【4月、ダイヤモンドの瞳】
風が吹く。
空いていた窓から、桜の花びらが流れてくる。
花びらが私の周りをくるくると舞う。
窓の外を見ると、放課後の部室に、彼の姿が見える。
一心不乱に宝石を見つめ、その瞳は光を受けて輝いている。
ダイヤモンドのように透き通っていて、薄い色彩のとても美しい瞳。
あなたの瞳に、私の姿を写したい。
*
春。
新しい始まりの季節。
誰もがこれからに胸を膨らませている…はずなのだが。
悲しくも、膨らませることができなかった絶賛悩み中の私はため息をついた。
私が今いるのは星曜高等学校。
この学校はジャンルに関して専門的に学ぶことができる全寮制の学校だ。
私は鑑定科に所属している。
私は美術鑑定士のコースで、名画と向き合う日々だ。
そんな私が悩んでいる原因は…彼だ。
彼はよく、放課後の教室で、宝石に向き合っている。
私は、そんな彼が好きだ。
一度、友達にそのことを打ち明けたことがある。
でも、『何でアイツ?』と言われただけで終わってしまった。
たしかに、口も悪いし、無愛想だけど…。
やると決めたことには、とても真摯に取り組んでいることを、私は知っている。
それに、『あの時』のことを、私は忘れられない。
生まれ変わったら、宝石になりたいな。
そして、彼に鑑定してほしい。
そんなことを考えながら、部室へと向かう階段を登る。
美術部と書かれたドアを開けると、そこには日常が広がっている。
安心が胸に広がったのを感じると、いつも通りの席に腰を下ろす。
この席は、彼の様子がよく見えるのだ。
パレットに水彩絵の具を広げていると、ふと肩を叩かれた。
急に目を塞がれる。
「誰でしょーっ!?」
「分かってるよ。水雫でしょ。」
「えへへ、バレちゃった。」
この子は姫川水雫。
私の親友で、幼馴染。
水雫は創造科の設計コースだ。
今、建築士の資格を取るために猛勉強中らしい。
「もうすぐ試験でしょ。勉強は大丈夫なの?」
「だいじょーぶ!それに、息抜きも大事だし!!」
「いやいや…毎日息抜きしてない?」
「…してない。多分。」
少し歯切れの悪くなった彼女を尻目に、私は絵の方に向き直った。
キャンバスには、いくつかの宝石と花が描かれていて、輝く宝石の周りを花のリースが囲んでいる。
宝石はダイヤモンド、モアサナイト、そしてモルガナイト。
ダイヤモンドとモアサナイトは透明で、モルガナイトは薄いピンクとオレンジ。
花はチューリップ、スターチス、アルストロメリア。
花たちはどれもカラフルで、色とりどりに咲いている。
私のお気に入りは、ドライフラワーにしやすいスターチスだ。
チューリップの赤、スターチスの赤、アルストロメリアの赤。
同じ色、でも、全く別の色。
いろいろな形の『愛』を込めながら、色を重ねていく。
気がついたら、最終下校時刻になっていた。
名残惜しくも、使ったものを片付けて、寮の自室へと戻る。
鑑定科の場合、1年生は4人部屋、2年生からは1,2,4人部屋のどれかから選ぶことができる。
2年生からはほとんどのひとが1人部屋を希望するのではないか、と思っていたが、実際に住んでみると考えが変わった。
4人部屋はとても広いのだ。
プライベードエリアもしっかりあって、しっかりとしたバスタブのお風呂もある。
元々2年生からは1人部屋を希望していた私は、正直プライベートエリアの広さとキッチンの広さに揺らいだ。
