The Sun-Gild Wing ――神話として語り継がれる超古代文明のテクノロジー

「ゼウスの親父、何考えているんだか……」
 輸送機の中でソールはぼやいた。アルカディア軍の中でも精鋭を起こる部隊編成がなされ、アスガルドに派遣されることになったからだ。
「あの親父、自分たちの国が攻め込まれないって根拠のない自信があるんだろうな。元首のくせにのう天気を通り越してアホだな」
「お前、そこまで言うか……」
 アーレスがあきれ顔で言う。
 アスガルド行きになったのは、空軍からはペルセウスとアーレス、海軍からはアルテミスとポセイドン、陸軍からはハーデスだ。それになぜかまたソールとイシュタムが加わっている。
 集団的自衛権が働く関係にあるアルカディアとアスガルドは、紛争の危機が起こった際は軍を派遣することになっている。今回の精鋭部隊の構成は、他国にも名が通っている兵器だ。ペガサス、グリフォン、セイレーン、ケルベロス……ヒュドラは5本の首を分けつして持ってきた。この部隊に戦いを挑むということは、アルカディアとアスガルドの連合軍にけんかをふっかけることになる。
世界最強の布陣か――それを考え、ソールはグールヴェイグのことを思い出した。
(こっちが世界最強の武力なら、あいつらは世界最悪の知力ってところだ。どうなることか……)
 一行は午後8時にアスガルドに到着した。
「諸君、すまないね。助太刀に感謝するよ」
 元首のオーディンが、頭を押さえながら出迎えてくれた。
「オーディン閣下直々のお出迎え、ありがたく存じます」
「頭、どうかされたんですか?」
「いやあ、2週間前に頭を強打してね。2、3日寝込んでだいぶ良くなったんだけど、まだちょっと痛くて……」
 イシュタムの顔に狼狽が浮かび、ペルセウスはソールをギロッとにらんだ。しかし当のソールは白々しく
「それは大変でしたね。お見舞い申し上げます」
 と柄にもなく敬語で答えた。
(お前、よくそんなぬけぬけと……)
 とペルセウスがささやくが意にも介さない。
「皆さん、お疲れでしょう。具体的なことは明日お話しします」

 翌日、ワルハラ宮殿の大会議室にアルカディアの精鋭部隊とアスガルドの連合軍が揃った。オーディンを議長に、作戦会議が始まる。
 開口一番、オーディンはこう宣言した。
「今、全ての選択肢がテーブルにある状態だ」
 この言葉は、西暦2017年に、当時のアメリカ大統領が宣言したものと同じである。宣言したのはアジアの独裁国家との間で、核兵器をちらつかせる一触即発の状態になった時だ。
「貴国からの助言をもとにニブルヘイムを偵察してみた。やはりテュルフング・ミサイルが組み立てられようとしている」
 アルカディアへのリップサービスだろうか? アルカディアに頼らずとも、テュルフングに関する情報はアスガルドでも最大限のアンテナを張って集めているはずだ。
 オーディンは続いて今後の計画を発表した。まず、アスガルドからヴァナヘイムに書簡を送り、ミサイルの組み立てをやめるよう通達する。それを無視したら海上封鎖を行い、貨物がニブルヘイムに入らないようにする。
 それでも封鎖を突破しようものならバルムンク――アスガルドが保有するテュルフング・ミサイルを発射するというものだ。
「できれば使いたくはない」というオーディンの言葉を、ソールは無表情で聞いていた。当たり前だ。使ったが最後、北欧は核攻撃の応酬になって壊滅するだろう。
「オーディン閣下、我々は何をすればよいのでしょうか?」
 ポセイドンが挙手した。
「貴国の増援部隊には、アスガルド軍と共に防衛に当たってほしい」
 1日を3区分して8時間ずつアスガルドの防衛に当たる。沿岸部には陸軍と海軍が、空域には戦闘機が配備される。
 会議終了後、次のように防衛シフトが組まれた。

空域
アルカディア軍:ペガサス、グリフォン、フェニックス
アスガルド軍:スレイプニル

沿岸部
アルカディア軍:ケルベロス、ヒュドラ、セイレーン
アスガルド軍:スキーズブラズニル、グリンブルスティ、セーフリームニル

 アルカディアは各々1機、アスガルドは量産型の機体である。トップガンのような兵士を養成するより、テュルフング・ミサイルの開発に力を入れてきた。そのため、実際の戦闘ではアルカディアの精鋭よりはるかに劣るだろう。
 早速、両国の連合部隊は防衛に取りかかった。
 防衛作戦が始まり4日たった。シフトはアルカディア軍とアスガルド軍が交互になるように組まれている。ちょうど今、空域の防衛からアーレスが帰ってきたところだ。
グールヴェイグは何も仕掛けてこない。かといって、機密事項ということでニブルヘイムやヴァナヘイムとの交渉の進捗は教えてもらえない。本当に攻撃してくるか疑問がある状態での守りというのは、ある種のストレスが生じる。
 このまま有事に到らず、撤収できればよいのだが……。

