20世紀後半、世界は米ソ対立を中心とした冷戦状態にあった。資本主義代表のアメリカ、共産主義代表の旧ソ連がにらみあっていた時代だが、両国が武力衝突することはなかった。理由は、恐ろしい破壊力を持つ核兵器をお互いに突きつけていたからだ。
 もし片方が核ミサイルを発射したら、もう片方が報復のために核ミサイルを発射する――相互確証破壊(MAD)と呼ばれるこの関係があったからこそ、「これではお互いに核が使えない」となり、実際に火力を用いる熱戦ではなく、火力が使えない〝冷戦〟が続いたのだ。
 唯一の例外は1962年10月に発生した〝キューバ危機〟だった。全世界が核戦争に巻き込まれかねなかった出来事だが……これとほぼ同じ状態が、古代世界で起ころうとしていた。

「これ、ミサイルの材料だな」
 アルカディア軍の司令官室に招かれたソールは、しれっと言った。
 先ほどペルセウスたちから「ヴァナヘイムからニブルヘイムに怪しいものが運ばれている」と連絡を受け、やってきたのだ。ニブルヘイムは、北欧神話では極寒の地獄として語り継がれていく。後世において「地獄」として位置づけられるほど、これから起こる事態が緊迫していた。
 偵察機で撮った映像を解析し、ヴァナヘイムの船がニブルヘイムに何かを搬入していることが分かった。しかし、物が何なのかが分からなかったのだ。技術屋のソールなら分かるかもしれないと思い、声を掛けたのだ。
「四角いのが動力部で、似たようなのが2基ある。うち一つが小さいだろ。大きい方が途中まで打ち上げる下段のエンジンで、小さい方が目標に飛来する上段だ」
 さらに、発射台の部品と思わしき棒状のものも視認できた。
「でもさソール。部品だけ持ち込んでもどうにもならないよ?」
 アルテミスが首を傾げた。
「現地で造ればいいのさ。食材を持ち込んでパーティ会場の厨房で料理するようにな」
「そんな簡単にできるの?」
「普通は簡単にできない。でも、グールヴェイグが関わっていたら話は別だ」
 ヴクブ・カメーの顔が脳裏に浮かんだ。あの男ならネオフラカンシステムを総動員してやりかねない。実際は、ほかの3人の整備士が関わっているわけだが。
「じゃあ、ニブルヘイムでテュルフング・ミサイルが造られているってことだな?」
 アーレスの問いに
「ああ、まず間違いないだろう」
 と答えた。
 緊迫した空気が張り詰める。テュルフング・ミサイルの恐ろしさは、ここにいる皆が知っている。そして、そのミサイルを使ってアスガルドを狙うだろうことも察しはついた。
「グールヴェイグはどう出るかだな」
 ハーデスも口を挟んできた。2度戦った身としては動向が気になる。もっとも政治的な戦略が苦手な男なので、何か意図があってつぶやいたわけではないが。
 とりあえずニブルヘイムでミサイルが組み立てられていることをゼウスに報告することになった。その翌日、全軍にアスガルド警備の指令が下された。