人間は誰もが、何かの傀儡。だとするなら、僕は悪魔の傀儡か。
 人は生きている限り、迷い続けるもの。だから澪標となる存在を求める。僕にとってのそれは、最愛の少女だった。
 彼女は正義の傀儡、その手を掴んだのは悪魔の傀儡。禁断の邂逅、その果てに何が有るのか。
 ただ一つ言えること。2人でなら、その果てに何を見ても、決して怖れない。そう、想像を絶する地獄でさえも。

 取り戻した意識と開いた目が捉えたのは、小さな窓の奥に広がるユーラシア大陸と空の境界線だった。
 シャルル・ド・ゴール国際空港を発って10時間が経った。あと2時間半で、トリコロールを尾翼に躍らせる飛行機は東京に着く。その日本は、既に朝を迎えている。
 国籍は日本、しかしルーツはフランス。高校生の僕が、今1人で飛行機に乗っているのも、大雑把に言えばそれが理由だ。
 祖国での楽しい3週間を過ごした僕を日本で出迎えるのは、1人の少女。自分が死ぬことより、彼女を失うことが怖い……そう思えるだけの存在だった。
 あの日を思い出させるような碧のスクリーンに目を向けていると、クロックムッシュの機内食が運ばれてきた。それは、着陸まで2時間を意味していた。

 モノレールから眺める東京の景色は、普段空港に行くことが無いあたしにとっては新鮮に映る。少し物足りなさを感じるが、それも1時間後には消える。
 この3週間、メッセンジャーアプリで話していたが、1万キロの距離以上にもどかしさを感じていた。尤も、それはあたしより最愛の少年の方が、或る意味強く感じているが。
 ……空港で彼と再会する、しかしその後は何も決めていない。ただ、2人なら何処だって楽しい。
 そう思っていると、車窓の奥に滑走路や飛行機が見える。あと数分で、駅に着く。
  
 望んだのは、呆れるぐらいに平穏な日々。何度も望んでは裏切られてきた、しかし何時かは叶う……そう思いたかった。
 全ては、僕とあたしが生きてきた証と生きる希望を、失わないために。