誰かが思うほど、高校生の恋愛は純愛じゃない。
 さて、こんなこと誰がいうのだろうか。
 少なくとも僕は言わないだろう。
 言わずもがな、純愛なんてやつをこれからするのだろうから。
 どうして、こんなに強気かって?
 そりゃあ、いい出会いってものがあったんですよ。
 新入生代表として、僕は答辞をした。
 お偉いさんの隣の生徒会長の隣にいる生徒副会長の三年生である新垣舞は、僕の答辞を綺麗な笑顔で聞いてくれていた。
 そして、その後呼ばれたのだ。
 とてもいい答辞だったと、彼女から褒めてもらえたのだ。
 端正な顔立ちで少し笑みを見ようもんなら惚れてしまうだろうその女子生徒は、僕に笑みを浮かべてくれた。
 そもそも端正な顔立ちだからなんだという話だ。
 いろんな男子生徒からも言い寄られることはあるだろう。だから、気にしてはいけない。
 普通を装い、感謝を述べる。
 それだけでも難しいことなのに、僕はなぜかそれができた。
 きっと緊張していたんだと思う。
 いい寄る余裕もいまのぼくにはなかったのだ。
 しかし、彼女は僕と連絡先を交換してくれた。
 インスタグラムのアカウントのフォロワーは思っているより少ない。三桁もいかないどころか、八十人もフォローしていない。
 意外だった。
 こういう女子生徒は、フォロワーも多くて好かれていると思っていたから。
 SNSは、他人の評価として考えるべきじゃないのかと考えるくらいに。
 ラノベにありそうなハーレム展開なんじゃないかと思えた。
 このまま彼女とお付き合いして、やがて、結婚するのでは!?
 これは、幸先良いスタートだ。
 展開をミスすることはないと、絶対にしないと心に誓う。
 早速DMを送る。
 すぐに返信が来た。
 これはやっぱり脈アリなんじゃないですか!
 年上だ。先輩だ。
 隣を歩けるなんて嬉しい話じゃないか。
 これからのことがとても楽しみだ。
 その日の夜は、あまり寝付けなかった。
 翌日、クラスメイトの友人と移動教室のため廊下を歩いていた時だ。
「なぁ、中学に比べて授業の変更がないなって思わないか?」
 松島は、そういうと筆箱をポンポン上げる。
 確かに、彼のいう通り僕のいた中学も授業の変更がよくあって忘れ物をすることだってあった。置き勉禁止のためその度に重い教材が揃うと地獄だとみんなで騒いでいたことを思い出す。
「一ヶ月以上経ったけど、変更ないね、確かに」
 と、軽井川。
 同じクラスメイトですぐに仲良くなった友人だ。
「お前の学校は?」
 松島が僕に聞く。
「そうだね。あったよ。教材とかやたら重たくて徒歩通学の僕は死んでたね」
「わかるわー。俺も徒歩だったから。でも、俺の場合、荷物全部ロッカーに置いてバレないようにしてた」
「うわ、ずる!!」
 軽口を叩き合いながら、教室に到着し、席に着く。
「そういや、そろそろ彼女も欲しい時期よな。狙ってる女子いないの?」
 恋バナが大好きな女子生徒、有馬が同じ席のせいか聞き耳を立てている。
「狙ってる子いたら、私が連れてきてあげるよ」
 新垣とは違う系統の童顔な彼女は、女子生徒から好かれている。男子生徒のノリにも合わせてくるので男子生徒からも好かれている。
「来宮は、新垣さんだもんな」
 松島が余計なことを言う。
「え!?新垣さんって、あの生徒会副会長の!?」
「いやいや、あれは連絡先交換しただけっていうか」
「まぁ、お前モテそうだもんな。どうせ、中学で童貞捨てたろ?」
 捨ててないし、とは言えなかった。見栄を張ってしまった僕は。
「まぁ……。でも、誰でもそうだろ」
 と、嘘をついた。まだ、キスもハグもしたことない。
 それ以上に、初恋もまだな気がする。
「うわー、ないわ。新垣さんに捨てられてしまえ!」
「まだ付き合ってないし」
 チラッと有馬を見ると少し俯いていた。
「どうかした?有馬」
 気になって声をかけると、ハッとした表情を見せ、なんでもないと言わんばかりに首を振る。
 ならよかったと、話を戻す。
「それにしても、どうやったら彼女できるんかな」
「彼女なんて作ろうと思って作るものじゃないじゃん」