《緊急事態! 緊急事態!》
 何事もなく終わればよいという淡い期待は、見事に打ち砕かれた。
「やっぱりおいでなすったか」
 ソールは舌打ちした。ロキとヴクブ・カメーの冷笑が脳裏に浮かぶ。しかし、次の報告を聞いてソールは首を傾げた。
《沿岸部の沖合から未確認の物体10体が接近中! その他、3体の高熱反応!》
「どういうことだ?」
 グールヴェイグの戦闘機はニーズホッグ、スコル、ハティ、フレスヴェルグの4機のはず。数が全く合わない。
「モニターで確認できるか?」
 ハーデスが誰ともなしに言った。すると、沖合から接近する物体が確認できた。
「…何だこれ?」
 映ったのは、人間の頭のような物体10体だった。その他、人間の頭と腕一対が見える。
「ソール! こいつら……」
 ペルセウスがソールに向いて言った。見覚えがある。シバルバーで戦ったシパクナーとカブラカンにそっくりだ。
「ヴクブ・カメーが造ったようだな」
 あの狂科学者め、やっぱりろくなことをしない。
「なあ、この前の戦闘機が確認できないぞ。まさか、この敵の中にいないのか?」
「どうする? 全員で行くか?」
「待て」
 出て行こうとするメンバーを、ポセイドンが止めた。
「今回の襲撃は前座のようだ。全員で出撃して消耗したら本番で戦えない」
 ポセイドンは立ち上がると、ハーデスとアルテミスに目配せをした。2人ともうなずいた。
「アルカディア軍は沿岸部防衛のヒュドラ、ケルベロス、セイレーンで迎撃する。空域担当の3人は待機してくれ」

 アスガルドの沿岸部の港にはヒュドラとケルベロスが、その上空にはセイレーンが配備された。そして、ヒュドラとケルベロスを囲むように、アスガルド海軍の軍艦スキーズブラズニルが10隻、陸軍のグリンブルスティとセーフリームニルが100機ほど配置された。
「さて、どう迎撃するか」
 ポセイドンはヒュドラのコックピットでつぶやいた。敵は初めて見る機体だからやりにくい。ただ、ソールからある程度の見当を付けられていた。
 曰く「ネオフラカンシステムで自動操縦していて、高熱か冷却のどちらかで攻撃してくる」とのことだ。その上で「ヴクブ・カメーがシパクナーとカブラカンでの失敗を改善していないとは思えない」とも言った。
 いずれにせよ向こうが攻撃してから反撃する。防衛戦では先制攻撃は甘んじて受け、防ぎ切ってカウンターパンチを浴びせる。
 やがて近づいてきた10体の顔が口を開いた。と同時にスキーズブラズニルに火炎を放った。
「なっ!?」
 一体の火炎放射はたいした威力ではなさそうだ。しかし、3、4体が集中砲火すると、軍艦はあっという間に炎に包まれた。
《ポセイドン、まずいぜ! アスガルド軍は対応できていない!!》
 ハーデスの通信だ。瞬く間に軍艦の半分が火だるまになっている。さらに、陸上兵器のグリンブルスティとセーフリームニルにも炎が浴びせられていた。
《手はずどおり、すぐに攻撃を仕掛けるぞ!!》
《おう!!》
《了解!!》
 ハーデスとアルテミスが応えた。
 ケルベロスは口からブロンズ砲弾とブレードホイールを発射した。三つある頭のうち、中央が大砲の弾で、左右がホイールブレードだ。すさまじいスピードで敵を射貫き、撃墜する。
 セイレーンは敵に近づき、音波砲を浴びせる。かつては人間相手にしか通用しないものだったが、金属共振を引き起こしてコンピュータを誤作動させて機動不能にする。
 ヒュドラは口から水を吐いた。その水は空気中で氷の穂先に変化し、敵を射貫いた。
《すっげえ……》
《さすがソールね》
 グールヴェイグ戦に備えて3機とも装備をソールに改造されていたのだ。
《敵のデータが取れたぞ》
 ポセイドンはケルベロスとセイレーンにそのデータを送った。
《ムスペルっていうのか》
 北欧神話で語られることになる炎の巨人だ。
《武器は火炎放射だけのようだ。機動性はあまり高くないみたいだな》
 生き残ったアスガルド軍に待機を要請すると、アルカディア軍は一気に攻撃を仕掛けた。瞬く間に10体のムスペルが撃破された。
《なんか、あっけないね……》
《油断するなアルテミス。あと3体いるぞ》
 ポセイドンが言う方向には、頭部と両腕が宙に浮いている機体が不気味にこちらをにらんでいた。
 沖の上に、巨大な深紅の顔が浮かんでいる。その両側に巨大な手が並んで浮いていた。
《どう仕掛けてくるか……》
 アスガルド軍の兵器はあてにならない。ケルベロス、ヒュドラ、セイレーンだけで迎撃しなければならないのだ。
 突然、左腕が拳を突き出して突っ込んできた。加速すると炎が燃え出す。
《よけろ、アルテミス!》
 ポセイドンの声が聞こえるより先に、アルテミスはセイレーンの舵を切った。炎をまとった巨大な腕が、セイレーンの翼の先をかすめた。
《大丈夫か!?》
《ええ、何とか!》
 ホッとする間もなく今度は右手が突っ込んでくる。それもかわすと、両手が交互に襲いかかってきた。
《ちょっ……!!》
 逃げ惑うセイレーンは、まるで巨人に追われる蝿のようになっている。
《ポセイドン、アルテミスがやばいぞ!!》
《待て、今データを解析している……!!》
 モニターには「スルト」と出た。北欧神話では、ムスペルたちを率いる炎の巨人の親玉と言われる。
《炎をまとった巨人、スルトか》
 ポセイドンはヒュドラから氷の矢を吐いた。しかし、スルトの熱はすさまじく、届く前に蒸発してしまった。今度は、ケルベロスがブレードホイールと大砲の弾を発射した。しかし、これもまた届く前に蒸発してしまう。
《おいおい、聞いてないぜこんなの!!》
 ハーデスが悪態をつく。
《絶体絶命というやつか……》
 ポセイドンも平静を保っているが焦りを感じていた。
《……仕方ない、あれを使うか。ソール!!》
 ハーデスは、司令部にいるソールに通信を入れた。

