恐怖に支配された身体は動かない。

「逃がさぬ、逃がさぬぞ」

生者のものとは違う、冷たい手が私の肩を掴む。
ずるずると蛇が、私の身体に巻き付いていく。

「……いや。
……いや」

ヤダヤダと首を振ったって、通じるわけがない。
あと少しで朔哉を助けられるのに、こんな。

「……朔哉。
朔哉!」

無駄だとわかっていながら朔哉の名を叫ぶ。
私の願いを、届けるように。

「呼んだ?」

「……え?」

坂の上から現れた人に、自分の目を疑った。
だっていま、病に伏しているはずの、朔哉だったから。

「伊弉冉様。
我が妻を返していただきたく、参上いたしました」

片膝をつき、恭しく朔哉は彼女へあたまを下げた。

「許さぬ。
第一其奴はすでに、黄泉のものを口にしておる」

「あー……」

朔哉の言葉が、途切れる。
やっぱり、連れて帰れないとか言うんだろうか。
でもそれでもかまわない。
朔哉が無事、なら。



「それなんですが。
心桜には私が許可したもの以外、口にできない呪いをかけてるのです。
口にすれば激しい拒否反応を起こして全部吐き出させてしまいますので、ノーカウントでいいかと」