 見栄を張る。どうせ、どこに行ってもこうなる。
 中学生の頃もそうだった。
 来宮は、何もしなくても彼女できそうだよな、とか。同じ塾の女子と付き合ってるという噂が流れた時は、流石に参ったけど。
 結局、誰も真実なんて気にしない。興味のある話題が好きなだけ。ゴシップがほしいだけ。
 僕の気持ちは、置き去りだ。
 こんなふうに、嘘をついても誰も嘘だと気づかない。
 新垣は、どう思うのだろうか。もし、こんな自分を知ったら付き合うと言う関係になれるだろうか。
 ハグとかキスとか。彼女は、こんな自分にしてくれるだろうか。
「新垣さんとは、今どんな感じなの?」
 有馬に聞かれ、なんて返そうか迷う。だけど。
「今度、会うよ。明日、テスト勉強に付き合ってくれるって」
 ここは本心で答える。嘘をつくときほど本当のことはちゃんと伝えるべきなのだ。辻褄が合わなくなると言うのは危険だ。
「え!?」
 どうしてか、彼女はショックそうな顔をしている。
 気にせず、口を開く。
「やっぱ、中間テストはいい成績とっておきたいじゃん?初めから授業でつまづきたくないし」
「そ、そう言うのってさ。同じクラスの人とやるのもアリじゃない?」
「確かに。有馬の言う通り、俺らともやろうぜ」
「明日は、断る。けど、他の日なら別にいいよ」
「言ったな!言質取ったからな!」
 そう言うとまた、僕らは軽口を叩き合う。
 放課後、有馬が教室の近くの階段付近に僕を呼んだ。
「どうしたの?話って何?」
 彼女は、女子友も多いのですぐに部活に行くこともある。
 なのに今日に限って呼んでくるなんて不思議だった。
「僕、これから新垣さんと会うんだけど」
「わかってる。わかってるんだけど、その……」
 二の句は告げずにモジモジとするばかり。
 ここで時間を取られては、僕が困る。
 待ってみたものの何も言わないので、僕からいう。
「先輩は、大学受験もあるんだし、やめた方がいいって?」
 しかし、彼女はその発想はなかったのか驚いたくせに、うんと首を全力で縦に振った。
 なんなんだこいつ、と思うけど顔には出さなかった。
 中学生の時から、やたらと僕はアイドルのような性格の良さ、純情さを求められた。
 ちょっと口の悪いことを言えば、来宮君はそんなこと言わない!と同じクラスの女子生徒に言われたことがあった。
 それ以降、どんな悪口が聞こえてもカッとなることもせず、ただただ冷静でいることを強いられた。
 仮面を被り、嘘をつくことがいつしか得意分野になった。
 松島や軽井川は、口悪いことを言っても驚くこともしなかった。
 素直でいられる環境がここにはあった。だから、すぐに仲良くなれたし友達と言えるのだと思う。
「悪いけど、先輩が良いよって言ってくれてるわけで」
「でも、ほら、大学の勉強って志望校次第では大変じゃん?」
「模試の結果は良さげなんだって」
「浜松なら、意外と行けるところはあるじゃん?」
 高校の入試試験は最難関の学校だってあるけど、この高校は別にそうじゃない。
 偏差値トップの学校に比べれば、この学校は三番目くらいだ。
 本気にならなくても、この学校に行けたのだから誰だってそうだと思っている。
 だけど、そうじゃないことは最近なんとなく友達に勉強を教えていると理解してくる。
 有馬も勉強はできるから、大学選択はそこまで悩んでいないのかもしれない。
「あるけど、新垣さんは東京に出るつもりだって。それでも、模試の結果がいいなら、有馬に引き止められなくても」
「でも」
 でもでも、うるさいなと舌打ちしたくなる。が、グッと堪える。
「じゃあ、何が言いたいの?」
「……」
 彼女は黙ってしまった。
 これでは、僕も何が言いたかったのか知ることはできない。
「来宮君?」
 階段の上から声が聞こえた。
 振り返ってみると、そこには新垣がいた。
「よかった、ここにいたんだ。教室に迎えに行ったらいなくて、松島君?って子に聞いたら、階段を降りてったって」
「あぁ、ちょっと」
「あなたは?」
 隣にきた彼女は、有馬を見て訪ねる。
 怒ってるわけじゃなさそうだし、ただ気になっているだけのよう。
