俺は、自室という名の神殿内の部屋。
そこにあるベッドで目を覚ました。
底に敷かれているシーツは、魔法で洗浄されているのか、快適だ。
「うーん……」
俺はそんな声を出しながら、まだ眠いと訴える目を擦った。
それから周囲を見渡す。誰もいないようだ。
しかし、こんな早くに目が覚めてしまったが、することが無いことに気付く。
とりあえず、ベッドから立ち上がった。そして部屋の扉へと近づいた。
俺は、部屋からリビングへと移った。
「おや?」
ふと声が聞こえたのでそちらを見ると……リビングにはシグルンがいたのだ。
彼女は、俺を見て言った。
「ああ、誠か。おはよう。」
シグルンは、口調ではぶっきらぼうだが。態度から察すると、そこまで俺を嫌っているわけではなさそうだ。
「おはよう。シグルンさん。」
そんな俺の返事に彼女は、少し笑ったのだ。
「その、なんだ。誠よ。その『さん』というのはやめてくれないか?」
俺はそう言われて考えた。確かに、呼び捨てで構わないだろう。
「ああ……わかった。シグルン。」
俺がそう呼ぶと、彼女は頷いたのだった。
そして、俺はリビングにあるテーブルの椅子に座ろうとしたのだが
……そこで気付いたことがある。
テーブルの上に朝食が置いてあるのだ。
その朝食は、パンと肉のスープ。それにサラダだ。
「これは?」
俺がそう聞くと、シグルンが答えたのだ。
「ああ、それは私が作ったんだ。」
そんな彼女の答えを聞いて俺は驚いた。
「えっ?そうなのか!?」
思わずそう言ってしまったが、そんな俺の反応を見てシグルンは少し笑ったのだった。
「シグルンやフィンナの分は?」
俺はそう聞いた。
「ああ、私たちのことは気にするな。昨日も言ったが、私たちは、人間と違って食事はそこまで必要としないんだ。」
そんなシグルンの言葉を聞いて俺は思った。
「そうか?」
俺がそう聞くと彼女は頷くのだった。
そして、そんな俺たちのやり取りをフィンナが見ていたのだ。
「ふふ……おはようございます。誠さん。」
そう言ってきた彼女の笑顔に俺も思わず微笑んでしまったのだった。
「おや?この料理は?……もしかして、シグルンが?誠さんのために?」
フィンナは、どこか驚いたように、そういった。
「はい。姫様。」
そんなフィンナの疑問に答えたのはシグルンだった。
「誠さん。シグルンが料理を作るのは、珍しいことなのですよ。」
フィンナは、そう言うと、シグルンはどこか恥ずかしそうな様子だ。
「姫様。これには、理由がありまして。えっと。」
シグルンは、そこまで言うとモジモジとし始めた。
「ふふ、シグルン。誠さんに、何か言いたいことがあるのでしょう?」
フィンナがそう言うと、シグルンは頷いたのだ。
そして、俺を見たのだ。
「その、なんだ……誠よ。これで仲直りしよう。」
彼女はそう叫んだのだが、俺にはよくわからなかった。
「えっと?どういうこと?」
そんな俺の言葉にシグルンはため息をついたのだった。
そんな俺たちのやり取りをフィンナは見ていたのだが、どこか嬉しそうだ。
「ふふ……誠さん。シグルンは、誠さんへのt、これまでの態度を改めたい、ということです。」
フィンナがそう説明をしてくれた。
「ああ、なるほどな……。」
そんな俺の言葉を聞いてシグルンは顔を赤くしたのだった。
「誠。さっさと私の作った料理を食べろ。」
照れ隠しのように、シグルンはポツリと、そう言った。
彼女のような美女にそう言われてうれしくないはずがない。
「ああ、ありがとう。シグルン。頂くよ。」
俺は、そういってシグルンの作った朝食を食べることにした。
料理の置いてある前の椅子に座って、俺は料理を眺める。
シグルンの作った料理は、素材の味を感じられる、そんな素朴な料理だった。
俺は、パンを掴んで、スープに浸して食べた。
「シグルン、すごく美味しいよ!」
俺がそういうと、シグルンは照れたように笑ったのだった……。
その後、朝食を俺が食べ終わるまで、シグルンはその長い睫毛をピコピコと動かしながら、ずっと俺を見ていた。