《ソール、聞こえるか!?》
《こちらソール、ハーデス聞こえるぞ》
 いつになく神妙な面持ちをするソール。
《サンギルドファングボムを使う。パスワードを入力して解除してくれ》
《……分かった》
 そう言うとソールはモバイルを取り出し、文字を入力した。
《できた》
《恩に着るぜ。後は武運を祈っていてくれ》
 ハーデスは通信を切った。
「ソール、一体何のことだ?」
 ペルセウスがいぶかしげに聞く。
「もしものときを考えて、ケルベロスに強力は爆弾を装備させたんだ。そのロックを解除した」
「お前、他にもまた改造したのか……」
 呆れるペルセウス。
「ただ、3発しか装備できなかった。それに、あまりに威力が強いから、誤作動を起こさないようロックをかけていたんだ。ついでに言うと、ケルベロスは戦闘不能になる」
 その場にいた全員が言葉を失った。
「で、でも、そんな大きな爆弾を持っているように見えないけど……」
 イシュタムが心配そうに口を挟む。
「ハーデスがやることを見ていれば分かるさ。3発しか装備できなかった理由もな」
 ソールは全員にモニターを見るよう促した。

《アルテミス、ポセイドン! 俺の作戦を聞いてくれ!!》
 ハーデスの案はこうだ。セイレーンでスルトの各部を翻弄する。次にヒュドラのフル出力の氷で動きを止める。最後に、ケルベロスの特大爆弾でとどめを刺す。
《動きを止めると言っても、2、3秒が限界だぞ!?》
 スルトは装甲に高熱を宿している。ヒュドラの氷でもほんの少しの時間しかとめられないだろう。
《それでいい。頼んだぜ》
 通信を切ると作戦が開始された。
(標的は3体、弾は3発。1回も失敗できねえな)
 ハーデスは心の中でつぶやくと、モニターに目を向けた。
 セイレーンがスルトの左腕を翻弄する。しかし、スピードはほぼ同じか、スルトの方が若干速い。追いつかれそうになると、舵を切って急旋回する。アルテミスは、そんなアクロバット飛行を続けた。
 ポセイドンはヒュドラの経口全ての照準をスルトの左腕に合わせた。そして、出力量を最大に設定し、氷を発射した。正確には氷ではなく大気を凍りつかせる風である。
「発射!!」
 凍てつく風がスルトの左腕を包んで氷の膜を作り、2秒ほど動きを止めた。
《ハーデス!》
《ああ!》
 ハーデスはすかさず、サンギルドファングボムの発射ボタンを押した。
 ケルベロスの右側の首が光ったかと思うと、胴体から分離して一直線にスルトに向かう。ケルベロスの頭は大きく口を開いてスルトの左腕に噛みついた。次の瞬間――その牙が光り、標的の内部にエネルギーを注ぎ込んだ。
 力尽きたケルベロスの頭は崩れて海に落下。同時に、スルトの左腕はが光り、内部から爆発した。
 この一連の動きが、わずか2秒の間に発生したのだ。
《やった!》
 アルテミスが叫んだ。
《3発しかないというのは、これが理由だったのか》
 ポセイドンが呆れたようにつぶやく。
ハーデス曰く、このサンギルドファングボムは、ケルベロスの牙にサンギルドシステムを応用した装置を組み込んでいるという。頭部に蓄積された太陽エネルギーが牙を伝わって標的に注ぎ込み、内部から爆発させるというものだ。ケルベロスの首が3つだから、3発まで発射できる。
しかし、3発使い終わった後はケルベロスの頭――つまり砲身もなくなるので、戦闘不能になる。まさに捨て身の攻撃だ。ケルベロスはこの戦いで完全燃焼させるつもりだ。
《さあ、あと2体! いくぞ!!》
 しかし、ハーデスが叫んだとたん、セイレーンが空中でバランスを崩した。スルトの右腕が殴りかかってきたのだ。
《きゃああっ!》
 直撃は避けたが、両翼を溶かされてセイレーンは落ちていく。
《アルテミス!!》
 なすすべもなく、地上に墜落して大爆発した。
《アルテミス、脱出できたのか!?》
《脱出ポッドが飛び出たように見えたが、確証が持てん》
