沖の上に、巨大な深紅の顔が浮かんでいる。その両側に巨大な手が並んで浮いていた。
《どう仕掛けてくるか……》
 アスガルド軍の兵器はあてにならない。ケルベロス、ヒュドラ、セイレーンだけで迎撃しなければならないのだ。
 突然、左腕が拳を突き出して突っ込んできた。加速すると炎が燃え出す。
《よけろ、アルテミス!》
 ポセイドンの声が聞こえるより先に、アルテミスはセイレーンの舵を切った。炎をまとった巨大な腕が、セイレーンの翼の先をかすめた。
《大丈夫か!?》
《ええ、何とか!》
 ホッとする間もなく今度は右手が突っ込んでくる。それもかわすと、両手が交互に襲いかかってきた。
《ちょっ……!!》
 逃げ惑うセイレーンは、まるで巨人に追われる蝿のようになっている。
《ポセイドン、アルテミスがやばいぞ!!》
《待て、今データを解析している……!!》
 モニターには「スルト」と出た。北欧神話では、ムスペルたちを率いる炎の巨人の親玉と言われる。
《炎をまとった巨人、スルトか》
 ポセイドンはヒュドラから氷の矢を吐いた。しかし、スルトの熱はすさまじく、届く前に蒸発してしまった。今度は、ケルベロスがブレードホイールと大砲の弾を発射した。しかし、これもまた届く前に蒸発してしまう。
《おいおい、聞いてないぜこんなの!!》
 ハーデスが悪態をつく。
《絶体絶命というやつか……》
 ポセイドンも平静を保っているが焦りを感じていた。
《……仕方ない、あれを使うか。ソール!!》
 ハーデスは、司令部にいるソールに通信を入れた。

《ソール、聞こえるか!?》
《こちらソール、ハーデス聞こえるぞ》
 いつになく神妙な面持ちをするソール。
《サンギルドファングボムを使う。パスワードを入力して解除してくれ》
《……分かった》
 そう言うとソールはモバイルを取り出し、文字を入力した。
《できた》
《恩に着るぜ。後は武運を祈っていてくれ》
 ハーデスは通信を切った。
「ソール、一体何のことだ?」
 ペルセウスがいぶかしげに聞く。
「もしものときを考えて、ケルベロスに強力は爆弾を装備させたんだ。そのロックを解除した」
「お前、他にもまた改造したのか……」
 呆れるペルセウス。
「ただ、3発しか装備できなかった。それに、あまりに威力が強いから、誤作動を起こさないようロックをかけていたんだ。ついでに言うと、ケルベロスは戦闘不能になる」
 その場にいた全員が言葉を失った。
「で、でも、そんな大きな爆弾を持っているように見えないけど……」
 イシュタムが心配そうに口を挟む。
「ハーデスがやることを見ていれば分かるさ。3発しか装備できなかった理由もな」
 ソールは全員にモニターを見るよう促した。

《アルテミス、ポセイドン! 俺の作戦を聞いてくれ!!》
 ハーデスの案はこうだ。セイレーンでスルトの各部を翻弄する。次にヒュドラのフル出力の氷で動きを止める。最後に、ケルベロスの特大爆弾でとどめを刺す。
《動きを止めると言っても、2、3秒が限界だぞ!?》
 スルトは装甲に高熱を宿している。ヒュドラの氷でもほんの少しの時間しかとめられないだろう。
《それでいい。頼んだぜ》
 通信を切ると作戦が開始された。
(標的は3体、弾は3発。1回も失敗できねえな)
 ハーデスは心の中でつぶやくと、モニターに目を向けた。