そんな俺たちの様子を遠くからフィンナは、無言で眺めているようだった。
朝食を食べ終わった後、俺はリビングのテーブルにある椅子に座っていた。
その俺の目の前にはシグルンが座っているのだ。
そんな俺たちの様子をフィンナはずっと見守っている。
「そういえば、この神殿の外はどうなっているんだ?」
俺はそう言った。
「言うまでもない、永遠の冬だ。太陽は出ていない。常に夜で、吹雪が吹き荒れてる。」
シグルンがそう答えたのだ。
「それが数千年は続いてるんだよな。」
俺はそういった。そして、自分でも、この神殿にある記録を確認したいと思った。
「なぁ、シグルン。記録ってどこにあるんだ?」
俺の問いに答えたのはフィンナだった。
「そうですね……。では、案内いたしましょうか?誠さん」
そう彼女は言ったのだ。そんな俺たちのやり取りを見ていたシグルンは口を開いたのだった。
「はい、姫様。」
シグルンは、フィンナにそう言った後に、俺に話しかけた。
「誠にとっても、それがいいだろう?」
シグルンと、俺の会話を見た後に、フィンナは立ち上がった。
「では、誠さん、参りましょうか?」
フィンナはそう言った後、俺は頷いたのだった……。
シグルンの先導で、神殿の通路を歩く。
しばらく歩くと、俺が召喚された魔法陣のあった部屋とは別。
なにやら、書斎や図書館のようにも見える、そんな本棚と書物が置かれた、広い部屋に着いたのだった。
「ここが、神殿の記録保管所です。」
フィンナがそう言ったのだ。そして彼女は、その部屋の奥にあった本棚へと近づいていった。
「翻訳魔法を通してください。この書物は、私たちがこの地に召喚されるより、はるか昔に書かれたものです。」
そういってフィンナは、古びた本を俺に差し出した。
俺は、ルーン魔法を使って、魔力を本に通して日本語のイメージをする。
すると、それは日記だということが分かった。
天気、日付。そして、その日に起こった出来事。
俺は、その部屋に置かれていたテーブルの前にある椅子に座って、その日記を読み始めたのだった……。
そして、一ページ目を開いた。
幾つか簡単なことが掛かれていた。この神殿について、修行の内容。
大雑把にまとめると、この神殿は、豊穣の神をたたえる神殿であり、その信徒が修道を収めるところらしい。
そして、この日記を書いたのは、この神殿に修道士らしい。
彼が、最後のページを埋めるまで、日記は書かれている。
最初のページから読み進めていく。
すると、平和な日々から始まり、最後へ進むにつれて強烈な寒波がこの地を襲ったことが書かれている。
そして、太陽すら出ない日々、そして神々や精霊の声も聞こえなくなる。
最後は、食料の枯渇。
壮絶な内容だった。
日記を読み終えた俺が顔を上げると、フィンナやシグルンも棚から本を手に取って、読書をしているようだった。
それを邪魔するのは、悪いと思ったので、俺も別の本を読むことにした。
手にした日記をテーブルの上に置こうとした。
その俺の様子をフィンナが気が付いたようだ。
「読み終わりましたか?」
フィンナは、俺を見てそう言った。
「ああ。」
俺はそう言う他になかった。
「誠さん、分かりましたでしょうか?その日記の最後は、今の時間よりも2000年は前なのです。それが、私たちが永遠の冬が終わらないと推察している最大の根拠です。」
「そうか……。いや、今の時間とやらは、どこから?」
俺は、そう言った。
「前にも、お話ししましたが、この時計です。」
フィンナは、その部屋にあった人の背丈ほどもある、大きな置き時計を指さした。
それは豪華な装飾がなされた、木目調の置き時計。
長針と短針による時刻の表示、そして年を含んだ日付の表示、さらに文字盤にはルーンが刻まれている。
ここの暦歴を俺は知らないため、翻訳魔法を通して西暦に変換されたものを読み取っていた。
確かに、日記に書かれた暦から、2000年は経過していた。
……そこまでで、俺は推測した。
これらは、どこまで正しいのだろう?