「同じクラスの有馬さんで」
「なんでもない。また今度、話すよ」
 説明を終える間も無く、逃げるように出ていく彼女。
 訳がわからない。
「大丈夫かな、あの子」
「大丈夫ですよ。ただの友人です」
「そう?なら、よかった。じゃあ、いこっか!」
 バスに乗り、浜松駅があるエリアを街と呼ばれる。そこへ向かう。
 バスの椅子に二人で座る。隣に新垣がいることが僕には夢のように思えた。
 少し手が触れた。
 ドキッとしたけど、ここで下手に反応しない方がいいと思いスルーした。
「手、当たったね」
 嬉しそうに彼女が言うから僕は、少し照れくさくなった。
 こんな綺麗な顔立ちをした彼女でも可愛いところがあるのだと知る。
 まさか、こんなすぐに先輩と街に向かうことになるなんて思いもしなかった。
 今この状況がありえないのに、嬉しさで頭がいっぱいだ。
 あえて、授業も全然聞いてこなかったから、今日は沢山教えてもらうんだ。
 彼女が、おすすめの勉強スポットがあると連れてきてくれたのは、スタバでもなく洒落たカフェだった。すぐそこにラジオブースのようなものがある。ラジオをBGMに彼女と勉強ができるなんて贅沢だ。
 会話の話題がなくなった時だって、BGM、ラジオの話に持ち込めばいいのだから。
 もしかすると、彼女はそういった会話が途切れる不安要素を加味して場所を選んでくれたのかもしれない。
 その証拠とも言えないが、店員さんはあっと驚く様子を見せた。
 彼女の正面に座る。
「ここ、よく来るんですか?」
「そんなに行かないよ。たまに、気分変えたくてくるだけよ」
 綺麗な雰囲気から可愛い笑みを見れただけで僕は、充分だった。もう勉強はしなくていいと思う。
「なんか頼もうよ」
「はい」
 レジで品を注文する。電子決済で二人分払おうとスマホを出した手を止められた。
「後輩君に払わせる訳ないでしょ?」
 手を下ろさせると彼女は、財布を取り出し、その金額を払った。
「いや、でも」
「いいの。私から誘ったんだから」
 お釣りをもらう彼女。
 男なのに払うこともできなかった。
 親がくれる小遣いを使うタイミングなんてほとんどなくて少しは余裕あるのに。
 何かしてあげたいのに、何をしたらいいのかわからない。
 品を受け取り席に戻る。
 カフェオレを頼んだ僕と砂糖とミルクを入れたコーヒーの彼女。
「甘党?」
「えぇ、まぁ。コーヒー苦くて飲めないんです」
「可愛い」
「やめてくださいよ。子供みたいな」
 そのくせちょっと嬉しい自分もいた。
 やっぱりこれはもう付き合えるんじゃないかって。
「前も映画行った時、ミルクティーだったもんね」
 彼女は、覚えていてくれていた。
「そういう新垣さんは、前もコーヒーでしたよね?コーヒー好きなんですか?」
「好きよ。ずっと前から」
 勘違いしてやりたくなった。これは、僕に対する好意なんじゃないかと。
「きっかけとか?」
「……」
 コーヒーを置く彼女を見て、聞かない方が良かったのだと気づいた。でも。
「覚えてないよ。いちいちそういうの覚えている人なんている?」
「小学生の頃とかまだジュースじゃなかったですか?」
「炭酸飲料とか?」
「そうですそうです。炭酸初めて飲んだ時のこととか」
「いちいち私は覚えてないよ」
 なんだか意外だった。
 僕の飲むドリンクとか、些細な仕草だとか覚えてくれるのに、初めての出来事は覚えていないなんて。
「じゃあ、小学生の時のテストで百点を取ったとか」
「覚えてない。いつものことだから」
「昔から頭良かったんですか?」
「そうね。勉強はストレスだけど、できた分だけ楽しいものね」
 なんでもそうじゃない?と彼女は微笑んだ。
 微笑む様が似合う先輩だなと思う。
「でも、僕は割と逃げちゃいますよ?ストレスになるから、甘いの食べたり」
「いいじゃない。血糖値上げた方が集中できるんだから」
 そのくせ、まだ教材を取り出すようなことはしていない。
 できればずっとこのまま話していたい。
 ラジオがかかり始めた。
 さっきまでCMばかりだったのに。
「さ、勉強しましょ」
「えー」
「文句言わない。ほら、やろ」