 死んだかもしれない――しかしこれは戦いだ。戦死することは想定内である。
 ハーデスもポセイドンもアルテミスの無事を信じ、残る2体に対峙した。
《それにしてもどうするよ。攪乱してくれる戦闘機がなければやりにくいぜ》
《増援を呼ぶか……》
 ペガサスとグリフォンのことが頭をよぎった。彼らが来てくれれば戦況は有利になる。しかしこの後にグールヴェイグの襲撃してくることを考えると、できれば避けたかった。
《加勢するぞ!!》
 突然、ケルベロスとヒュドラに通信が入った。同時に、20機ほどのスレイプニルが現れたのだ。
《アスガルド空軍のフレイだ! あのデカブツを引きつける!》
《よせ! 並の敵ではない、死ぬぞ!!》
《自分の国の防衛を、貴国に任せっきりにはできない! 行くぞ!!》
 スレイプニルたちはスルトの右腕と頭を取り巻き始めた。セイレーンに比べて機動性は劣る。次々に叩かれ、パイロットも機体も蒸発していく。
《早めに頼む! たいした力にはなれそうもない!!》
《分かった! ハーデス、2発目いくぞ!!》
《おう!》
 ヒュドラがスルトの右腕に照準を合わせ、氷を発射した。同時にケルベロスの左首が腕に噛みつき、先ほどと同様に崩れ落ちた。直後、標的の右腕が光って爆発した。
《よし!》
 しかし、この間にスレイプニルは5機にまで減ってしまった。残った頭部をさっさと撃破しなければ……!
 ところが次の瞬間、想像していなかった光景を目にした。
 敵はスルトの頭部を残すのみとなった。対してアスガルド・アルカディア連合隊はケルベロスのサンギルドファングボム1発、ヒュドラの砲身、スレイプニル5機だ。
《腕とは違う動きをするかもしれん。気をつけろ》
《ああ》
 ところがスルトの頭部は滞空したままで攻撃してこない。
《何だ、故障でもしたのか?》
 しかし次の瞬間、スルトが口を開けてスレイプニルに襲いかかった。
《うわあっ!》
 パイロットの絶叫ごと機体を食ってしまったのだ。
《まずい! 各個撃破をしてくるぞ!!》
 ポセイドンが叫んだが遅かった。スレイプニルは次々に食われ、残ったのは隊長のフレイだけになってしまったのだ。
(どうする!?)
 数秒考えた末、ポセイドンはひらめいた。
《フレイ殿、しばらくスルトを翻弄して、合図をしたらケルベロスに引きつけてくれ!》
《大丈夫か!?》
《ああ、信じてくれ!!》
《了解!!》
 フレイの操るスレイプニルはスルトの回りを旋回し始めた。その間に、ヒュドラは移動する。ちょうど、スルトとケルベロスの動線上だ。
《何する気だ、ポセイドン!?》
 ポセイドンの案はこうだ。スルトは近くにいる敵に反応して襲いかかるようにプログラムされているはずだ。それなら、ヒュドラとケルベロスに向かってくるように仕向け、先にヒュドラの残った氷のエネルギーをぶつける。その隙にサンギルドファングボムをぶつけるというものだ。
ヒュドラもここで完全燃焼させることにしたのだ。
《フレイ殿、10秒たったらこちらに向かってくれ!!》
《わかった!!》
《いくぞ、ハーデス!》
《ああ、頼むぜポセイドン》
 ついにスレイプニルが向かってきた。ヒュドラは砲身を構えてスルトに発射した。最後の力を振り絞った攻撃は、みるみるうちにスルトを凍らせていく。しかし、スルトは進撃をやめない。ついにスレイプニルに激突した。
《フレイ殿!》
《くそっ、あとは頼んだ……!!》
 その言葉は爆発に飲み込まれた。さらにスルトは、ヒュドラに激突して砲身を全て破壊した。
《うわあっ!!》
 ポセイドンの絶叫がしても、ハーデスは心を乱さない。皆が作ってくれたチャンスを無駄にしないために――。
「アルカディア軍をなめるなあ!!」
 最後のボムが飛び出し、スルトに噛みついた。そして内部にエネルギーを注ぎ込み、誘爆に成功した。
「やった!」
 しかしその大量の破片が、首のなくなったケルベロスに降り注いだ。
「ぐわあああああああ!!」

