢して、それでも司祭一家かよ!」
その様子が小さいながらも、フランス人3人の目に映る。一触即発寸前に、アルスは口角を上げた。全てをバカにするような目付きに、プリィとセバスは背筋が凍る。
「モンドリヒト・ツヴァイベルク!」
とアルスが大声で叫ぶ。警戒を解かない女子高生2人はその方向を向く。
「……俺が日本に来た本当の目的は、太陽騎士団の弱体化。つまり……」
と言葉を切ったアルスは、手に持ったゲルをハンカチに塗り、セバスの顔に押し当てた。
「んむっ!!」
「アルス!?」
予想外のことに詩応が大声を上げる。だが、詩応に銃口が向く。その主は
「動くな」
とだけ言った。
「流雫……!」
何がどうなっているのか、頭の整理が追い付かない澪の目は、混乱に満ちている。
「レンヌにいた時から計画していた」
と涼しい表情で言う流雫とアルスの目が合い、互いに不敵な笑みを零す。やがてハンカチから赤黒い雫が地面に零れ、セバスは俯せに倒れる。
「セバス!!」
プリィがその名を叫ぶが、すぐにアルスに腕を掴まれる。
「アルス!!」
詩応が叫ぶも、フランス人の少年はプリィの顔にもハンカチを押し当てる。
「いやぁっ!!ルナっ!!た……!」
自分すら裏切った幼馴染みに助けを求めながら、プリィは顔を赤く染めてその場に膝から崩れる。
「身代わりは死んだ。アリスも長くない。……聖女を失った太陽騎士団に、求心力を持った聖女候補などいない」
「クローンの件が引き金になり、太陽騎士団はやがて瓦解する」
とフランス語で言った2人に、それぞれ銃口が向く。
「アルス!アタシすら裏切ったのか!!」
怒りに満ちた詩応に続く澪は
「流雫!!どうして!!」
と泣き叫ぶ。彼の隣に相応しい存在であるべく、今まで必死に戦ってきた。それも全て水泡に帰す。
「あたしは、このために流雫を愛してきたんじゃない!!」
と叫ぶ澪は、流雫に銃を向ける。
教会では敵だったアルスは、今やモンドにとっては好都合な男と化している。邪教でありながらハイリッヒ即位のチェックメイトを後押しした。聖女のオリジナルを殺すことは予想外だったが。
後は小城と共謀してアルスを殺せばいい。後はルナと云う男も。
……殺意すら宿した詩応の目に映る少年は、死すら怖れていない。これが、教団のために命を捨てると云うことなのか。今までアリスやプリィを護ろうとしてきたことは、全てアルスの掌で転がされていただけのことなのか。
詩応はただアルスに目を向けながら、頬を濡らす。それが雨だけでないことは、彼女を睨む少年も知っている。
流雫は銃口を向ける澪に近寄りながら、銃を向ける。
殺されようとしているのに、流雫を撃てない。それが澪の優しさで、弱さ。そのことを知り尽くしている流雫は、撃たれるワケが無いと判っている。
「僕には僕の正義が有る」
と言う流雫の背後で、小城が不敵に笑うのが澪の目に映る。そして、手元の銃が2人に向けられる。
何が起きたかは判らない、しかしまとめて撃ち殺し、混乱の元凶の罪を被せればよい。時折雷を伴う豪雨で、真相の目撃者はいない。
これでモンドと小城は、完全なる勝利者となるのだ。
「……流雫……」
と、最愛の少年の名を声にしながら澪は、ブレスレットを揺らす手でその頬に触れる。
……命乞いしたいワケでも、彼に抱かれながら死にたいワケでも、油断する彼を殺したいワケでもない。殺したいのは、ただ一つ。怒りと悲しみの根源が抱える邪な思惑。
流雫の手が、澪の手に重なる。怯えと命乞いが混ざる表情に、凜々しさが戻ってくる。
「……いくわよ」
と言った澪に、流雫の指が動いた。
大きな銃声が1発。突然足を襲う痛みに顔を歪めたのは、数秒前まで勝利を確信していた男だった。スラックスの太腿に2つの穴が開き、血が滲んでいる。
「なっ……!?」
「オギ!?」
何が起きているのか判らないモンドは、小城から離れながらアルスに目を向ける。その生意気な微笑は、勝利宣言のように見え、苛立ちを誘う。
「シノ」
その言葉に呼応し、詩応は後ろを向く。親しいフランス人に向いていたハズの怒りの目は、今やモンドに向けられている。それと同時に、今度は小城の手から銃が跳ねた。
「くっ!!」
手足の激痛に屈し、無意識に細めた目は、恋人を裏切った少年の両脇に2つの銃口を捉えた。その瞬間、混乱と怒りが小城を支配する。
流雫は後ろ向きにタイルを蹴りながらターンし、その勢いに乗って一気に間合いを詰め、そして腕を振った。