 年上の女子に促されるのは、なんだかお姉さん感があっていい。
 姉がいないうちの家庭では、姉ってこんな感じなのかなと思う。
 しかし、姉がいるなら姉は弟と同じ場所で勉強をするのだろうかとも考える。
 今まで勉強は一人でしてきたし、中学の頃の友達と勉強してもすぐゲームしていた。
 新垣と勉強したら、ゲームとかせずに集中できるのだろうか。
 どれも杞憂だった。
 彼女は、とても集中して勉強をしていたし、僕自身も集中していた。
 初めてのテストで置いてかれてしまっては、次のテストが大変になる。
 ここで彼女に教えてもらえる機会があるという安心感が強い。
「あの、新垣さん。ここ、教えてください。わかんなくて。公式使っても解けないです」
 垂れた髪の毛を耳にかけ教材を見るその姿がとても美しかった。
「これ、この公式使わないよ。この文章よく見て」
 と、どうして使わないのか、じゃあ、何を使うのか。どんな文章が来たら何を使うのかまで教えてくれた。
「これができれば、応用にも効くし、両方使いこなせれば点数も良くなるよ」
「なるほど……」
「どうかした?」
「わかりやすいなぁって」
「ふふ。よく言われる」
「ですよね?教師とか向いてますよ」
「ならないよ」
「やりたいことあるんですか?」
「そりゃあね」
「知りたいです」
「秘密」
「えぇ」
「ほら、勉強して」
「集中力切れました」
「本当だ。感情まで消えてる」
 楽しそうに笑ってくれるので釣られて僕も笑った。
 二人で会うのはもう三回目だ。告白するならこのタイミングだと思う。
「あの」
 だけど、言葉が重なった。
 恥ずかしくなって、緊張して。
「先に、どうぞ」
 促してしまった。
「うちに来ない?場所変えたらまた集中できると思う」
 まさかの展開に僕は思わずいいんですか?と聞いてしまった。
「いいよ。その代わり勉強頑張ろうね」
「はい!」
 またバスに乗り、最寄りにつく。
 徒歩で十分歩いたところに彼女の家はあった。
 いいところに住んでいるなと思った。
 僕の家の周りには田んぼばかりなので、こうしてすぐに遊べる場所があると言うのは羨ましい。
「ちょっと散らかってるけど、怒らないでね」
「怒りませんよ。何言ってるんですか」
 家に上がる。家の匂いがとても良かった。
 なんのフレグランスを使っているのだろうか。
 彼女が使う香水は甘すぎないバニラの香り。
 僕は香水を使ったことないから、種類もブランドもよくわからない。
「言うほど、散らかってなくないですか?」
 率直に伝えると彼女は驚いていた。
「この足場のなさで散らかってないとは言えなくない?」
「……荷物が多いだけというか」
「ちょっと」
 やっぱり散らかってると思ってるじゃんと、肩をペシっと叩く彼女。最高です。
 しかし、彼女が使っているであろうベッドは綺麗だった。
 寝床があるだけで十分だと思う。机も勉強できるように整頓させれている訳だし。
「ねぇ、やっぱ映画見よ?」
 上目遣いの彼女に僕は悩殺された。ちょっと思考を回す。
「さ、さっき。勉強をって」
「いいじゃん。息抜きもいるよ。言ってたじゃん。逃げたくなるって」
「確かに」
 部屋にテレビがあるなんて贅沢だなぁと思っていると、彼女はサブスクを開く。
「何がいいかな。見たいのある?」
「あまり映画見てこなかったから……」
「じゃあ、そうだね。これなんか面白いよ」
 恋愛映画だった。最近流行りの余命ものではなく、少女漫画原作の映画。
「いいですね。みたいです」
 恋愛映画をチョイスするあたりこれはもう、そう言うことだろうと思う。
 彼女の家を出る時、夜の道を歩いてるところで告白しようと決意する。
 道中で買っておいた飲み物を飲みながら映画を見ていると、彼女の手が触れた。
 間違って手が当たってしまったのだろうと思い直す。
 大丈夫。理性は働いている。
 高校一年生にもなれば、そう言うことは知っているけど、付き合ってもいないのにそんなことするわけもない。
 そんな流れにはならないだろう。
 だけど、その手は今も触れている。
 子供みたいに遊び始めたんじゃ?
