「竜司様、あの……」

 「なんだ、蘭羅」

 「……っ」

 この胸のときめきは、いったい……?
 今まで呼ばれた名前は『姫様』、『蘭羅お姉さま』だけだった。
 蘭羅だなんて、呼び捨てにされるのは初めて。こんなにもドキドキしてしまうものなのかしら。
 こんな感情が自分の心の中にあるなんて知らなかった。

 「わ、私はもう帰らなければならないのです」

 「何故だ。用でもあるのか」

 「いえ、そうではなく……」

 うぅ、私には嘘を吐くことなんてできない。
 それに竜司様の真っ直ぐな瞳に見つめられてしまっては、尚更だわ。
 驚かせてしまうかもしれないけれど、言わざるを得ない……。

 「……不治の病にかかってしまったのです」

 「不治の、病? そんなの心配無用だ。ウチには腕のいい医者がいる。その者に頼んで治してもらおう」

 「いいえ、違うのです。私は、もう治らないのであります。……余命、一年と言われてしまいました」

 あぁ、一番言いたくなかったことだわ。
 案の定、竜司様は目を丸くして信じられない、と言ったように口が空いている。
 胸が苦しい。でも嘘を吐いたまま竜司様とお話するよりずっといいわ……。
 私が余命宣告されていると知ったら竜司様に嫌われてしまうかもしれない。

 「……そなたは、愛魔村の姫君であると言ったな?」

 「は、はい、そうです」

 「なら、不死身なはずだろう。規則を破ったのか?」

 そう聞かれて、私は首を横に振る。
 やっぱり竜司様は、怒っていらっしゃるのかもしれない。私が愛を大切にするというルールを破ったとお思いなのだわ……。

 「では、なぜ余命宣告をされているのだ」

 「分からないのです。今度もう一度、お医者さまに診ていただくので、何か間違いがあればいいのですが」

 竜司様は、唇を噛みしめる。

 「……怖くないのか?」

 「えっ?」

 「あと一年しか生きられないというのに、どうして怖気(おじけ)づかないんだ。どうして、そんなに強いのだ……」

 どうしてか分からないけれど、竜司様の瞳が少し優しくなったように見えた。
 竜司様は自分の手を私の頬に近づけて、そのままひと撫でする。
 なあに……この、優しさは……。

 「ますます気に入ったよ。私は……蘭羅、そなたに惚れてしまったみたいだ」

 「えっ? 竜司様が私に?」

 これは夢? そうに決まっているわ……。
 かつてお父さま同士が敵対していた、妖思村の王子様が私に恋なんてするわけないもの。
 でも、どうしてこんなに幸せを感じてしまうの?

 「蘭羅、今すぐ婚約してくれとは言わない。まずは話し相手にでもなってくれないか? 私は友と呼べる仲の良い者はいないのだ」

 「……私も、いません。ぜひ、話し相手になってくださいませ」

 「あぁ。もちろん引き受けるよ」

 竜司様の優しくあたたかい手に、私の手が包まれる。
 これは許されることではないわ。余命一年の私と、隣の村の優秀な王子様が仲を深めてしまうなんて……。
 だけど心は正直。私の気持ちが、竜司様と仲を深めたいって叫んでいるんだもの。

 「王子! どこへ行かれたのですか、お返事ください王子!」

 「すまない、私は勝手に出てきてしまったから家来が探しに来たのだろう。そなたも見つかってしまったら迷惑を掛ける。そろそろ帰るとしよう」

 そう言って竜司様は、白馬に乗った。

 「また、お会いできますか……?」

 「もちろんだ。さよなら、蘭羅」

 竜司様が私の耳元で囁く。
 何だかこそばゆく感じます。今は寂しいけれど、会おうと思えばいつでも会えるもの。
 あぁ、竜司様にお会いできて、本当に本当に……しあわせ。