彼が宿泊する部屋に入り、熱い湯のシャワーを浴びて、ベッドに二人でもつれこむまでの体感は、倍速動画のようだった。
互いに素肌で抱きしめ合うと、自由になれた気がした。
彼の肩や腰骨のあたりに黒子があるのを見つけて、そんなちょっとした発見に胸が躍った。
「大河さん。私、あなたのピアノ、好きです。すごく」
ねだるように胸板に顔を埋めると、耳元で蕩けるような甘い声を吹き込まれる。
「僕は、あなたが……」
「私のことじゃなくて、ピアノを好きだと言って」
「僕は、ピアノより僕が好きだと言って欲しいです」
「ふふっ、私たち、合わないですね」
とても丁寧に大事なものに触れるように動く指に秘密の場所を暴かれると、自分がピアノになって彼に奏でられているような錯覚を覚えた。生まれ変わったら、人間じゃなくて、楽器になりたい――そう思った。
「詩音さんが好きです。僕の純潔、もらってくれますか? あ……ピアノも好きです……」
「やだ、取ってつけたように……初めてでしたか」
「すみません。ピアノばかなので」
抱きしめられて、舌まで絡め取られるようなキスをされる。
胸がときめく。可愛い、と思ってしまった。
「――ありがとう、大河さん。私、あなたが好きだなぁ……」
陸に打ち上げられた魚のように喘いで、求めて、蕩けていく。
大切にされる。恋を教えられる。それは、幸せな時間だった。
一緒に快楽の階を頂きまでのぼって、目と目が合って、人生が今日で終わってもいいような満ち足りた感覚になった。
「僕の連絡先、渡します。気が向いたら……」
「遠慮します。……住む世界が、違うから」
「そんな悲しいこと、言わないで」
彼の手を取れば、彼はきっと私を幸せにしてくれる。
「向こうに家を建てましょう。しっかりした防音室と、ピアノが二台。もっとあってもいい……いっぱいピアノを弾きましょう。一緒に」
「素敵な夢……」
「真っ白な犬を飼うのはどうですか? それとも猫がいい? 両方飼います?」
彼が、頬に耳に肩にと順に慈しむようにキスをくれて、幸せな夢をいっぱい見せてくれるから、私は唇を奪った。
ふわふわとしたピロートークの後、彼は寝入ってしまった。
海外と日本を行き来しているようだし、疲労があるのだろう。
意識を手放すのがもったいない気分で無防備な寝顔をしばらく見つめてから、私は彼の腕の中で眠りに落ちた。
午前零時。
今日という日は、これで終わり。
ひとりで眠るよりずっと暖かくて、幸せで、頼もしい。
これはいい夢だ。彼もそう思ってくれたらいい――そう思った。