 その疑惑を片隅に彼女を見やると目があった。
 もしかして、ずっとこっちを見ていたとか。
 いやいや、そんなわけない。すぐにかき消した。
 ほら、映画を見ているわけで。彼女の薦める映画なのもあって今面白い展開が来ているじゃないか。
 頭が肩に乗る。甘い匂いが鼻をくすぐる。
 一人分開いてたはずの距離が縮まっていた。
 手の甲を撫でる彼女。
 何かを企むようなその目に僕は、どうしたらいいのか悩む。
 肩から頭を退けたせいで、思わず振り向いてしまった。刹那、唇にキスされた。
 映画の内容なんてもう頭に入ってこない。
 僕は今、人生で初めてキスをされた。好きな人に、キスをされたんだ。
 そのまま二度目のキスがくる。
 床に押され、背がつく。
 覆いかぶさる彼女の髪の毛が頬に触れた。
 耳にかけ直すとその端正な顔が近づく。
 こう言うのって付き合ってもないのにするものなのだろうか。
 経験もない僕にはわからない。女子は、そういうの気にすると思ってた。
 固定概念が覆されていると肌で感じる。
 彼女の手が頬に触れた。
 キスが深く濃厚になっていく。
 絡み合う舌が、気持ちいい。
 僕を求めるように、何度も息を切らしながら。
 止めることはしなかった。
 好きな人とできるのなら、それでいいと思えたから。
 愛撫は、初めてする。緊張した。わからなかった。でも、自分の欲を彼女にぶつけた。
 嬉しそうに、楽しそうに。見つめ合うとまた濃厚なキスをした。
 僕も彼女を求めた。
 いつの間にか緊張もなくなって、したい分だけ沢山した。
 彼女は、いつになく求めているものを得られた快楽を快感を堪能しているように見えた。
 性行為もした。
 初めてのことだ。
 彼女はリードしてくれた。
 きっと他の男ともしたことくらいあるんだろうなと思う。
 これだけ綺麗な美貌を持ってして、ないわけがない。
 なのに、どうして僕は少しショックを受けているのだろう。
 二人のわかりあっているはずのこの時間が、なんだか虚しい。
 彼女は本当に僕を求めているのだろうか。
 利用された気がする。
 こんな時に直感が働くのは、多分、彼女が僕を見ていないからだ。
 僕を見ているようで、見ていない。誰かに重ねているような感じ。
 ここまでして、気づくなんて。
 他の誰かを思ってする行為は楽しいのだろうか。
 僕を誰と勘違いしているのだろうか。
 僕の好きな彼女は、僕の知らない好きな人を想ってしている。
 行為が終わると、彼女は黙ってシャワーを浴びに行った。
 映画はいつの間にか止まっていたことに今気づいた。
 時間が止まったのか、頭が回らない。
 考えたくない。
 気づいてしまったその答えを出したくない。
 あぁ、どうして。今までなら、答えが出るだけでよかったのに。
 解なしという問題であれば、どれほどよかっただろうか。
 解のある問題をどうして解かなければいけないのか。
 答えることで、点数を取れる。
 だからみんな勉強する。
 だから、要らぬ知恵のせいで答えを出せる。
 視界の隅に彼女のスマホがある。
 彼女は、今までスマホの画面を見せることはなかった。
 電源ボタンを押すとロック画面が現れる。
 やっぱり……。
 部屋の扉が開いた。廊下を歩く音が聞こえなかった。理解したくない思いが強かったのかもしれない。
「あ……」
 呆然と立ち尽くす彼女に、僕は目もくれなかった。
 この場から逃げたい。
 その気持ちだけで歩を進めた。
 荷物もその場に置いてしまったことを後悔しながら。
 雨が降っている。
 どうして、こんな時に雨が降るのだろうか。
 求めてないシチュエーションだった。
 傘も持ってきてない。そもそも夜まで外にいる予定はなかったから。
 こんなことになるならさっさと帰ればよかった。