「がっ!!」
流雫が握っていた無機質な銃身が、小城の視界を激しく揺らす。足を撃たれていた小城には、身体を支えるだけの力は無い。後ろに2歩よろけ、そのまま背中から倒れた。
「ごっ……!!」
その背後から澪が駆け付け、小城を仰向けにすると腕を掴んで背中に回す。
「見事に引っ掛かるとはね……」
と澪は言い、膝で体重を掛ける。
豪雨に掻き消される銃声は、小口径の銃の特性だった。そして2人は、それぞれの利き手から小城を狙った。
反動が小さいとは云え、片手では外すリスクが有る。しかし、外すワケにはいかない。だから流雫の腰に腕を当て、安定させた。1人2発のセオリー代わりに2人で2発。しかしそれで十分だった。
澪の前に出た流雫は、母アスタナに言われた言葉を思い出す。
「女神の手を放してはダメよ?」
……流雫にとってのただ1人の女神、その名は室堂澪。手を放すワケがない。
と声を張った澪に、モンドは
「ならば居場所を教えろ!」
と返す。
「アリスの居場所はアタシも知ってる、でもアンタなんかに教える気は無い」
と、今度は詩応が言う。
「今度はアタシを粛清する気かい?禁断の聖女を匿う反乱分子として」
英語の挑発に、モンドは末端信者としての無知を嘆く。
「俺はやがて、教団を率いる身だ。お前らのような単なる信者とは違う」
詩応は呆れるだけだった。同時に、この一家の思惑を潰す、その意志を更に固める。
「詩応さん……」
と言った澪は、ボーイッシュな少女を護れるようにと銃を軽く上に向け、全方位の音に意識を向ける。
「流雫……来るわよ……」
と言った澪は、指に冷たさを感じた。
上空から落ちてくる雨粒は大きく、地表に在る全てに叩き付けられていく。そして、雷鳴が無機質な世界を揺らす。
視界が煙る中、ヤジ馬と化していた集団は一瞬で散り散りになり、雨音のノイズだけが耳を支配する。
「物騒なことだ、嘆かわしい」
と男の声が響く。黒い折り畳み傘を差した人が近寄るのが見える。
「オギ……!」
と先に反応したのはモンドだった。その隣に並び、
「ヴァイスヴォルフは使い物にならん。最初からお前と手を組んでいればよかった」
とドイツ語で言った小城に、モンドは
「そうだろう」
と不敵に笑う。
「モンジュは未熟だった。しかし一連の騒動の汚名を全て被ることになるから、最後に役立った」
と言い、投げ捨てた傘の代わりに銃を手にした小城に向ける澪の眼差しに、詩応は身震いする。
屈服を知らない意志を露わにする刑事の娘、その目は戦女神を宿しているかのようだ。
「そのために聖女アリスを殺そうとしたの!?」
雨音に掻き消されない澪の声が、無機質な建物に囲まれた渋谷に響く。それと同時に
「禁断だからと、死んでいいワケじゃない」
と、別の声が聞こえる。流雫だ。シルバーヘアの少年は足音を雨音に紛らわせ、小城を挟み撃ちにするかのようにその背後につく。
「……背振が認めた。お前が元凶だと」
と言った流雫は、銃を下ろしたまま小城を睨む。
「ツヴァイベルクと共謀して、日本でのアリス暗殺を企てる傍ら、ドクター三養基を殺そうとした」
「聖女暗殺は未遂に終わった、しかし三養基を殺すことは成功した。クローンの利権と功績を、一手に収めることができた」
と、流雫に続く澪。更に詩応が、英語でモンドに牙を向く。
「一方フランスでは、アンタの一家がマルティネスを殺害し、ヴァイスヴォルフも粛清しようとした。全ては妹のためではなく、己の名誉のため。ソレイエドールの名を穢して、それでも司祭一家かよ!」
その様子が小さいながらも、フランス人3人の目に映る。一触即発寸前に、アルスは口角を上げた。全てをバカにするような目付きに、プリィとセバスは背筋が凍る。
「モンドリヒト・ツヴァイベルク!」
とアルスが大声で叫ぶ。警戒を解かない女子高生2人はその方向を向く。
「……俺が日本に来た本当の目的は、太陽騎士団の弱体化。つまり……」
と言葉を切ったアルスは、手に持ったゲルをハンカチに塗り、セバスの顔に押し当てた。
「んむっ!!」
「アルス!?」
予想外のことに詩応が大声を上げる。だが、詩応に銃口が向く。その主は
「動くな」
とだけ言った。
「流雫……!」
何がどうなっているのか、頭の整理が追い付かない澪の目は、混乱に満ちている。
「レンヌにいた時から計画していた」
と涼しい表情で言う流雫とアルスの目が合い、互いに不敵な笑みを零す。やがてハンカチから赤黒い雫が地面に零れ、セバスは俯せに倒れる。
