「ロキ、客人がお目覚めよ」
「お」
一番高い椅子に座っていた男が、腰を上げた。顔に傷があり、やや強面の端正な顔立ちだ。しかしそのゴツい顔とは裏腹の笑顔が印象的だった。
「気分はどうだい? いやあ、びっくりしたよ。荒野のど真ん中に戦闘機があるんだからさ」
「助けてくれてありがとう」
「ま、いいってことよ。困ったときはお互い様だからな」
そう言って笑うが、ソールの頭にはあまりよろしくないイメージが浮かんでいた。
笑顔がうさんくさい――顔は笑っているが目が笑っていない。どこか人を心から信用していないような感じを受ける。
顔の傷は額の左側から右頬にかけての長いものだ。何か壮絶な過去をにおわせる。
「俺の名はロキ。このグールヴェイグのキャプテンだ」
ロキ――北欧神話に出てくる神の1人である。
「あのさ、出し抜けに悪いんだけど……」
ソールは気になっていたことを尋ねた。
「あの赤い戦闘機はどこにある?」
3人は先程の部屋――コックピットを出て今度は逆の方に歩き始めた。どうやらこの戦艦の後方が格納庫になっているらしい。
「俺たちは北欧のニブルヘイムって国を拠点に活動している。まあ、お日様もあまり顔を出さない陰気なところだけどな。で、アスガルドって大国から睨まれていて世界各地を転々としているのさ」
ソールは聴いたことがあると思い記憶をたどっていった。北欧にはいくつかの国があり、その盟主とも言えるのがアスガルドだ。かの国は軍事力も強く、近隣諸国から物資や技術を豊富に集めている。さらに独自のエネルギーシステムの開発に成功したとも聞いている。
「何でゲリラなんかに?」
「よくぞ聞いてくれた。これには山より高く海より深―いわけが……」
「ロキ、着いたわよ」とアンドラ。
「今日はよく話の腰を折られるな」
大きく無骨な扉を開けると目の前には青いボディの戦闘機が鎮座していた。
「これは……」
ソールが今まで見てきた戦闘機とはひと味違う。まるで、とかげに翼が生えたようなデザインだ。
「グールヴェイグの主力戦闘機、ニーズホッグだ」
北欧神話の竜として語られていくこの機体は、フェニックスやペガサスより少し大きい。コックピットを見ると2人分の座席が見えた。
「二人乗りか」
「フェンリル、ヨルムンガンド! 整備は順調か?」
ロキが声を上げると、ニーズホッグの後ろから2人の男が姿を現した。
「ああ、完璧だ」
うち一人は髪を逆立てた男だ。男と言っても少年に近い年頃だろう。ソールより年下かもしれない。もう一人は面長の端正な顔で、蛇やは虫類を連想する骨格だ。
「ま、オレたちにかかればこんなもんよ!」
くったくのない笑顔で答える少年――フェンリルは得意げだ。北欧神話で狼となる彼は、そのとおりに血気さかんな性格である。
「最近、ようやくメンテナンスに慣れてきた。整備兵がいないと大変だな」
もう一人・ヨルムンガンドは落ち着き払って答えた。こちらは大蛇として語られる男だが、低温動物を連想させるような冷静な性格のようだ。
するとソールが突然、ニーズホッグに近づきボディを触り始めた。
「な、何すんだよ、お前!」
フェンリルは自分の愛機に対して不審な行動を取る男を睨む。
やがてソールは拳で軽くノックし、その部分の装甲を外した。さらに複雑に絡んだケーブルを探っていくと、そこには銅線が剥き出しになったケーブルがあった。
「げ!」
「なんと……」
フェンリルとヨルムンガンドは絶句した。こんな故障があったとは……。
「何でわかったの? ソール」
「何となく変なにおいがした。長年、整備兵やっていたから経験測からも予想できるのさ。それにしても気がつくのが遅かったら飛行中に発火していたかもな」
「これはすごい! 整備の担当者を探していたんだ! ぜひ俺たちの仲間になってくれ!」
ロキは目を輝かせた。
ソールは数秒間考えた。正直この連中をまだ信用できない。が、このグールヴェイグは整備者がいないのは確かなようだ。寝首をかくような真似はしないだろう。何より自分1人ではアルカディアが来たときに間違いなくボコボコにされる。
「いいよ」
「よろしくな、ソール! そうそう、君の機体はあっちだ」
ロキに指さされた方を見ると薄暗い中に赤い炎のようなボディを視認できた。駆け寄って確かめるとその機体――フェニックスは、目立った故障はなさそうだ。
「よかった、無事だったか」
「ねえ、ソール。私のも見てくれる?」
アンドラが無邪気に言った。この女も戦うのか?
