「……失礼いたします」

音もなく突然、宜生さんが父の背後に立っていた。
ただし、いつもの神主姿ではなく、紋付き袴姿で。
狐の半面は相変わらずだったけれど。

「ど、どこから入ってきたぁ!?」

父は動揺しているのか、声が完全に裏返っている。
母も目を思いっきり見開いたまま、固まっていた。

「心桜様との婚姻の許可をいただきたく、主より書状をお持ちいたしました」

「あ、ああ」

差し出された手紙を、父が無意識に受け取る。

「確かに、お渡しいたしました」

父が受け取ったことを確認し、宜生さんはまるで霧の中へでも入っていったみたいに……消えた。

「な、なんだ、いまの」

すとん、と父は腰が抜けたかのようにその場へ座り込んだ。

「好きな人の、お家の人」

父へ新しいお茶を注いでいる母の手も震えている。
あんなもの、目の当たりにしたって信じられるわけがない。
まあ私は、小さいときから見慣れていたからか、自然と受け入れていたけれど。

「だから言っただろ、心桜ちゃんはお狐様に気に入られたんだって」

祖母はひとり、冷静にお茶を飲んでいる。

「そんなの信じられるわけ……」