 敵は全て沈黙したことを確認するとともに、すぐさま救助隊が派遣された。
 アスガルド軍の被害はひどいものだった。空軍は全滅、陸海軍も8割がやられている。生存者も大なり小なり負傷していて、無事なものは1人もいなかった。
 そしてアルカディア軍は――。
「アルテミス、ハーデス、ポセイドンを救助しました。3人とも生存しています!!」
 救助隊の報告を聞き、ソールたちは胸をなで下ろした。さすがに世界最強の軍人たちである。あの状況で、脱出ポッドを作動させて身を守っていたのだ。
 しかしながら怪我はひどいもので、アルテミスは左腕と両足を骨折、ハーデスは背中に大やけど、ポセイドンは脳しんとうに加えてあばらを骨折している。気を失っているため、すぐに集中治療室に運ばれ、緊急手術が行われた。
 セイレーン、ケルベロス、ヒュドラは大破し戦闘不能に。アルカディアの戦力は半減したことになる。
「ここまでの消耗戦になるとはな……」
 アーレスですら眉間にしわを寄せてうなった。
 スルトとムスペルが襲撃してきたのは誤算だったが、何とか食い止められた。残るはニーズホッグ、スコル、ハティ、そしてフレスヴェルグだ。他にも戦力を保持しているかが気がかりだった。が、ソールからすれば、スルトのようなものをいくつも造るのは時間や資源の問題から不可能とのことだ。
対してアルカディア側はフェニックス、ペガサス、グリフォン、ケツァルコアトルで、空戦の戦力は欠けずに済んでいる。
「次はどう出てくるか……」
 最終決戦が近づいている。誰もがそう思っていた。しかし、事態はその2日後、予想外の動きを見せた。
 ニブルヘイムの女王ヘルは、ロキに痛烈な一言を浴びせた。
「どういうことです、ロキ? ムスペルとスルトが倒されたとは……」
 ヘルは自国をアスガルドから護るためにヴァナヘイムと手を組み、さらにグールヴェイグを保護して傘下に入れた。テュルフング・ミサイルの製造、ムスペルとスルトの開発など、兵器製造を国内で許可し、資源を提供したのも同じ理由だ。
「ムスペルとスルトは前座のようなもの。アスガルド側の戦力を大幅にダウンさせた点で言えば、作戦は成功ですよ」
 不適な笑みを浮かべるロキ。その目は相変わらず笑っていない。
「ここにいるヴクブ・カメーは、短期間であの巨人たちを開発した。その技術を使えば、次の作戦でアスガルドを殲滅できます」
「確かなのでしょうね?」
「ええ」
「……よろしい。では、引き続きお願いします」

「ニブルヘイムが和睦を申し出ただと?」
 ペルセウスが首をかしげた。スルト、ムスペルとの激闘から2日後のことである。
「そんなあっさり和睦するもんかね・・・」
 アーレスも疑問を持つ。
 あれだけの死闘を繰り広げたのに、今さら和睦とは・・・。
 ただ、2日前の襲撃がニブルヘイムによるものと断定できていないため、白々しく和睦を申し出てきたとも言える。
 もっとも、アスガルドが海上封鎖をしたためにニブルヘイム・ヴァナヘイム連合国の緊張は極限まで達した。このままではテュルフング兵器の応酬戦になってしまう。そこでヴァナヘイム側が譲歩し、ニブルヘイムで和睦交渉のテーブルを用意してきたのだ。
「そんなに気になるのか?」
 ソールはのほほんと尋ねた。
「罠かもしれないんだ。この和睦、簡単に飲めるかなあ」
 と、ペルセウスが答える。
 しかし、アスガルド側は使者を送ることにしたようだ。使者は外交の最高責任者であるバルドルが選ばれた。

