「こうこうせいのお兄ちゃん、お姉ちゃん、今日はありがとう!」

何人ものかわいらしい大きな声がそこに響き渡る。
私は赤い衣装に身を包みながらふふっと小さく笑った。

どんな場所であれ、みてくれる人がいること、笑ったり、泣いたり、いろんな感情を演者も観客も湧き上がらせる様子はなんとも言えない達成感を感じるものだ。

劇が終わればしばらく子供達と触れ合う時間がある。

「おねーちゃんっ、そのツノはホンモノ?」

抱きついてきた女の子がつぶらな瞳で私を見つめた。
私は自分の頭に着いているツノを手のひらで何度か触って、微笑みながら頷く。

「ホンモノだよ!」

「わあ!じゃあおねーちゃん、いつか桃太郎にやっつけられちゃうの?」

心配そうにそう私にきいた女の子。私は女の子の小さな手を握って視線を合わせるようにしゃがんだ。

「大丈夫だよ、桃太郎は悪さをする鬼をやっつけるだけだから」

「鬼は全員悪いやつじゃないの?」

「いい鬼もいるかもしれない」

「そーいうもの?」

「そういうもの」


すると女の子は恐る恐るツノを触って、「すごーい」と笑った。


「じゃあおねーちゃんは、いいわるものだね」


『良い、悪者』か。なんだか不思議な言葉だ。
でも嫌いじゃない。

私は女の子の頭を優しく撫でた。
よく両親にもこうやって頭を撫でてもらったものだ。
高校生にもなり、親と面と向かって気持ちをぶつけ合うことはなくなってしまったけれど。


「あなたたちの話題になってる動画、まわってきたわよ!あのイケメンくんは今日きてないの?」


子供達の楽しそうな声の中にそんな大人の声が混じって、私は顔を上げた。
幼稚園の先生が数人、ある人を取り囲んでいた。

おそらく、子供たちが寄ってこず黙々と後片付けをしている彼を捕まえたというところだろう。
先生たち、そのイケメンくん、今喋りかけてる人ですよ。

話しかけれたその人、依田先輩は片付けをしている手を止めて「あー、えっと」と気まずそうに声をもらす。

依田先輩が発そうとした言葉は、「今日はいないです」とシラを切るか、「なんの話ですか?」というすっとぼけか、はたまた口癖の「その話はあとで〜」か。

その前に興味深く依田先輩を見つめていた若い先生が「ちょっと待って」と口を開いた。


「あなた、メガネとれる?」

「えっ」


聞いたわりにその先生の手が依田先輩のメガネへと伸びていた。
依田先輩の肩がきゅっと上がる。

助け出そうと立ち上がったが、私より先にその動きを制御した人がいた。


「いやー、ごもっとも、こいつがあのイケメンですよ!」


メガネを取られることはふさいだものの、いとも簡単にバラしてしまっては元も子もないだろうに。

少し離れた距離で心配そうに見つめていると、依田先輩に肩を回したその人、部長の花野先輩が私を視界に入れて「大丈夫」と小さく口を動かした。何がどのように大丈夫なんだろう。隣の依田先輩、めっちゃキレてますけど。
メガネの奥の瞳が、花野先輩を睨みつけている。


「やっぱり!そんなに暗い雰囲気だともったいないわよ!動画みたいにメガネとって髪の毛あげたらどう?」


先ほど依田先輩のメガネをとろうとした先生が楽しそうにそう言うが、依田先輩は少しめんどくさそうに口をへの字に曲げて肩に回った花野先輩の手を荒々しくどける。


「片付けが残ってますので失礼します」


そっけなくそう言って逃げるようにその場を離れた依田先輩。
花野先輩はそんなのは気にしないかのように、へらりと笑って先生たちに「ごめんなさい、あいつ無愛想なんですよ」と謝った。


「彼、イケメンなのに裏方なのね。演者はしないの?」


「昔はやってたんすけどね、今は全く」


え。依田先輩、演者やってたの。
私が知らないと言うことは少なからず2年ちょっとは舞台に立っていないということになる。

初めて知るそれに私は思わず、依田先輩の方に近づいた。黙々と片付けをしている依田先輩、その姿はなんだか不機嫌そうにみえる。


「依田先輩」


「なに」


こちらを振り向かないまま返事をした依田先輩は、段ボールの中に荷物をまとめて蓋を閉じたあと、それを上から止めるためにガムテープを数センチ伸ばす。勢いよく伸びたガムテープの音がそこに響いた。

地面に誰かがつけていた鬼のツノがひとかけら落ちている。


「依田先輩っ、1つ忘れてます」


私は慌ててそれを拾い上げて上からガムテープがとまる前にそれを中に入れた。


「ありがとう」


小さな声でそう言った依田先輩。
私はダンボールを挟んで依田先輩の正面に座る。
ガムテープを上手く張れないことがより彼の怒りボルテージをあげているようだった。

なんでも手際よくやる依田先輩だけれど、時々不器用な面もある。そういうところも好き。

私はクスッと小さく笑って彼が伸ばしたガムテープをゆっくりと手のひらで伸ばしながらダンボールに貼り付けていく。


「子どもと遊んでなくていいのか」


「あまり鬼は人気ないので」


「ツノはとらなくていいのか」


「ある子にこれホンモノって言っちゃったので、ここを出るまでつけてないと」


そう言えば、依田先輩の口角がほんの少し上がった。


「まあ、上手く出来てるし、そのツノ」


「自画自賛ですか」


「まあな」


下を向いた時、依田先輩のメガネは少しずり落ちる。
私は手を伸ばした。


「っ」


「私は、どんな依田先輩も尊敬してますが、表に立ってる依田先輩も最後に見てみたいです」


取られるのかと緊張した様子の依田先輩は、私の指先がそのメガネを正常な位置に戻したことで安心したように息をもらした。

そして、何か言おうとしてまた閉じて、静かにダンボールを持ち上げる。
そして無言でその場を離れようとする。

私は慌てて彼の裾を掴んだ。


「あの、まだ言いたいことが」


「あとでな」


いつだって、私の気持ちを言おうとするとそうやって逃げるんだ。