ソールは青ざめた。バルムンクって、テュルフング・ミサイルだったよな……。
「イシュタム! バルムンクは何発だ!?」
《2発よ!》
 ソールは頭の中で計算を始めた。自分たちは今、アスガルドとニブルヘイムの中間点の島にいる。この上空をバルムンクが通過するのは約20分後だろう。
 ペガサスもグリフォンもエネルギーを使い果たしてしまっている。つまり、フェニックスとケツァルコアトルしか動けない。
「くそっ!!」
 ソールはフェニックスに乗り込んだ。もはやロキにかまっている暇はないとばかりにエンジンをふかして飛び去った。
 その様子を見ながら、ロキは脇腹を押さえて微笑んだ。その脇腹から血がにじんできている。
「あーあ、傷が大きいなこりゃ。もうだめか……」
 そう言うと、フレスヴェルグに寄りかかってへたり込んだ。
「まあ、これであの人のもとに逝けるか……」
 笑えてくる。あの日から復讐のために突っ走ってきた。仇討ちまではいかなかったけど、アスガルドに一矢報いることはできたのだ。
――あなたは平和を望んでいたよな。こんなことして怒られちゃうな。
ロキの意識が遠のいていく。その脳裏に、恋人――グールヴェイグの笑顔が浮かんだ。
――しょうがない人ね。でも、ここまでがんばったのね。ありがとう。
 やんちゃをした男の子を苦笑いでたしなめる母親のようだった。
 これでよかったんだ……グールヴェイグ、長く待たせたね、今いくからね……。
 ロキは崩れ落ち、それきり動かなかった。

 ソールはフェニックスに乗り、ケツァルコアトルをも操縦しながら上昇していく。
「来た」
 コックピットのモニターに飛来物の反応があった。バルムンクだ。
 ミサイルが来た瞬間、機体を並行させ、テイルブレードで撃墜しようとした。しかし誤算が起きた。テイルブレードショットを作動させたのに動かない。
「まさか壊れたのか!?」
 プロミネンス・ボムも同じく発動しない。これでは撃墜できない。こんな時に……どうする!?
 ソールは数秒考えた末、腹をくくった。まず、ケツァルコアトルに指令を出す。それは、蛇状の機体をミサイルに巻き付け、海中に道連れにするというものだ。
 ケツァルコアトルはすぐに反応し、2発のうち1発に巻き付けた。そして、そのまま急降下して海面に突入した。
 もう1発にはフェニックスの尾を巻き付けた。そしてそのまま機体を上昇させる。
「イシュタム! 聞こえるか!?」
《聞こえるわ、ソール!》
 イシュタムの悲痛な声が聞こえた。
「テイルブレードが壊れてミサイルを撃墜できない。1発はケツァルコアトルを道連れにさせたけど、もう1発は俺がやるしかないようだ」
《え、ちょっと待って》
 イシュタムの声に焦りが交じる。
「しっぽをミサイルに巻き付けて、そのまま上昇する」
《そんなことしたらソールは…!》
「ま、ここまで生きてきただけで儲けもんさ」
《やめてソール!》
「イシュタム、今までありがとう。一緒にいられて楽しかったぜ」
 そう言うとフェニックスを急上昇させる。やがて通信が入らない高度まで来た。
「こんな最期を迎えるとは思わなかったなあ……」
 あの世でアポロンとオシリスに会えるかな。それとも地獄に先に行っているだろうロキに再会するだろうか。まあ、いずれにしても死んだ後に分かるか。
 達観したように自分の死を見るソール。既に大気圏に入り、機体がきしみ始めている。このままミサイルが爆発するか。それとも摩擦で燃え尽きるか……。
 そんなことをつらつら考えていると、フェニックスのコックピット内に警報が響いた。
「フェニックス、お前には世話になったな。最期までよろしく……」
 しかし、予想外のことが起きた。フェニックスのコックピット部分が、ガシャンと音を立てて分離したのだ。
「何だこりゃ!?」
さらに小型の翼が生え、地上に向かって落下し始める。
「フェニックス、お前……!!」
 アポロンが最後の最後に仕込んだ脱出システムだったのだろう。コックピットは地上に、フェニックス本体は上昇して宇宙に向かっていく。そして、大気圏を通過した辺りで機体が燃え始め、やがて見えなくなったと思った瞬間――

ズドンッ

 と爆発を起こした。
「フェニックスーー!!!」