 バルドルは、オーディンの書簡を携えてニブルヘイムを訪れることになった。その前に、一度アルカディア軍の詰め所に顔を出した。
「アルカディアの諸賢には迷惑をかけている。申し訳ない」
 深々と頭を下げた。輝くような金髪と端正な顔立ち。目は切れ長だが優しい印象を与える。
「しかし、もしかしたらこの面談で和睦ができるかもしれない。そうなれば、これ以上迷惑はかけないだろう」
 バルドルは白い歯を見せて笑った。
「そうであればいいんですけど・・・」
 ソールは頭をかきながら答えた。最初から期待していない態度である。
「おいソール」
「なんだよペルセウス。あんただって罠かもって言っただろ」
 ペルセウスはソールの足を思いっきり踏んづけた。
「いてっ!!」
「バルドル殿、よろしくお願いします。これ以上の戦いは無益ですから」
「承知しました。行ってまいります」
 バルドルを見送った後、ペルセウスはソールをにらんだ。
「ったく、お前はどこまで空気を読まないんだ」

 6時間後。バルドルら交渉メンバーの一行はニブルヘイムに到着した。和平会談は海岸にある都市部の一画で行われた。
 ソールは小型偵察機を飛ばし、交渉の様子を観察することにした。
「またお前はそんなものを……」
 ペルセウスは呆れつつも、興味があるので隣で一緒に見ることにした。
 双方の責任者が握手を交わし、早速交渉が開始される。ニブルヘイムとヴァナハイム側は、ニブルヘイムに入って来たテュルフング・ミサイルの材料及び建設設備を、三日以内に撤去する。アスガルド側は、ヴァナヘイムの近海に浮かんでいるテュルフング・ミサイル搭載の軍艦を全て撤去する。
 双方の条件は前もってお互いに知らされていたので、話はスムーズに進み、条約書に調印することができた。
 その様子を見て、ソールたちは拍子抜けした。
「何だか…ずいぶんあっさり終わったな」
 ニブルヘイムの仕業という確証がないが、ムスペルとスルトの襲撃で甚大な被害があった。それを帳消しにしようとも取れる。
「それが戦争というものだ」
 もし、軍事と政治に詳しいポセイドンがいたら、そう言っただろう。
「さて、偵察機を引き上げるとするか」
 ソールが操縦レバーを触ろうとしたとき、突然異音が発生した。
「何だ!?」
 画面をのぞき込むと、交渉メンバーのところに1機の偵察機がいた。
《諸君、あれだけの戦いがありながら和平交渉に持ち込もうとする心意気、感服したよ!》
 聞き覚えのある声だった。
「ロキ!!」
 ソールの背中に冷や汗がにじんだ。
《お? ソールの声が聞こえるね。同じように偵察機で視聴しているんだね。なら話は早い》
 ロキは言葉を続けた。
《平和平和と理想論をかざして素晴らしいが、ここで和睦されると俺の目的が台無しなんでね。もうひと戦してもらうよ》
 すると、その偵察機の中から細い棒が現れた。長さ十センチほどのその棒は伸びていき、一メートルほどになる。
《相互確証破壊が成り立ってしまったらどちらも攻撃できない。だから均衡が続いているんだよね。だけど、このミステルティンで相互確証破壊を実現できたらもっと素晴らしいと思わないか?》
 ロキの高笑いが響く。
「ロキ、お前何するつもりだ!!」
《大きなテュルフング・ミサイルでにらみ合っていると攻撃できない。そこに、テロリストの小型核兵器が炸裂したらどうなるかなあ?》
 ヘラヘラとしながらも目が笑っていないロキの顔が浮かんだ。
《北欧の相互確証破壊を実現するプロジェクト、ラグナロク・オペレーション発動だ》
「やめろお!!」
 ソールの阻止もむなしく、小型のテュルフング・ボム――ミステルティンは爆発を起こした。その瞬間、その都市の一画が蒸発したように壊滅した。

 アスガルドに一気に緊張が走った。バルドル以下、交渉に出た一行の消息は不明、相手側も同様だった。
「消息不明って、あんなモノが近くで爆発すれば即死だろうが」
 ソールが呟く中、アルカディア軍の残ったメンバーのもとに知らせが届いた。
「大変だ! ニブルヘイムがテュルフング・ミサイルをアスガルドに発射した!!」
「何だって!?」
 最悪の事態だ。
「向こうは、アスガルドが小型爆弾を仕掛けたんだろうって! オーディン閣下との交渉も決裂し、発射ボタンを押してしまった!!」
(ロキの狙いはこれだったのか…!!)
 考えが甘かった。ロキはニブルヘイム側に付いたのではない。自分の目的のために、最初からニブルヘイムを利用するつもりだったのだ。
 ニブルヘイムの女王ヘルはもはや何が信用できるか分からなくなり、錯乱状態で発射ボタンを押したと推測できる。
 さらに凶報が届く。
「テュルフング・ミサイル、あと40分でアスガルドに着弾します!!」
(ロキの野郎!!)
 ソールははらわたが煮えくり返る思いだった。自分の復讐のために世界を巻き込みやがった!!
 するとアーレスが叫んだ。
「ペルセウス、ソール、出撃するぞ!!」
「おう!」
 もはや猶予は許されない。飛来してくるテュルフング・ミサイルとグールヴェイグの戦闘機を叩きつぶさねば……!!
「ソール!」
 格納庫に走るソールを、イシュタムが呼び止める。
「イシュタム」
「本当に出撃するの?」
 これまでの状況を見ていたイシュタムは大きな不安にかられた。今回の敵は、敵機以外にミサイルもある。本来整備兵であるソールが戦えるのか……。
「大丈夫さ。フェニックスとケツァルコアトルがあれば。それに、飛来するミサイルの攻略は俺がいた方がいいだろう」
 確かに、戦闘機パイロットのアーレスとペルセウスは、ミサイルを迎撃する経験はない。この場合はソールの智恵が必要になる。
「……死なないでね」
「ああ」
 そういうと、ソールは格納庫に走って行った。