「セバス!!」
プリィがその名を叫ぶが、すぐにアルスに腕を掴まれる。
「アルス!!」
詩応が叫ぶも、フランス人の少年はプリィの顔にもハンカチを押し当てる。
「いやぁっ!!ルナっ!!た……!」
自分すら裏切った幼馴染みに助けを求めながら、プリィは顔を赤く染めてその場に膝から崩れる。
「身代わりは死んだ。アリスも長くない。……聖女を失った太陽騎士団に、求心力を持った聖女候補などいない」
「クローンの件が引き金になり、太陽騎士団はやがて瓦解する」
とフランス語で言った2人に、それぞれ銃口が向く。
「アルス!アタシすら裏切ったのか!!」
怒りに満ちた詩応に続く澪は
「流雫!!どうして!!」
と泣き叫ぶ。彼の隣に相応しい存在であるべく、今まで必死に戦ってきた。それも全て水泡に帰す。
「あたしは、このために流雫を愛してきたんじゃない!!」
と叫ぶ澪は、流雫に銃を向ける。
教会では敵だったアルスは、今やモンドにとっては好都合な男と化している。邪教でありながらハイリッヒ即位のチェックメイトを後押しした。聖女のオリジナルを殺すことは予想外だったが。
後は小城と共謀してアルスを殺せばいい。後はルナと云う男も。
……殺意すら宿した詩応の目に映る少年は、死すら怖れていない。これが、教団のために命を捨てると云うことなのか。今までアリスやプリィを護ろうとしてきたことは、全てアルスの掌で転がされていただけのことなのか。
詩応はただアルスに目を向けながら、頬を濡らす。それが雨だけでないことは、彼女を睨む少年も知っている。
流雫は銃口を向ける澪に近寄りながら、銃を向ける。
殺されようとしているのに、流雫を撃てない。それが澪の優しさで、弱さ。そのことを知り尽くしている流雫は、撃たれるワケが無いと判っている。
「僕には僕の正義が有る」
と言う流雫の背後で、小城が不敵に笑うのが澪の目に映る。そして、手元の銃が2人に向けられる。
何が起きたかは判らない、しかしまとめて撃ち殺し、混乱の元凶の罪を被せればよい。時折雷を伴う豪雨で、真相の目撃者はいない。
これでモンドと小城は、完全なる勝利者となるのだ。
「……流雫……」
と、最愛の少年の名を声にしながら澪は、ブレスレットを揺らす手でその頬に触れる。
……命乞いしたいワケでも、彼に抱かれながら死にたいワケでも、油断する彼を殺したいワケでもない。殺したいのは、ただ一つ。怒りと悲しみの根源が抱える邪な思惑。
流雫の手が、澪の手に重なる。怯えと命乞いが混ざる表情に、凜々しさが戻ってくる。
「……いくわよ」
と言った澪に、流雫の指が動いた。
大きな銃声が1発。突然足を襲う痛みに顔を歪めたのは、数秒前まで勝利を確信していた男だった。スラックスの太腿に2つの穴が開き、血が滲んでいる。
「なっ……!?」
「オギ!?」
何が起きているのか判らないモンドは、小城から離れながらアルスに目を向ける。その生意気な微笑は、勝利宣言のように見え、苛立ちを誘う。
「シノ」
その言葉に呼応し、詩応は後ろを向く。親しいフランス人に向いていたハズの怒りの目は、今やモンドに向けられている。それと同時に、今度は小城の手から銃が跳ねた。
「くっ!!」
手足の激痛に屈し、無意識に細めた目は、恋人を裏切った少年の両脇に2つの銃口を捉えた。その瞬間、混乱と怒りが小城を支配する。
流雫は後ろ向きにタイルを蹴りながらターンし、その勢いに乗って一気に間合いを詰め、そして腕を振った。
「がっ!!」
流雫が握っていた無機質な銃身が、小城の視界を激しく揺らす。足を撃たれていた小城には、身体を支えるだけの力は無い。後ろに2歩よろけ、そのまま背中から倒れた。
「ごっ……!!」
その背後から澪が駆け付け、小城を仰向けにすると腕を掴んで背中に回す。
「見事に引っ掛かるとはね……」
と澪は言い、膝で体重を掛ける。
豪雨に掻き消される銃声は、小口径の銃の特性だった。そして2人は、それぞれの利き手から小城を狙った。
反動が小さいとは云え、片手では外すリスクが有る。しかし、外すワケにはいかない。だから流雫の腰に腕を当て、安定させた。1人2発のセオリー代わりに2人で2発。しかしそれで十分だった。
澪の前に出た流雫は、母アスタナに言われた言葉を思い出す。
「女神の手を放してはダメよ?」
……流雫にとってのただ1人の女神、その名は室堂澪。手を放すワケがない。