「私もあなたと同じで、グールヴェイグに拾われたの。兵器の整備なんてできないから途方に暮れていたのよ」
早速、案内されたところに行ってみた。戦闘機ではなく、陸上兵器だった。
「ケートスって言うの。かなり旧式で、修理を重ねているから見てくれは不格好だけど、思い入れのあるものなの」
ソールはアンドラの話を聞きながら、装甲を外したり機体を眺めたりした。このケートスは、ギリシア神話に出てくる怪物だ。
「すごいな、これは……」
「え、そう? 嬉しいな」
笑顔を見せるアンドラに、ソールは痛烈な一言を浴びせた。
「こんなにひどい機体で戦おうなんてよく考えたものだ。10年くらい整備をしているけど俺の経験史上、間違いなく最悪のコンディションだ。こんなのに乗るあんたの神経がすごいよ」
かわいい顔はみるみるうちに怒りに満ちてゆでだこのように赤くなった。
「ひ、ひどい! ケートスを造るのにどれだけの人が苦労したか分かっていない!!」
「そんなこと言ってもなあ……」
ソールにしてみれば「知ったことか」と言いたいところだった。彼の指摘するひどさは機体全体に及ぶ。装甲が色違いで、修理を繰り返し……というより、だましだまし使ってきたのが分かる。内部はこれまた古い銅線が使われていた。念のためにコックピットも覗いてみたが、窓ガラスには一部ひびが入っていてボタンやレバーもさび付いている。
唯一の例外は座席だった。無骨な機体にふさわしくない花柄の布で覆われている。金使うところを間違えているんじゃないか? と顔をひきつらせながら思った。
「こんな兵器、いつ壊れてもおかしくはないよ。整備兵としても使うことをやめさせたいね」
「ただな、ソール……」
むくれるアンドラをよそに、ロキが言った。
「グールヴェイグは、これまで見た3機しか兵力がないんだ。ボロボロのポンコツでも使うしかないんだよ。台所事情というのが辛いものでね」
大丈夫か、こいつら……? ソールは先が思いやられる気がした。
「お」
一番高い椅子に座っていた男が、腰を上げた。顔に傷があり、やや強面の端正な顔立ちだ。しかしそのゴツい顔とは裏腹の笑顔が印象的だった。
「気分はどうだい? いやあ、びっくりしたよ。荒野のど真ん中に戦闘機があるんだからさ」
「助けてくれてありがとう」
「ま、いいってことよ。困ったときはお互い様だからな」
そう言って笑うが、ソールの頭にはあまりよろしくないイメージが浮かんでいた。
笑顔がうさんくさい――顔は笑っているが目が笑っていない。どこか人を心から信用していないような感じを受ける。
顔の傷は額の左側から右頬にかけての長いものだ。何か壮絶な過去をにおわせる。
「俺の名はロキ。このグールヴェイグのキャプテンだ」
ロキ――北欧神話に出てくる神の1人である。
「あのさ、出し抜けに悪いんだけど……」
ソールは気になっていたことを尋ねた。
「あの赤い戦闘機はどこにある?」
3人は先程の部屋――コックピットを出て今度は逆の方に歩き始めた。どうやらこの戦艦の後方が格納庫になっているらしい。
「俺たちは北欧のニブルヘイムって国を拠点に活動している。まあ、お日様もあまり顔を出さない陰気なところだけどな。で、アスガルドって大国から睨まれていて世界各地を転々としているのさ」
ソールは聴いたことがあると思い記憶をたどっていった。北欧にはいくつかの国があり、その盟主とも言えるのがアスガルドだ。かの国は軍事力も強く、近隣諸国から物資や技術を豊富に集めている。さらに独自のエネルギーシステムの開発に成功したとも聞いている。
「何でゲリラなんかに?」
「よくぞ聞いてくれた。これには山より高く海より深―いわけが……」
「ロキ、着いたわよ」とアンドラ。
「今日はよく話の腰を折られるな」
大きく無骨な扉を開けると目の前には青いボディの戦闘機が鎮座していた。
「これは……」
ソールが今まで見てきた戦闘機とはひと味違う。まるで、とかげに翼が生えたようなデザインだ。
「グールヴェイグの主力戦闘機、ニーズホッグだ」
北欧神話の竜として語られていくこの機体は、フェニックスやペガサスより少し大きい。コックピットを見ると2人分の座席が見えた。
「二人乗りか」