 数分後、ペガサス、グリフォン、ケツァルコアトル、フェニックスの4機が、アスガルドを発進した。
 ソール、ペルセウス、アーレスの3人はコックピットの中から通信で意識をすり合わせた。
 まず、敵の戦闘機は4機。相手パイロットの生存は気にせず撃墜する。これは理論的には難しくない。
問題はテュルフング・ミサイルだ。レーダーの反応から推測して10本はある。1本をつぶしたところで他の9本がアスガルドに着弾する。さらにミサイルは亜音速で飛来してくるときた。目視で発見してからでは遅いだろう。
《おいおい、どうすりゃいいんだ?》
 アーレスが冷や汗を流しながら言った。
《ここからは俺のアイデアがある。聞いてくれ》
ソールは、今日までに調べたテュルフング・エネルギーについて急ぎ足で話した。ミサイルを撃墜したからと言って、いきなり核爆発を起こすことはないという。なぜなら、テュルフング・ミサイルのほぼ全てがインプロージョンタイプだからだ。これは、爆弾内部に配置した複数の火薬装置が同時に爆発し、圧力を加えて核分裂を起こすものである。
 例えば高火力で迎撃すると爆発してある程度の放射能は出るが、インプロージョンタイプは内部で同時に圧力を加えないと核分裂を起こさない。テュルフング・エネルギーは技術的にも管理が困難なのである。
《敵機より先にミサイルが来るだろう。そしたら、グリフォンのケラウノス光線のフルチャージで消滅させてくれ。こぼれたヤツを他の3機で迎撃する》
《じゃあ順番は、グリフォン、ペガサス、フェニックスとケツァルコアトルか》
《ああ、なるべく少なくしてくれよ》
 言いながらソールはフェニックスのコンピューターパネルを叩いた。敵のミサイル――ダーインスレイブの形状はおおよそ見当が付いている。フェニックスのブレードに標的をプリセットし、すれ違いざまに迎撃するつもりだ。
 プリセットが終わった途端、警報が鳴った。
《おいでなすった! 頼むぜ、アーレス、ペルセウス!!》
《おう!》
《武運を祈る!》

