後ろの木から一枚の葉がちぎれる。
目の前にすっと飛んできたそれに飛びついた。
が、それはするっと私から逃げてその女の元へ戻ってしまう。
「そんなに簡単に、やるわけなかろうて」

ころころと女が笑う。
彼女が伊弉冉様、なんだろうか。
それにしても黄泉の女王はすでに死んでいるからか、人間から素顔を見られようと消えることはないらしい。

「我はずっとこんなところにひとりであろう?
だから、暇で暇で」

彼女が脇息から身体を起こすと瞬く間に、目の前へお膳にのった料理が並んでいく。

「しばし我に、付き合ってくれないかえ?」

にっこりとそこだけ赤い唇が、口角をつり上げた。

「ほれ、一献」

杯を持つ手が震える。

――黄泉のものを口にしてはならない。
たとえ、水の一滴でも。

神話を読んで知ってはいたし、ここに来る前に何度も、うか様から言い聞かされた。
口にすれば二度と、黄泉からは出られない。

「ほれ、早く飲まぬか。
ほれ、ほれ」

いつまでも口をつけない私を、彼女はじっと見ていた。
ニヤニヤと笑っているところからして、わかっていて勧めている。