フェニックスがハーピーを撃墜して半日後、アルカディアでは軍部の緊急会議が開かれていた。
自国の戦闘機が正体不明の機体に撃墜されたのだ。軍をはじめ政府の高官の間でも緊張が走っていた。ちなみにイカロスは生存していたが意識がまだ戻らず、事情を聞けないでいる。
「一体、何者なんだ」
「アポロンが秘密裏に戦闘機を開発していて、それが事を企てたということでしょうか」
戦闘機どころかアポロンが新しいエネルギーシステムを開発していたことなど、彼らは思いもよらなかった。
「どうしますか、ゼウス?」
声を向けられた男――ゼウスはつぶっていた眼を開いた。彼はギリシア神話の主神となる男である。大国アルカディアを統治する元首であり、軍の最高司令官でもある彼の判断は、同国の行き先を左右する。
大柄かつ骨格のよいあごが開いた。
「このまま捨てておくわけにはいかない。追っ手を出そう」
「誰が行きますか? 相手の素性がわからない故、危険もあります」
「俺が行く」
声の主は漆黒の髪をした細身の男だった。
「ハーデス」
「イカロスを撃墜するほどの相手だ。半端な力では勝てない」
「しかしアルカディア陸軍の司令官であるあなたが出張るほどでは……」
すると、ハーデスは髪と同じ黒い瞳を細めて答えた。のちにギリシア神話の地獄の神となる彼は、目をつむって返した。
「この眼で確かめる必要もある。アポロンが開発したなら、どういう料簡でその機体を造ったのかをな」
そう言い残し、会議室を後にした。
フェニックスは飛んだ。ひたすら飛び続けた。
「勢いで敵を落としてしまったけど……これからどうするかな」
ソールは、いたずらがばれて親に怒られることを予想する子供のような顔で呟いた。怒りに任せてハーピーを撃墜しアポロンたちの仇を討ったところまでは良かった。しかし、世界でも一、二の軍事力を争うアルカディアのことだ。絶対に追っ手を差し向けるだろう。
しかも、相手は世界最強の兵器を持っている。パイロットも歴戦の強者だ。こちらは新兵器であるが搭乗するパイロットはただの整備兵だ。
「こんなことならちゃんと操縦を習得しておくべきだったよ」
整備兵とは言え、ソールは一通りの操縦はできる。しかし空戦となると話は別だ。実際に生死を分かつような場面に身を投じたことがない。
「ペルセウスやアーレスがやってきたらどうしよう……」
自分が機械整備の分野で研鑽に励んだのと同時に、旧友2人は戦闘機乗りとして腕を磨いてきた。実力の差は歴然としている。絶対に勝てない。しかもあいつら、一切手加減しなさそうだしな……。
そんなことをつらつら考えていると突然、コックピット内に警報が鳴った。
「げ!」
燃料の残量がわずかだ。しかも、もうすぐ日没で太陽エネルギーも補給できない。
フェニックスは高度を下げ、どんどん下降していく。
「うわああ……」
燃料が切れたフェニックスはついに荒野に不時着した。
「……ってて」
ソールは目を覚ました。どうやら不時着したときの衝撃で気を失っていたらしい。
「ん?」
不審に思った。自分がなぜかベッドの上にいる。最後の記憶はフェニックスのコックピットにいたときのはず。
「あ、気がついたみたいね」
暗がりの中から鈴のようなきれいな声がした。ソールが目を細めて声のした方を凝視すると、髪を束ねた女性が椅子に座っていた。誰だろう?
「どこか痛いところはない? あなた、あの赤い戦闘機の中で気絶していたから助け出して介抱してあげたのよ」
女性は椅子から立ち上がって歩み寄ってきた。
「とりあえず助けてくれてありがとう。で、あんた何者だ?」
脳天気なソールだが、さすがに素性のわからない人間がいきなり近くにいると警戒するものだ。まして、今はアルカディアから追われている身である。
「私はアンドラって言うの。怪しい者じゃないから安心して」
自分で私は怪しい人と言うヤツもいないだろうが。
「あなた名前は?」
「…俺はソール。いろいろ聴きたいことがあるんだけど……ここはどこだ?」
「戦艦の救護室よ」
「戦艦?」
「北欧のゲリラ組織、グールヴェイグのね」
アンドラは起き上がったソールを戦艦の中を案内してくれた。部屋を出ると石で作られた頑強そうな艦内が目に留まる。
「立派な戦艦でしょう? 私も初めて見たときはびっくりしたわ」
「そうだね」
あたりさわりのない返答をするソール。しかし、まだアンドラに対しての警戒心は解いていない。
洞察力を駆使して目の前の女性を観察した。
なぜ、この人は自分を助けたのか? 実はアルカディアの追っ手で無害なふりを装って近づいたのか?
