大学生の俺は、大学の食堂にいた。
 俺の名前は、氷河 誠(ひょうが まこと)。
 中肉中背。
 今の時間は講義もなく。
 一人で大学内の食堂で飯を食っていた。
 俺は、お一人様専用!!という感じに窓沿いへ置かれたカウンター席に座って、かつ丼を食べていた。
 まあ、味は普通だ。
 文句はない。
 値段は、500円だ。
 たしかにボリュームのあるかつ丼で味噌汁もついてくる。確かに、俺のような貧乏学生にはありがたいのだが、もう少し攻めた価格には出来なかっただろうか?
 俺は一人でそんなことを思いながら、かつ丼を淡々を口に運んでいた。
 窓の外に広がる大学の中庭は、快晴でいい日和で、そこからは大学敷地内を連れと歩いている学生が見える。
 まあ、そうでなくともこの食堂の周囲に広がる、いかにも青春!!という感じの喧騒が、否応なく聞こえてくる。
 しかし、俺は一人だ。
 あたかも選ばれたように、俺は周囲の人間から隔絶されて、一人そこに存在していた。
 認識がされていないだけで。
 ……なんだか、悲しくなってきた。
 俺が、そんな下らないことを考えていると、何か音が聞こえた気がした。
 遠心分離機の中でシャッフルされたらこんな音が聞こえるのだろうか?
 その不思議な音が聞こえた瞬間、俺は地震でも来たのかと、席から立ち上がった。

 周囲が真っ白に見えた。
 そこは、見慣れた大学の食堂などではなかった。
 何も見えない、ただ白い空間。
 その空間に俺だけがいた。
 それに気が付くまでの1秒にも満たないような短期間のあと、周囲の真っ白な光に満ちた空間は終わった。

 俺が立ち尽くす。
 すると、周囲の景色が復活してきた。

 「ここは……どこだ?」

 俺は、周囲を見回す。俺の前には二人の女性がいるのだが、とりあえず彼女らと、その周囲を見る。
 どこかの城か?
 いや、石造りの建物内であるには、間違いないのだが?
 どこか古びた印象だ。
 床は、長年にわたって放置された大理石のようで、ところどころ欠けている。
 その大理石の床に、刻み込まれたかのような魔法陣。六芒星のようなもの。
 そして天井は高く、装飾のないシンプルなデザイン。
 だが、あちこちにヒビが入り、今にも崩れそうだ。
 壁に石が積み上げられており、ヒビが入っている箇所がある。
 窓は一つもなく、外の様子はまったく分からない。

 そもそも、明かりが目の前にいる二人の美女たちの周囲に浮かんでいる謎の火の玉だけというのがおかしい。
 まるで、魔女の住処だな。

 そんな場所にいる俺の目の前には、美しい女性が二人いるのだった。
 二人とも、金髪碧眼の美女で、西欧人を思わせる顔立ちだ。
 そんな美女たちの内の一人は、シミ一つない白いドレスだ。そして、頭飾り、白いローブを着ていた。
 まさに女王という雰囲気の女性だ。
 彼女は、金髪を腰のあたりまで伸ばしており、真剣な眼差しでこちらを見ている。

 もう一人は、西洋甲冑に身を包み、手には自らの身長ほどにもなる槍を持っていた。
 戦闘を行いやすくするためなのか、髪は短く切り揃えられている。
 こちらは、まさに女騎士という風貌。
 どちらも、プロモーションは抜群だ。それもまた美しく気品に溢れた身体で、まるで神々の世界から舞い降りてきた天使のようだ。

