「……朔哉、とは誰ぞ?」

彼女の声色が、僅かに変わる。
まるでいいおもちゃでも見つけたかのように。

「私の夫でございます」

返事はない。
ただごくりとのどの鳴る音がしたので、酒でも飲んでいるのかもしれない。

「夫は妻を裏切るもの。
……我も、裏切られた」

ふっと、彼女が皮肉るように笑う。
黄泉に伊弉冉様を迎えに来た夫である伊弉諾様は、見るなという約束を破って伊弉冉様の姿を見た。
あんなに愛し合っていたのに、夫の仕打ちに伊弉冉様が怒り狂っても仕方がない。

「朔哉は絶対に、伊弉諾様のようなことはしません」

するわけがない。
私がしないでって言ったら、絶対に聞いてくれる。
それにたとえ、伊弉諾様のように妻の朽ちた醜い姿を見たとしても、朔哉は私を愛してくれる。
根拠のない、確証だけど。

「なら、試してみるかえ」

蛇が私の身体に巻き付き、例の着物を剥がした。

「かはっ」

血液が沸騰する。
肺からせり上がってきた血を吐いた。

「かはっ、かはっ」

意識が、朦朧とする。
目の前が徐々に霞んでいく。

「さて。
その男はお主をちゃんと、迎えに来るかのう」