ひとしきり抱き合った姿勢で過ごし、やがて私をかき抱く腕がゆっくりと離れる。
「なぁ」
 鬼宮さんは、私がばんそうこうを貼ったわき腹をこちらへ向けた。
「ここに、あんたの痕を残しちゃくれねぇか?
「痕?」
「歯型でいい」
(歯形!?)
 呆気にとられる私に、鬼宮さんはごく当たり前のように言う。
「俺のこの体に、あんたにも消えねぇ傷を残してほしいんだ」
「そんな無茶な……」
「頼む」
 鬼宮さんの大きな手が私の後頭部にかかり、強引ながらも優しく押さえつけられる。
「あんたと出会ったことを、忘れたくねぇ」
「……」
 私はおずおずと、目の前にある彼の脇腹に歯を立てる。
 だが、傷がつくほど強く噛めるはずがない。
「そんなんじゃ残んねぇよ。何なら、喰いちぎってくれてもいいぜ」
(出来るわけないでしょ!)
 私が口を放し首を横に振ると、鬼宮さんは小さく「だよなぁ」と呟き、肩をすくめた。
「しゃーねぇ」
 鬼宮さんは私を引き起こすと、こちらの腕を掴む。
「代わりに俺があんたに痕を残してやるよ」
「!?」
 抵抗する間もなく彼は私の腕を引き、そこへ向けてぐわっと口を開く。
(噛み千切られる!?)
 思わず目を固くつぶる。
 皮膚に当たる彼の尖った歯、抓り上げられるような痛み。
 私は身を固くして、彼からの蹂躙(じゅうりん)に堪えた。

 やがて鬼宮さんが私の腕から口を放す。
 見ればそこは赤紫色に染まっていた。
(これ……)
 いわゆるキスマークと言うやつだ。
「痕って……」
「っと、傷が痛むな」
 鬼宮さんは、絆創膏の並ぶわき腹をなだめるように撫でる。
「これのせいか急に眠気が来やがった。俺は先に寝かせてもらうぜ」
 言ったかと思うと鬼宮さんは布団にもぐりこみ、こちらに背を向けてしまう。
 間もなく、規則正しい寝息が聞こえてきた。
(鬼宮さん……)
 私も布団へと潜り込む。
 そして彼の広い背に刻まれた古傷へそっと唇を押しあてた。
 彼からすべての痛みが去ることを祈りながら。



 目を覚ました時、既に鬼宮さんの姿はそこになかった。
 乾かしてあったパーカーもタンクトップも一緒に。
 ふと、自分の腕へ目をやる。
 そこにはいまだ鮮やかな、赤紫色の痕が残っていた。
 私は彼の名残へ唇を押し当てる。
(鬼宮さん……)
 この痕が消える時、私が彼と出会った証は無くなるのだろう。

――俺のこの体に、あんたにも消えねぇ傷を残してほしいんだ
――あんたと出会ったことを、忘れたくねぇ

(私も、言えばよかった……)
 一生に一度、ただ一人だけがこの体につけられる傷痕。
 それを私に残すのが彼であってほしかった。
 腕に残された痕に歯を立てながら、私は静かに涙を流した。

――終――