 「ここは、私たちが発見した古代の神殿と思わしきところです。あなたのほうがここに詳しいのでは?」

 どこか訝しむような口調で女王のような白いドレスを着た彼女はいった。

 「いいや。俺は、ここがどこだか知らない。知らないうちにここにいた。」
 「なるほど。先ほどの魔力の奔流に巻き込まれて、見知らぬ場所に飛ばされたということか。」

 女王の隣にいる、女騎士のようなドレスを着た金髪紺碧の美女が口を開く。

 「いや、俺にはよく分からない。君たちは何なんだ?」
 「私は、フィンナ・リーヴ・ミズガルドです。今となっては、ただのフィンナといえばいいでしょう。」

 目の前にいる女王のような女性は、どこか悲しそうに、自らをそう名乗った。

 「おい、お前。名前はお前から先に名乗るのが礼儀ではないのか?」

 女騎士のような女性は、氷河にそう言ってきた。

 「シグルン、いいのです。」

 『シグルン』と、フィンナに言われた女騎士のような女性は、フィンナによって窘められた。
 それによって、女騎士のシグルンは、俺への態度を改めた。

 「私はシグルンだ。」

 女騎士のような女性は、シグルンだと名乗った。

 「俺は、氷河 誠(ひょうが まこと)だ。……まあ、そのなんだ?よろしく?」

 俺は、とりあえず挨拶をしておく。

 「ええ、よろしくお願いします。誠さん。」

 フィンナは微笑むと手を差し出す。

 「はい、よろしくお願いします。フィンナさん。」

 俺はそう言って、フィンナさんの手を握った。
 すると、さっとシグルンは俺に槍の穂先を向けた。

 「お前!いきなり手を握るなんて、姫様に対して不敬だぞ!」

 シグルンは、怒りを露わにする。
 俺は、すまないと思って手を引っ込めようとしたが、フィンナは俺の手を握ったまま、シグルンを抑えた。

 「シグルン。もう、いいではないですか?もはや私たちの他に……。」

 シグルンへ向かって、そうフィンナが言った。彼女が言った最後の言葉は俺には、よく聞き取れなかった。
 そういえば、明らかに日本語を話していない彼女らと俺は、ごく普通に意思疎通が取れている。
 俺は、フィンナが握手する手を離すと同時に、質問をする。

 「えっと。フィンナさんは、日本語を話していますか?」
 「いいえ。」

 フィンナは、柔らかい笑みを浮かべながらそう答えた。
 となりのシグルンは黙ったまま、こちらをじっと見ている。

 「えっと?」
 「今、翻訳魔法を使用しています。なるほど、誠さんは日本語という言語で話されているのですね。」

 フィンナは、そう言った。
 たしかに、フィンナとシグルンの周囲に漂っている火の玉は、日本の墓場で出てくるホラー様子は見られない。
 かといって、何か特殊な気体を燃やしているわけでもない。
 魔法なのだろう。

 「魔法ですか?」
 「はい。魔法です。誠さんは、魔法をご存じではないですか?」

 フィンナは、ゆったりとした口調でそういった。

 「おい、誠とやら。魔法を知らずにどうやってこれまで生きてきたんだ?」

 フィンナの隣にいたシグルンは、そう口を挟んできた。
 俺が嘘をついているかと思っているようだ。

 「いや、俺は魔法を知らない。俺が住んでいた場所では、魔法の代わりに科学技術が発展していたからな。」

 俺は、そう答えた。

 「カガクギジュツ?」

 シグルンは、首を傾げる。
 隣にいるフィンナも興味深そうに、俺の話を聞いている。

 「ああ、俺のいた場所では、科学という学問をもとにした技術が使われていた。」

 俺はそういって、制服のポケットからスマートフォンを取り出して彼女らの前で、画面を開いた。

 「それは、なんですか?」

 フィンナは、スマートフォンの画面に映る映像を見て訊ねる。

 「これは、スマートフォンと言って……そうだな。今は使えないが、遠くの音や映像を、見聞きできるものなんだ。」

 俺はそう言ったが、今使ってもおそらく圏外なんだろうなと思う。

 「なるほど……遠くの音や映像を……。」

 フィンナは興味深そうに、画面に映る映像を見る。

 「ああ。そうだ。このスマートフォンは魔法ではなく、科学という学問をもとにして作られたんだ。」

 俺はそう答えながら、スマホのカメラを起動してシグルンとフィンナを撮影した。

 「おい!なんだ!?」

 シグルンは、カメラのシャッター音に反応してそう言った。

 「いや、すまない。今の状況を写真にした。」

 俺はそう答えると、スマホで撮った画像を画面に映した。
 シグルンとフィンナが映っている。
 バックにある石造りの建物ということもあって、とても二人は、絵になっている。
 照明が火の玉というところが、かなりの減点ポイントなのだが、致し方あるまい。

 「現実を切り取ったかのような絵だな。これを一瞬でか?」

 シグルンは、興味津々といった様子でそう言った。
 隣にいるフィンナもキラキラと目を輝かせて、画像を見ている。

 「まあ、これが俺の場所にある科学技術を応用した品というわけだ。」

 俺はそういって、電源を切った。
 おそらく、これから充電ができないスマートフォンは一日も立たずにバッテリー切れとなり、ただの文鎮になってしまうだろうからだ。

 「これはどういった原理で、これを行っているんですか?」

 フィンナは、俺が持っているスマートフォンをずっと見つめたまま、そういった。

 「えっと、それは」

 俺はそう答えるしかなかった。
 なにしろ、一般の大学生である俺には、スマホがどのようにカメラ機能を実現しているのか、うまく説明できないからだ。

 「どうした?答えられないのか?」

 シグルンが、俺を煽るようにそう言った。
 フィンナもじっとこちらを見ている。

 「……いや、これは高度で複雑なもので、実際、なんて言えばいいのか俺にもよく分からない。」

 俺は苦し紛れにそう答えた。

 しばらく、その科学や技術について質問をするフィンナに俺は全く答えることが出来ずに、タジタジだった。
 シグルンのほうは、槍を肩にかけてじっとこちらを観察している。
 何も言わないシグルンは、まるでなにかの作り物のようで、地球上には存在しないような美しさだ。
 ……もっとも、魔法が存在しているここは、地球じゃないのだろうけど。