「フェンリル、ヨルムンガンド! 整備は順調か?」
ロキが声を上げると、ニーズホッグの後ろから2人の男が姿を現した。
「ああ、完璧だ」
うち一人は髪を逆立てた男だ。男と言っても少年に近い年頃だろう。ソールより年下かもしれない。もう一人は面長の端正な顔で、蛇やは虫類を連想する骨格だ。
「ま、オレたちにかかればこんなもんよ!」
くったくのない笑顔で答える少年――フェンリルは得意げだ。北欧神話で狼となる彼は、そのとおりに血気さかんな性格である。
「最近、ようやくメンテナンスに慣れてきた。整備兵がいないと大変だな」
もう一人・ヨルムンガンドは落ち着き払って答えた。こちらは大蛇として語られる男だが、低温動物を連想させるような冷静な性格のようだ。
するとソールが突然、ニーズホッグに近づきボディを触り始めた。
「な、何すんだよ、お前!」
フェンリルは自分の愛機に対して不審な行動を取る男を睨む。
やがてソールは拳で軽くノックし、その部分の装甲を外した。さらに複雑に絡んだケーブルを探っていくと、そこには銅線が剥き出しになったケーブルがあった。
「げ!」
「なんと……」
フェンリルとヨルムンガンドは絶句した。こんな故障があったとは……。
「何でわかったの? ソール」
「何となく変なにおいがした。長年、整備兵やっていたから経験測からも予想できるのさ。それにしても気がつくのが遅かったら飛行中に発火していたかもな」
「これはすごい! 整備の担当者を探していたんだ! ぜひ俺たちの仲間になってくれ!」
ロキは目を輝かせた。
ソールは数秒間考えた。正直この連中をまだ信用できない。が、このグールヴェイグは整備者がいないのは確かなようだ。寝首をかくような真似はしないだろう。何より自分1人ではアルカディアが来たときに間違いなくボコボコにされる。
「いいよ」
「よろしくな、ソール! そうそう、君の機体はあっちだ」
ロキに指さされた方を見ると薄暗い中に赤い炎のようなボディを視認できた。駆け寄って確かめるとその機体――フェニックスは、目立った故障はなさそうだ。
「よかった、無事だったか」
「ねえ、ソール。私のも見てくれる?」
アンドラが無邪気に言った。この女も戦うのか?
「私もあなたと同じで、グールヴェイグに拾われたの。兵器の整備なんてできないから途方に暮れていたのよ」
早速、案内されたところに行ってみた。戦闘機ではなく、陸上兵器だった。
「ケートスって言うの。かなり旧式で、修理を重ねているから見てくれは不格好だけど、思い入れのあるものなの」
ソールはアンドラの話を聞きながら、装甲を外したり機体を眺めたりした。このケートスは、ギリシア神話に出てくる怪物だ。
「すごいな、これは……」
「え、そう? 嬉しいな」
笑顔を見せるアンドラに、ソールは痛烈な一言を浴びせた。
「こんなにひどい機体で戦おうなんてよく考えたものだ。10年くらい整備をしているけど俺の経験史上、間違いなく最悪のコンディションだ。こんなのに乗るあんたの神経がすごいよ」
かわいい顔はみるみるうちに怒りに満ちてゆでだこのように赤くなった。
「ひ、ひどい! ケートスを造るのにどれだけの人が苦労したか分かっていない!!」
「そんなこと言ってもなあ……」
ソールにしてみれば「知ったことか」と言いたいところだった。彼の指摘するひどさは機体全体に及ぶ。装甲が色違いで、修理を繰り返し……というより、だましだまし使ってきたのが分かる。内部はこれまた古い銅線が使われていた。念のためにコックピットも覗いてみたが、窓ガラスには一部ひびが入っていてボタンやレバーもさび付いている。
唯一の例外は座席だった。無骨な機体にふさわしくない花柄の布で覆われている。金使うところを間違えているんじゃないか? と顔をひきつらせながら思った。
「こんな兵器、いつ壊れてもおかしくはないよ。整備兵としても使うことをやめさせたいね」
「ただな、ソール……」
むくれるアンドラをよそに、ロキが言った。
「グールヴェイグは、これまで見た3機しか兵力がないんだ。ボロボロのポンコツでも使うしかないんだよ。台所事情というのが辛いものでね」
大丈夫か、こいつら……? ソールは先が思いやられる気がした。