現在絶賛悩み中である。
この部屋にいるのはは古物鑑定士コースの洞穹海漣、ブランド鑑定士コースの実世桃葉、宝石鑑定士コースの三ツ黃瑠璃、そして私・南雲夜空。
鑑定科の中でも、違うコースの人と同じ部屋になるように調整されている。
こんな機会でもなければ他のコースの人たちと話せることはないので、とても勉強になる。
部屋に戻って着替えると、すぐに食事の時間になった。
食堂に向かうと、カレーの匂いが漂ってくる。
「今日ってカレーぇ??辛いの苦手なんだよなぁ。」
「だめでしょう、海漣。カレーの匂いを嗅いだ第一声がそれでは。日本人たるものカレーにテンションを上げるべきです。」
「えーでも良くなーい?ぶっちゃけ私、桃葉と違って完全に福神漬け目当てだしー。」
「なるほどなるほど。瑠璃はそっち側ですか。仕方ない。ならば、全面戦争ですね。夜空!あなたの意見も聞かせてください。」
「えーっと、私は…特に何も感じないかな。あ、今日カレーなんだ、くらい…。」
「夜空にさんせーい。」
「右に同じくぅ。」
「う、裏切るんですか、夜空。こうなったらいいです、ヤケ食いです!」
「おーおー。頑張れーい。」
「がんばぁ。」
「何なんですが、あなた達!」
そんな3人を微笑ましく見守っていると、矛先が私に向いてきた。
「夜空!!」
「夜空ー?」
「夜空ぁ」
「どっちの味方なんですか!?」
「そーだよー」
「どっちなのぉ?」
真剣な顔をしていてものほほんとした雰囲気を拭えていない海漣が面白い。
けど、そんな平和な状況ではなかった。
今にも殺されそうだ。
「わ、私、お水取ってくる。」
逃げます。
「えっ!?ちょ、待ってください!!」
「待てー」
瑠璃が追いかけっ子と勘違いしたのか、追いかけてくる。
「誰か、助けてーっ!!」
私の悲痛な叫びが食堂に響いた。
もちろん、救いの手は現れず、その後数時間にわたりカレー論争を受講することとなったのだ。
*
翌日。
今日は、鑑定科合同の特別授業だ。
ランダムに組まれたグループで課題を進める。
もちろん、私と彼は同じグループ…なんてご都合展開にはならず。
いつものルームメイトと共にテーブルを囲む。
今日『鑑定』するのは人の心。
端的に言うと、嘘を見抜け!ということだ。
鑑定士にそんな技術、必要?と思う人もいるかもしれない。
でも、私達が将来的に鑑定で飯を食う…お店を持ったりするときに、相手の『嘘』を見抜けなければ商売上がったりなのだ。
例えば質屋の場合。
質預かりと売却の2種類があるが、
『質預かりにしたときにきちんとお金を返しに来るのか』
この精査が大変重要になる。
商品によって、質屋の利益が変わる場合があるからだ。
昨日あった事前授業では、この他にも数パターン、鑑定士が人を鑑定するシチュエーションを教えられた。
今日行われる、事前学習の知識を生かした生死をかけた戦い(デッド・オア・アライブ)、その名も人狼!!
正直、めっちゃ楽しみです、はい。
追伸
楽しかったです。
人狼に噛み殺されました。
*
なんだかんだあって、今日も一日が終わる。
美術部の活動は、今日はなし。
久しぶりにお菓子でも作ろうかな。
ふと思いついた。
スーパーに寄って材料を揃える。
作るのは…チーズケーキ!
作り方は『簡単!』と書いてあるサイトを見ればわかります。
え?
手抜き??
違う違う、サイトを見たほうが確実だからですよ!!