 告白しようだなんて思った、僕が馬鹿だった。
 ロック画面に写っていたツーショット。僕に見せなかったあの笑顔を、知らない男と撮っていた。
 バスに乗り、椅子には座らず窓の外を眺める。
 クソみたいに気分だ。
 苛立っているはずなのに、どこか虚しさの方が強かった。
 なんで、僕だったんだろうか。
 顔も似てないはずなのに。
 最寄りのバスから降りて、家に向かう。
 初めての性行為がこんなんなのか。
 キスも全部、誰かの代わり。
 利用された。
 たったそれだけのことが、今は苦しかった。
 悲しいのに、泣けなかった。
 雨が降るなら、隠せるはずなのにな……。
 LINEの通知が鳴る。
 新垣だった。『ちゃんと話したいよ』『明日、会えない?』スマホの電源を切った。
 大雨の中、顔を上に向ける。
 きったねぇ男になっちまったなぁ。ハハッ。
 いや、元からか。
 ずっと嘘ついていたのだから。彼女いたこともないのに、いたって友達に言ったわけだし。今日が初めての性行為だったのに、したことくらいあるって言ってきた。
 今更、汚れちまっても遅いのかぁ……。
 そりゃ、利用されるよな……。
 涙が溢れていた。
 雨が顔に当たっただけだと、思いたかった。
 涙を流したくなくて、顔を上に向けたのに、遅かったじゃないか。
 もう何もかも遅い。手遅れ。
 想いあいながら、愛を感じながら、体を重ねたかった。
 彼女が僕を想い、僕が彼女を想い。
 でも、もうできないんだと知る。
 想いは届かない。相手に恋心はなかった。
 求めたのは、体で、男の代わりで、枯れた恋心。
 擬似的に得られた恋心は嬉しいのか?
 僕も三年生になれば、わかるのか?
 誰かに求めれば、彼女を理解できるのか?
 なんでこの問いに解はないのだろうか。

 翌日、教室に到着すると新垣が待っていた。
「おい、ついに付き合うのか?羨ましいぜ」
 松島がいう。
「そんなんじゃない」
 席に座ったまま動かない僕と待っている新垣を交互に見やる彼。
「行かんの?」
「行かない」
「何かあった?」
「めんどいから連れ出そうぜ!イチャイチャしてるだけだぜ、どうせ!」
 軽井川が、気の利かない言葉で二人して廊下に連れ出した。
 戻りたかったのに、ドアを閉められてしまった。
 彼女と目が合う。
「あのさ」
「話すことなんてないですよ」
 人の恋心踏み躙って。
「僕は、あなたが好きだった」
 でも。
「あなたは違った。楽しかったですか?」
「ごめん」
 答えが出た。僕のことが好きだったかどうかの問いだ。
「嫌い?」
 大嫌いだ。
「もう、あれ以上の関係にはなれないんですよね」
 黙る彼女。それが、答えだった。
「あの男は、先輩の彼氏ですか?元彼ですか?」
「元彼」
 答えないで欲しかった。声を荒げそうになる。
 やっぱり、僕に元彼を重ねてしてたんだ。
「似てたの。あなたと性格が。優しくて」
「もうそれ以上聞きたくない」
 こんなこと知ってしまうくらいなら、会いたくなかった。
「もう二度と会いたくないです」
「うん、ごめんね」
 もしかすると、有馬はこの未来に気づいていたのかもしれない。だから、あの時何かを伝えたかった。
 伝える前に、先輩が来たから言えなかった。
 聞く耳も持たなかった。
 有馬にアドバイスくらい聞くべきだった。
 恋バナ好きの有馬に。
 先輩は、僕のこと好きじゃなかった。
 元彼に面影を重ねて、擬似デートをしてた。
 スッと頭に入ってくる。
 どうして、少し時間が経つと実感が湧いてくるのだろう。
 それなのにどうして、縋るような言葉を出してしまうのだろう。
 関係は、これ以上発展しないのに。
「先輩の好きな人になりたかった」
 誰かが思うほど、高校生の恋愛は純愛じゃないと、終わりを告げるチャイムが鳴っていた。