 「えっと。俺が分かるのは、それくらいだな。」
 「あなたの説明をまとめると科学が発達しすぎて、もはや全貌を一人の人間では把握できないほど、技術は高度に発展しているということですね。」

 フィンナは、俺の説明で科学の全体像を把握したようだ。

 「ああ、そうだ。」

 俺はそう答えるしかなかったが、フィンナは俺の言葉を受けて満足そうにうなずいた。

 「なるほど……誠さんの持つ技術や科学の考え方は面白いですね。」
 「俺からすれば、その周りに浮いている火の玉とか、魔法のほうが凄いな。」
 「ああ、これは初歩のルーン魔法ですよ?」

 フィンナは当然のようにそう答えたが、俺にしてみたら謎でしかないのだ。

 「そのルーン魔法?……は、俺にはよく分からない。」

 俺は率直にそう思ったことを聞いたのだが、これにシグルンが口を挟んだ。

 「おい!姫様の御前だぞ!教えを請うなら、その態度くらい取ったらどうだ?少しは礼節を弁えろ!」
 
 シグルンは、怒ったようにそう言った。俺の態度と発言に対して憤っている様子だ。

 「シグルン?この誠さんは王国の人ではないのです。仕方がないでしょう?」

 そんなシグルンを諫めるようにフィンナが言っていた。

 「すまない。」

 俺はそう謝った。シグルンは、フィンナに宥められたこと、俺の様子やを見て、怒りを収めたようだ。

 「では、改めてシグルン。誠さんへ、魔法について教えてあげて?」

 フィンナは、微笑みながらシグルンにそう言った。

 「はい。姫様。」

 シグルンは、ビシッと敬礼のような仕草をフィンナに見せた。

 「誠とやら、姫殿下直々に仕えるヴァルキリーである私が、魔法について教えよう。こんな機会は、そうそうないんだぞ?」

 シグルンは得意げな様子で、そう言った。ヴァルキリー?
 その自信満々な様子のシグルンを、フィンナが面白そうに見ていた。

 「まず、このユグドラシルにある魔法にはルーン魔法と精霊魔法があるのだが、姫様と私が使用するのはルーン魔法だ。今は、精霊魔法については考えなくてもよい。ルーン魔法は、文字を使い、その力を行使するものだ。」

 それから、シグルンは、何度となくルーン魔法の内容や行使の方法について教えようとするのだが、結局のところ、まったく俺には分からなかった。
 とりあえず、文字を書いたり呪文を詠唱することで、便利な魔法が使用できる、としか俺には分からない。

 「なるほど……よく分からないが、すごいな。」

 俺は、そう言った。
 シグルンは俺の言葉を聞いて、がっくりとした様子でフィンナを見る。

 「誠さん。人間は、神々や精霊との契約がない限り魔法は使えないので、その理解で十分ですよ。」

 フィンナは、諭すようにそう言った。

 「なるほど、そういうものなのか?」

 俺はそう答えた。
 フィンナが言うところでは、魔法というものは、条件や契約などが必要で、一般ピープルである俺には使えないのであろう。
 俺は、魔法についてはの質問はやめて、話題を変えることにした。

 「なあ……俺は、これからどうすればいいんだ?」

 俺はそうフィンナとシグルンに訊ねたが、二人は難しい顔をして考え込んでしまった。

 「誠さん?あなたは今、どうやってここに来たのですか?」
 「いや……俺は、日本にいる大学生で、大学にいた。そこで、突然に光に包まれて、気が付いたらここにいた。」

 俺は正直にそう答えた。

 「日本ですか。」

 フィンナはそう言って、何かを考えるように目を閉じた。

 「誠。ユグドラシル、ミッドガルド、などという地名に心当たりは?」

 シグルンがこちらをじっと見ながら、そういった。

 「ない。」

 俺は、即座にそういった。シグルンが、また怒鳴り散らしてこないように、だ。

 「そうか。」

 シグルンは、それだけ言った。そしてどこか遠い目をしていた。

 「おそらく、誠さんは、この神殿に設置された魔法陣に巻き込まれたということでしょう。」

 フィンナは、そこまで言って言葉を区切った。
 そしてしばらく、ためらうかの様子を見せた後に、彼女はシグルンを見た。
 シグルンは、そんなフィンナに無言で頷く。フィンナは、シグルンから視線を外した。
 そして、フィンナは、俺を真剣な様子見つめて口を開く。

 「あなたは、ミッドガルド。……いや、ユグドラシル以外の場所から召喚されたのです。」

 フィンナは、俺をまっすぐと捉えてそう言って続けた。

 「なぜなら、誠さん。このユグドラシルの世界は、すでを滅亡しているからです。」

 フィンナは、そう言い切った。