この時計が故障している可能性もある。ルーン魔法を使用しているとはいえ、2000年以上もメンテナンスなしで正常に動作するものだろうか?
「フィンナさん。この時計が壊れている可能性は?」
俺は、その可能性を口にした。
「考えにくいでしょう。」
フィンナは、悲しそうにそう言ってつづけた。
「その置時計に使用されているルーン魔法は、かなり高度なものです。おそらく、壊れているとするならば、時計は時を刻む動作を今も続けていないでしょう。」
フィンナの言葉にはどこか確信があるように聞こえた。
「なるほど……置時計は、今も稼働している。つまり、2000年もの間、正常に動作していることの証明というわけだ。」
俺は、そう言ってから、もう一度、その置時計をみた。
確かに秒針、短針、長針ともに、正確な動作をしている。そして時計へ魔法を通してみると、その動作が正常な感覚が得られた。
だとすると、結論はやはり数千年に渡って、冬が訪れているということになってしまう。
永遠の冬だ。
「いやしかし、冬はいつか終わるかもしれない。」
俺はそう言った。その俺の脳裏には、氷河期という地球の時代が浮かんでいた。
地球の氷河期は、間氷期と氷期を繰り返し、場合によっては何億年も続いた記録がある。
そこまで考えて、俺は気が付いた。
何億年も続くことは、もはや永遠に等しいのだ、と。
いや、それでも。
何か、それに意味があるのなら。
俺は。
「誠さん?」
フィンナは声を掛けていた。シグルンが心配そうに俺を見ている。
「ああ、考えていたんだ。この永遠の冬について。」
俺は、そう言った。そして彼女らを見て続けた。
「何かの原因があるはずだ。それを終わらせることで、この冬は終わるんじゃないかな、と。」
俺がそういうと、シグルンは怪訝そうな顔をした。
「誠さん。その原因を探すには、この神殿から出ることが必要でしょう。しかし、この神殿から出ることは、非常に危険です。」
フィンナがそう言ったあとに、シグルンも言葉を続けた。
「誠。自殺行為だ。」
シグルンは、強めの口調だったが、心底、俺のことを心配しているような感じだ。
俺は、二人の態度から、この神殿の外が危険であることを察した。
しかし、一方で俺は、その外を調査する必要があると思った。
「フィンナさん。シグルン。俺は、ここから移動することが出来るような機械をルーン魔法を使用して創造したい、そう思う。」
俺は、生まれ故郷の科学文明に思いを馳せた。
そして、俺は、シグルンやフィンナから学んでいるルーン魔術を駆使することを考えていた。
たとえば、ルーン魔法で内燃機関を持つ車両が作れる、とするならば。
神殿から外に出て、この俺が召喚された世界の調査を進めることが出来るかもしれない。
「誠さん……。しかし……。」
フィンナは、俺の提案に難色を示したようだ。
「俺は、何か原因があるなら、それを解決したい。」
俺がそういうと、シグルンはため息をついたのだった……。
「誠さん。その機械を作るためにも、まだまだルーン魔法を学ぶ必要があります。それには同意しますね?」
俺の意志が強いと感じたのか、フィンナは俺の提案を否定しなかった。
代わりにルーン魔法を学ぶように言った。
「そうだ。俺にはまだ学ぶことが多い。そして、やがては神殿の外に出られるように、いろいろと行動しよう。」
俺はそう言ったのだ。