 アーレス――。アルカディア空軍に入隊して10年。瞬く間にエースパイロットとして頭角をあらわし、トップガンの1人として世界最強の戦闘機・グリフォンを託された。以来、多くの敵を葬って武勲を立ててきた。しかし、飛来してくるミサイルを戦闘機で迎撃するなどやったことがない。
「半分以上は消し飛ばしたいな」
 アーレスは、口元を歪ませて目を凝らした。
「フルチャージ!」
 グリフォンの口が光り始めた。かつてフェニックスと戦ったときより、はるかにまばゆい光だ。
「発射!!」
 グリフォンの口から発射されたケラウノス光線の塊は、飛来してきたミサイルを包んだ。10本のうち半分ほどが音もなく蒸発した。ギリシア神話の雷霆となった光線は、見事に期待に応えたのだ。直後、生き残ったミサイルがグリフォンの横をかすめていく。
《5本は落とせたはずだ、ペルセウス、頼んだ!!》
 次はペガサスだ。こちらも、飛来してくるミサイルに照準を合わせ、ハルペー光線を発射した。グリフォンと違って直線状の光線なのでかなり不利だ。
 それでも2発当たった。推進力を失ったミサイルは、爆発せずに海に落下していく。
《残るは3発、ソール、任せたぞ!!》
 ソールにとっては嬉しい誤算だ。トップガン2人の腕をもってしても、5発は残ると思っていた。しかし実際には残り3発。希望が見えた。
《ブレード発射!!》
 プリセットしていたブレードは、すれ違いざまに2本のミサイルの胴体を切り裂き、海に落下させた。そして、残る1本を他のブレードが追跡する。
 しかし、そのブレードが途中で爆発した。
《何!?》
 ブレードが爆発する直前、横から何かが飛んできたのが見えた。犯人は明白だ。
《グールヴェイグ!!》
 遠目にニーズホッグらが見える。敵機が思ったより早く来た。まずい、敵機と交戦しながらダーインスレイブを追跡しなければ……!
 しかし、亜音速で飛んでいくミサイルを追いかけるスピードは、グリフォンにもペガサスにもフェニックスにもない。グリフォンの光線であれば破壊できるだろうが、既に目視できないほど遠くに行ってしまった。間に合わない!
 その時、ソールはハッとしてコックピットのパネルを叩いて操作を行った。
「ケツァルコアトル、追跡しろ!!」
 後方にいたケツァルコアトルの目が光り、元来た空域を戻るように、猛スピードでダーインスレイブを追跡した。
 スピードでいえば、ケツァルコアトルはアルカディア軍の中で抜きんでている。亜音速まで速度を上げ、ついにダーインスレイブに追いつき、横に並んだ。
 するとケツァルコアトルは胴体を回転させ、その翼でダーインスレイブを切断したのだ。
「よし!!」
 モニターで監視していたソールはガッツポーズをした。これで全てのミサイルを迎撃できた。
《よくやった、ソール!!》
《はっは、俺にかかればこんなものさ》
 とはいえ、内心冷や汗ものだった。最後の1発がアスガルドに着弾していれば大惨事だっただろう。
 さて、残る敵は4機となった。やつらを撃墜すれば任務完了だ。
 と思ったが予想が外れた。敵機の回りに小さな球体が浮いているのが見えたのだ。
「またろくでもないものを作りやがったな…」
 ソールはヴクブ・カメーの顔を思い浮かべた。強力な武器というより、戦闘機をサポートするようなものだろうと察しがつく。
《おーい、やっと追いついたぞ》
 緊迫したこの場に、場違いを絵に描いたような豪快な声が聞こえた。
《トール殿!》
《スレイプニルの一隊を連れてきた。君たちだけに任せるわけにはいかないからな》
 トールの口調は脳天気だが、彼らの何人かはここで死ぬだろう。なるべく被害を少なくして戦うしかない。
《ではいくぜ!》
 アーレスがグリフォンからケラウノス光線を発射した。それが最終決戦の開戦の合図となった。

 敵味方が入り乱れる中、おおよその対戦相手が決まる。グリフォン対ニーズホッグ、ペガサス対スコルとハティ、フェニックス対フレスヴェルグである。アスガルド空軍のスレイプニル隊はグリフォンに付いた。
 グリフォンは再びケラウノス光線を発射する。これまで激戦をくぐり抜けてきた武器だ。しかし、ニーズホッグは口から吐くブリザードブレスで光線を凍らせた。
「はあ!?」
 アーレスは目を疑った。実弾のような物理的なものを凍らせて無力化するのは分かる。しかし、今目の前では光線が凍り付いた。ありえない。
 そんなアーレスをよそに、ニーズホッグはブリザードブレスを発射し続ける。何とかかわしていると無数の丸い物体が取り囲んできた。
「こいつら……」
 その物体……ラタトスク・ボールは細い光線をグリフォンに浴びせてきた。グリフォンの装甲に当たると焦げ臭い煙が立ち上がる。
「一度に複数の物体を操るか…やるじゃねえか!」
 グールヴェイグのハッキングシステムであるラタトスクをネオフラカンシステムに組み込み、レーザー光線を発するボールを同時に操る。しかしアーレスも負けていない。囲まれたところを突破し、ボールに光線を次々と浴びせて破壊した。グリフォンのケラウノス光線は広範囲に攻撃できるので、小さい敵が多く出たときでも有効なのだ。
「相手が悪かったな」
 捨て台詞を吐いて再びニーズホッグに対峙する。しかし光線を凍らせる敵をどうやって倒したものか……。
 そこにスレイプニルが1機近づいてきた。トールだ。
《アーレス殿、無事か!》
《そちらはどうだ!?》
 10数以上のスレイプニルが、トール機を含め7機に減っている。開戦直後に瞬く間に撃墜されたのだ。
《やっかいな相手ですなあ》
《そうですな》
 アーレスはしれっと答えたが、内心焦り始めている。虎の子のケラウノス光線が防がれてしまうのではかなり不利だ。
「仕方ねえな……トール殿!」
 アーレスが叫んだ。
《部下の皆さんをこの空域から少し離してくれ。ちと危険な攻撃をしたいんでな》
 アーレスがコックピットのとあるボタンを押す。すると、グリフォンが光り始め、さらに次の瞬間、放たれた光線が形状を変え、周辺の空域を囲んだ。まるで光線状の多角形立方体の中に閉じ込められたようだ。
《何だこれは!?》
 冷静なヨルムンガンドが驚いている。それに応答するように、アーレスが無線で言った。
《お前らを倒すための最終兵器さ。ちなみに造ったのはお前らがよく知っている機械オタクだ》
 アーレスが不敵に笑った。