すみません、めんどいので丸投げします。
南雲夜空、正直になります。
気を取り直して、場所は自室のキッチン。
クラッカーを適当な袋に入れてめん棒か何かで叩く。
少しの溶かしバターを混ぜて、丸い型の底に引く。
常温にしておいたクリームチーズ、砂糖、卵、薄力粉、生クリーム、レモン汁をよく混ぜてクラッカーの上に流す。
冷蔵庫で少し冷やしたら完成だ。
海漣や瑠璃が喜びそうだな、なんて考えながらエプロンを脱いで楽な部屋着に着替える。
空いていた窓から、桜の花びらが迷い込む。
桜の大木は、もうずいぶんとその花を散らしていた。
4月、春、始まりの季節。
もうすぐ、終わる。
5月、初夏、イベントだらけの賑やかな月。
「もうすぐ行くよ、待っててね。」
そうつぶやく。
夜はまだまだ、更けていく。
風が吹く。
空いていた窓から、桜の花びらが流れてくる。
花びらが私の周りをくるくると舞う。
窓の外を見ると、放課後の部室に、彼の姿が見える。
一心不乱に宝石を見つめ、その瞳は光を受けて輝いている。
ダイヤモンドのように透き通っていて、薄い色彩のとても美しい瞳。
あなたの瞳に、私の姿を写したい。
*
春。
新しい始まりの季節。
誰もがこれからに胸を膨らませている…はずなのだが。
悲しくも、膨らませることができなかった絶賛悩み中の私はため息をついた。
私が今いるのは星曜高等学校。
この学校はジャンルに関して専門的に学ぶことができる全寮制の学校だ。
私は鑑定科に所属している。
私は美術鑑定士のコースで、名画と向き合う日々だ。
そんな私が悩んでいる原因は…彼だ。
彼はよく、放課後の教室で、宝石に向き合っている。
私は、そんな彼が好きだ。
一度、友達にそのことを打ち明けたことがある。
でも、『何でアイツ?』と言われただけで終わってしまった。
たしかに、口も悪いし、無愛想だけど…。
やると決めたことには、とても真摯に取り組んでいることを、私は知っている。
それに、『あの時』のことを、私は忘れられない。
生まれ変わったら、宝石になりたいな。
そして、彼に鑑定してほしい。
そんなことを考えながら、部室へと向かう階段を登る。
美術部と書かれたドアを開けると、そこには日常が広がっている。
安心が胸に広がったのを感じると、いつも通りの席に腰を下ろす。
この席は、彼の様子がよく見えるのだ。
パレットに水彩絵の具を広げていると、ふと肩を叩かれた。
急に目を塞がれる。
「誰でしょーっ!?」
「分かってるよ。水雫でしょ。」
「えへへ、バレちゃった。」
この子は姫川水雫。
私の親友で、幼馴染。
水雫は創造科の設計コースだ。
今、建築士の資格を取るために猛勉強中らしい。
「もうすぐ試験でしょ。勉強は大丈夫なの?」
「だいじょーぶ!それに、息抜きも大事だし!!」
「いやいや…毎日息抜きしてない?」
「…してない。多分。」
少し歯切れの悪くなった彼女を尻目に、私は絵の方に向き直った。
キャンバスには、いくつかの宝石と花が描かれていて、輝く宝石の周りを花のリースが囲んでいる。
宝石はダイヤモンド、モアサナイト、そしてモルガナイト。
ダイヤモンドとモアサナイトは透明で、モルガナイトは薄いピンクとオレンジ。
花はチューリップ、スターチス、アルストロメリア。
花たちはどれもカラフルで、色とりどりに咲いている。
私のお気に入りは、ドライフラワーにしやすいスターチスだ。
チューリップの赤、スターチスの赤、アルストロメリアの赤。
同じ色、でも、全く別の色。
いろいろな形の『愛』を込めながら、色を重ねていく。
気がついたら、最終下校時刻になっていた。
名残惜しくも、使ったものを片付けて、寮の自室へと戻る。
鑑定科の場合、1年生は4人部屋、2年生からは1,2,4人部屋のどれかから選ぶことができる。
2年生からはほとんどのひとが1人部屋を希望するのではないか、と思っていたが、実際に住んでみると考えが変わった。
4人部屋はとても広いのだ。
プライベードエリアもしっかりあって、しっかりとしたバスタブのお風呂もある。
元々2年生からは1人部屋を希望していた私は、正直プライベートエリアの広さとキッチンの広さに揺らいだ。
現在絶賛悩み中である。
