ニブルヘイムの女王ヘルは、ロキに痛烈な一言を浴びせた。
「どういうことです、ロキ? ムスペルとスルトが倒されたとは……」
 ヘルは自国をアスガルドから護るためにヴァナヘイムと手を組み、さらにグールヴェイグを保護して傘下に入れた。テュルフング・ミサイルの製造、ムスペルとスルトの開発など、兵器製造を国内で許可し、資源を提供したのも同じ理由だ。
「ムスペルとスルトは前座のようなもの。アスガルド側の戦力を大幅にダウンさせた点で言えば、作戦は成功ですよ」
 不適な笑みを浮かべるロキ。その目は相変わらず笑っていない。
「ここにいるヴクブ・カメーは、短期間であの巨人たちを開発した。その技術を使えば、次の作戦でアスガルドを殲滅できます」
「確かなのでしょうね?」
「ええ」
「……よろしい。では、引き続きお願いします」

「ニブルヘイムが和睦を申し出ただと?」
 ペルセウスが首をかしげた。スルト、ムスペルとの激闘から2日後のことである。
「そんなあっさり和睦するもんかね・・・」
 アーレスも疑問を持つ。
 あれだけの死闘を繰り広げたのに、今さら和睦とは・・・。
 ただ、2日前の襲撃がニブルヘイムによるものと断定できていないため、白々しく和睦を申し出てきたとも言える。
 もっとも、アスガルドが海上封鎖をしたためにニブルヘイム・ヴァナヘイム連合国の緊張は極限まで達した。このままではテュルフング兵器の応酬戦になってしまう。そこでヴァナヘイム側が譲歩し、ニブルヘイムで和睦交渉のテーブルを用意してきたのだ。
「そんなに気になるのか?」
 ソールはのほほんと尋ねた。
「罠かもしれないんだ。この和睦、簡単に飲めるかなあ」
 と、ペルセウスが答える。
 しかし、アスガルド側は使者を送ることにしたようだ。使者は外交の最高責任者であるバルドルが選ばれた。

 バルドルは、オーディンの書簡を携えてニブルヘイムを訪れることになった。その前に、一度アルカディア軍の詰め所に顔を出した。
「アルカディアの諸賢には迷惑をかけている。申し訳ない」
 深々と頭を下げた。輝くような金髪と端正な顔立ち。目は切れ長だが優しい印象を与える。
「しかし、もしかしたらこの面談で和睦ができるかもしれない。そうなれば、これ以上迷惑はかけないだろう」
 バルドルは白い歯を見せて笑った。
「そうであればいいんですけど・・・」
 ソールは頭をかきながら答えた。最初から期待していない態度である。
「おいソール」
「なんだよペルセウス。あんただって罠かもって言っただろ」
 ペルセウスはソールの足を思いっきり踏んづけた。
「いてっ!!」
「バルドル殿、よろしくお願いします。これ以上の戦いは無益ですから」
「承知しました。行ってまいります」
 バルドルを見送った後、ペルセウスはソールをにらんだ。
「ったく、お前はどこまで空気を読まないんだ」

 6時間後。バルドルら交渉メンバーの一行はニブルヘイムに到着した。和平会談は海岸にある都市部の一画で行われた。
 ソールは小型偵察機を飛ばし、交渉の様子を観察することにした。
「またお前はそんなものを……」
 ペルセウスは呆れつつも、興味があるので隣で一緒に見ることにした。
 双方の責任者が握手を交わし、早速交渉が開始される。ニブルヘイムとヴァナハイム側は、ニブルヘイムに入って来たテュルフング・ミサイルの材料及び建設設備を、三日以内に撤去する。アスガルド側は、ヴァナヘイムの近海に浮かんでいるテュルフング・ミサイル搭載の軍艦を全て撤去する。
 双方の条件は前もってお互いに知らされていたので、話はスムーズに進み、条約書に調印することができた。
 その様子を見て、ソールたちは拍子抜けした。
「何だか…ずいぶんあっさり終わったな」
 ニブルヘイムの仕業という確証がないが、ムスペルとスルトの襲撃で甚大な被害があった。それを帳消しにしようとも取れる。
「それが戦争というものだ」
 もし、軍事と政治に詳しいポセイドンがいたら、そう言っただろう。
「さて、偵察機を引き上げるとするか」
 ソールが操縦レバーを触ろうとしたとき、突然異音が発生した。
「何だ!?」
 画面をのぞき込むと、交渉メンバーのところに1機の偵察機がいた。
《諸君、あれだけの戦いがありながら和平交渉に持ち込もうとする心意気、感服したよ!》
 聞き覚えのある声だった。
「ロキ!!」
 ソールの背中に冷や汗がにじんだ。