しかし、それにしては隙だらけだ。現に、自分の前を丸腰のまま歩いている。ソールがその気になれば、彼女を後ろから押し倒して絞殺することもできるだろう。
では、本当にゲリラ組織のクルーなのか? ただ、北欧出身にしては顔立ちが違う気がする。むしろ南ヨーロッパ系の顔だ。
そんなことを考えているうちに大きなドアの前に着いた。アンドラが手をかざすとシュッと音を立てて開いた。
「ロキ、客人がお目覚めよ」
自国の戦闘機が正体不明の機体に撃墜されたのだ。軍をはじめ政府の高官の間でも緊張が走っていた。ちなみにイカロスは生存していたが意識がまだ戻らず、事情を聞けないでいる。
「一体、何者なんだ」
「アポロンが秘密裏に戦闘機を開発していて、それが事を企てたということでしょうか」
戦闘機どころかアポロンが新しいエネルギーシステムを開発していたことなど、彼らは思いもよらなかった。
「どうしますか、ゼウス?」
声を向けられた男――ゼウスはつぶっていた眼を開いた。彼はギリシア神話の主神となる男である。大国アルカディアを統治する元首であり、軍の最高司令官でもある彼の判断は、同国の行き先を左右する。
大柄かつ骨格のよいあごが開いた。
「このまま捨てておくわけにはいかない。追っ手を出そう」
「誰が行きますか? 相手の素性がわからない故、危険もあります」
「俺が行く」
声の主は漆黒の髪をした細身の男だった。
「ハーデス」
「イカロスを撃墜するほどの相手だ。半端な力では勝てない」
「しかしアルカディア陸軍の司令官であるあなたが出張るほどでは……」
すると、ハーデスは髪と同じ黒い瞳を細めて答えた。のちにギリシア神話の地獄の神となる彼は、目をつむって返した。
「この眼で確かめる必要もある。アポロンが開発したなら、どういう料簡でその機体を造ったのかをな」
そう言い残し、会議室を後にした。
フェニックスは飛んだ。ひたすら飛び続けた。
「勢いで敵を落としてしまったけど……これからどうするかな」
ソールは、いたずらがばれて親に怒られることを予想する子供のような顔で呟いた。怒りに任せてハーピーを撃墜しアポロンたちの仇を討ったところまでは良かった。しかし、世界でも一、二の軍事力を争うアルカディアのことだ。絶対に追っ手を差し向けるだろう。
しかも、相手は世界最強の兵器を持っている。パイロットも歴戦の強者だ。こちらは新兵器であるが搭乗するパイロットはただの整備兵だ。
「こんなことならちゃんと操縦を習得しておくべきだったよ」
整備兵とは言え、ソールは一通りの操縦はできる。しかし空戦となると話は別だ。実際に生死を分かつような場面に身を投じたことがない。
「ペルセウスやアーレスがやってきたらどうしよう……」
自分が機械整備の分野で研鑽に励んだのと同時に、旧友2人は戦闘機乗りとして腕を磨いてきた。実力の差は歴然としている。絶対に勝てない。しかもあいつら、一切手加減しなさそうだしな……。
そんなことをつらつら考えていると突然、コックピット内に警報が鳴った。
「げ!」
燃料の残量がわずかだ。しかも、もうすぐ日没で太陽エネルギーも補給できない。
フェニックスは高度を下げ、どんどん下降していく。
「うわああ……」
燃料が切れたフェニックスはついに荒野に不時着した。
「……ってて」
ソールは目を覚ました。どうやら不時着したときの衝撃で気を失っていたらしい。
「ん?」
不審に思った。自分がなぜかベッドの上にいる。最後の記憶はフェニックスのコックピットにいたときのはず。
「あ、気がついたみたいね」
暗がりの中から鈴のようなきれいな声がした。ソールが目を細めて声のした方を凝視すると、髪を束ねた女性が椅子に座っていた。誰だろう?
「どこか痛いところはない? あなた、あの赤い戦闘機の中で気絶していたから助け出して介抱してあげたのよ」
女性は椅子から立ち上がって歩み寄ってきた。
「とりあえず助けてくれてありがとう。で、あんた何者だ?」
脳天気なソールだが、さすがに素性のわからない人間がいきなり近くにいると警戒するものだ。まして、今はアルカディアから追われている身である。
「私はアンドラって言うの。怪しい者じゃないから安心して」
自分で私は怪しい人と言うヤツもいないだろうが。
「あなた名前は?」
「…俺はソール。いろいろ聴きたいことがあるんだけど……ここはどこだ?」
「戦艦の救護室よ」
「戦艦?」
「北欧のゲリラ組織、グールヴェイグのね」
アンドラは起き上がったソールを戦艦の中を案内してくれた。部屋を出ると石で作られた頑強そうな艦内が目に留まる。
「立派な戦艦でしょう? 私も初めて見たときはびっくりしたわ」
「そうだね」
あたりさわりのない返答をするソール。しかし、まだアンドラに対しての警戒心は解いていない。
洞察力を駆使して目の前の女性を観察した。
なぜ、この人は自分を助けたのか? 実はアルカディアの追っ手で無害なふりを装って近づいたのか?
しかし、それにしては隙だらけだ。現に、自分の前を丸腰のまま歩いている。ソールがその気になれば、彼女を後ろから押し倒して絞殺することもできるだろう。
では、本当にゲリラ組織のクルーなのか? ただ、北欧出身にしては顔立ちが違う気がする。むしろ南ヨーロッパ系の顔だ。
そんなことを考えているうちに大きなドアの前に着いた。アンドラが手をかざすとシュッと音を立てて開いた。
「ロキ、客人がお目覚めよ」