この部屋にいるのはは古物鑑定士コースの洞穹海漣、ブランド鑑定士コースの実世桃葉、宝石鑑定士コースの三ツ黃瑠璃、そして私・南雲夜空。
鑑定科の中でも、違うコースの人と同じ部屋になるように調整されている。
こんな機会でもなければ他のコースの人たちと話せることはないので、とても勉強になる。
部屋に戻って着替えると、すぐに食事の時間になった。
食堂に向かうと、カレーの匂いが漂ってくる。
「今日ってカレーぇ??辛いの苦手なんだよなぁ。」
「だめでしょう、海漣。カレーの匂いを嗅いだ第一声がそれでは。日本人たるものカレーにテンションを上げるべきです。」
「えーでも良くなーい?ぶっちゃけ私、桃葉と違って完全に福神漬け目当てだしー。」
「なるほどなるほど。瑠璃はそっち側ですか。仕方ない。ならば、全面戦争ですね。夜空!あなたの意見も聞かせてください。」
「えーっと、私は…特に何も感じないかな。あ、今日カレーなんだ、くらい…。」
「夜空にさんせーい。」
「右に同じくぅ。」
「う、裏切るんですか、夜空。こうなったらいいです、ヤケ食いです!」
「おーおー。頑張れーい。」
「がんばぁ。」
「何なんですが、あなた達!」
そんな3人を微笑ましく見守っていると、矛先が私に向いてきた。
「夜空!!」
「夜空ー?」
「夜空ぁ」
「どっちの味方なんですか!?」
「そーだよー」
「どっちなのぉ?」
真剣な顔をしていてものほほんとした雰囲気を拭えていない海漣が面白い。
けど、そんな平和な状況ではなかった。
今にも殺されそうだ。
「わ、私、お水取ってくる。」
逃げます。
「えっ!?ちょ、待ってください!!」
「待てー」
瑠璃が追いかけっ子と勘違いしたのか、追いかけてくる。
「誰か、助けてーっ!!」
私の悲痛な叫びが食堂に響いた。
もちろん、救いの手は現れず、その後数時間にわたりカレー論争を受講することとなったのだ。
*
翌日。
今日は、鑑定科合同の特別授業だ。
ランダムに組まれたグループで課題を進める。
もちろん、私と彼は同じグループ…なんてご都合展開にはならず。
いつものルームメイトと共にテーブルを囲む。
今日『鑑定』するのは人の心。
端的に言うと、嘘を見抜け!ということだ。
鑑定士にそんな技術、必要?と思う人もいるかもしれない。
でも、私達が将来的に鑑定で飯を食う…お店を持ったりするときに、相手の『嘘』を見抜けなければ商売上がったりなのだ。
例えば質屋の場合。
質預かりと売却の2種類があるが、
『質預かりにしたときにきちんとお金を返しに来るのか』
この精査が大変重要になる。
商品によって、質屋の利益が変わる場合があるからだ。
昨日あった事前授業では、この他にも数パターン、鑑定士が人を鑑定するシチュエーションを教えられた。
今日行われる、事前学習の知識を生かした生死をかけた戦い(デッド・オア・アライブ)、その名も人狼!!
正直、めっちゃ楽しみです、はい。
追伸
楽しかったです。
人狼に噛み殺されました。
*
なんだかんだあって、今日も一日が終わる。
美術部の活動は、今日はなし。
久しぶりにお菓子でも作ろうかな。
ふと思いついた。
スーパーに寄って材料を揃える。
作るのは…チーズケーキ!
作り方は『簡単!』と書いてあるサイトを見ればわかります。
え?
手抜き??
違う違う、サイトを見たほうが確実だからですよ!!
すみません、めんどいので丸投げします。
南雲夜空、正直になります。
気を取り直して、場所は自室のキッチン。
クラッカーを適当な袋に入れてめん棒か何かで叩く。
少しの溶かしバターを混ぜて、丸い型の底に引く。
常温にしておいたクリームチーズ、砂糖、卵、薄力粉、生クリーム、レモン汁をよく混ぜてクラッカーの上に流す。
冷蔵庫で少し冷やしたら完成だ。
海漣や瑠璃が喜びそうだな、なんて考えながらエプロンを脱いで楽な部屋着に着替える。
空いていた窓から、桜の花びらが迷い込む。
桜の大木は、もうずいぶんとその花を散らしていた。
4月、春、始まりの季節。
もうすぐ、終わる。
5月、初夏、イベントだらけの賑やかな月。
「もうすぐ行くよ、待っててね。」
そうつぶやく。
夜はまだまだ、更けていく。