クラスメイトから、根暗だとか不気味などと言われ今では僕の前の席に座ると呪われ、体調不良になるなどと噂され避けられていた。
家でも、出来の良い弟と比べられて出来損ないの僕は虐げられる日々を送り続ける。
 もう、何もかもどうでも良くなって疲れた僕は昨日と同じように学校に向かって、屋上へとやってきた。
チャイムの音が聞こえるが、構わない。
 僕は、フェンスを越える。
視界を落とすとコンクリートがひろがっていて、雲一つない空から太陽が照りつけ、風が僕の身体を靡かせる。
片足を宙に浮かせると身体中に死という恐怖が纏わりついて震え始めるが、僕はもう全てを終わりにしてやろうと心に決めた時だった。

「ねぇ、そこの君。落ちる前に私の願いを叶えてくれない?」

声がする方に振り向くとクラスの中心にいる愛川心が近づいて来るのが見える。

『止めようとしても無駄だから。僕のこと知らないくせに、正義感で言っているなら、見なかったことにしろよ。』

怒りに任せて言い放つ。僕のことなんて分かるはずがない。こいつはクラスで一番人気で人が集まる、明るくていつも笑っている僕とは正反対のヤツだ。

「別に止めているつもりはないよ。このまま身勝手に命を捨てるくらいなら、私に君の時間を買わせてくれないかって言っているの。くれるよね?
そんな所から飛び降りようとしているくらいだし。ね?」

 彼女の瞳が怖かった。笑っているのに、瞳の奥で何かに怯えて泣いているように見えて僕は背中がゾクッと冷える。
僕は、ただ頷いていた。
彼女は嬉しそうに「決まり!」と微笑み、僕に手を差し出すので手を掴んで屋上のタイルに足をつける。

『願いってなに?』

聞かずに、頷いてしまったことに今更後悔してももう遅い。

「おお、もう本題に言っちゃうの?まぁ、隠すつもりなんてなかったし、先に言っておいた方がたくさん時間が使えそうだし、良いよ。教えてあげる。」

そう言うと、僕に座るようにと屋上のタイルを叩くので仕方なく隣に腰をかける。

「私ね、もうすぐ眠りにつくの。ほら、良くあるじゃない?おとぎ話とかで、王子様が眠りについたお姫様を目覚めさせてハッピーエンドになる話。だから、私も眠りについたら起こしてくれない?」

言葉が出なかった。あまりにも、真っ直ぐ真剣にそんな冗談を言うとは思っていなかった。
僕は、引き止められた理由がやっと分かった。
こいつに、弄ばれている。面白がっているだけだ。

『申し訳ないけど、そういう冗談に返せる言葉を
僕は持ち合わせていない。じゃあ。』

僕は、そう言って立ち上がり数歩歩き出す。
〈黒木歩〉
静かな屋上に彼女の声から僕の名前を呼ばれたことに驚く。
振り向くと彼女と目が合って咄嗟に晒す。
彼女が僕の下の名前を知っているなんて思わなかった。
 僕を否定する噂や悪口は、クラスだけで収まらず学年までも広がっているから名字は知っているのは理解できる。
だがもう、誰も僕のフルネームを知る人はいないと思っていた。
 そんな事を考えながら、もう一度彼女を視界に入れると微笑みながら僕の前まで来ると、〈やっぱりちゃんと言わないといけないよね。〉ボソボソと口にした。
先程みせた何かを訴えるような瞳で僕を見る。

「私ね、病気なの。もう、時間もあまりない。
だからね、私が眠りにつく前に未練をなくすのを手伝ってくれない?」

僕は、あまりの告白に息をのんだ。
信じている訳じゃない。
どうせまた、僕をからかっているんだ。
そう思っているはずなのに、言葉が出ない。
すると、彼女は「信じられない?」と問いかけてくる。

『信じるか、信じないかは今は答えられない。
だけど、どうして僕に言うんだよ。
僕に、何が出来る。友達に頼めばいいだろ。』

「誰にも言えないよ、こんなこと。黒木くんなら誰にも言わないでいてくれそうだから。
だって、いつも一人でいるでしょ?」

 誰とも話さない手頃な僕がちょうどいいタイミングで生きることを放棄していたから、使えるとでも思ったのだろう。
僕がまだ返事を返してもいないのに、僕の周りを円を描くように周りながら話し始める。

「私ね、まだまだやりたいことがたくさんある。
食べたい物、見たい景色、行きたい場所、他にも色々あるけど全部黒木くんに付き合ってもらうから!」

 僕の目の前で止まって、人差し指を頬の横に立てて微笑む。
「では、早速。」そう言うと、僕の腕を掴んできたので振りほどく。

「ちょっとなに!?」

不機嫌そうに僕を見るので、「いや、それはこっちのセリフだから。」と言いながら彼女の言葉を思い出す。
〈やりたいことがたくさんある〉〈全部黒木くんに付き合ってもらうから!〉え、ちょっと待って。願いは一つじゃないのか。僕は、とんでもないことに巻き込まれたのかもしれない。

『まだ、やるって言ってない。』

「ここまで聞いておいて、付き合わない気?それにさっき頷いてくれたよね?男に二言はないはずです!」

『一つだと思ったからで。』

「私、一つなんて言ってない。」

確かに言われていない。彼女はまたあの瞳を僕に向ける。止めてくれ、その瞳に僕は逆らえない。

『わ、分かったよ・・・。』

 渋々了承すると、「契約完了!」と嬉しそうに笑っている。

「では、早速。今日の願いを発表します!」

ノリノリの彼女は、両手を使ってクルクル回し、ドラムロールのような音を声で表現してから最後に〈じゃん〉と言い放った。

「今から、学校を抜け出します!」

ああ、大変なことになりそうだ。