「……う」
 ロキは目を覚ました。
 意識と記憶が混濁しているが、崖から車で飛び降りたことを思い出す。
「ってて、今何時だ?」
 時計は午後7時を指していた。もう船は出てしまっている。
「くそっ!!」
 ハンドルに拳をたたきつけた。もう少しで脱出できたのに……。
「……ん」
 隣にいたグールヴェイグも目を覚ました」
「グールヴェイグ、大丈夫か?」
 腹部から血が流れている。明らかに銃創だった。先ほどのマシンガンにやられていたのだ。追走劇から3時間はたっているから、その間、血が流れ続けていたはずだ。
「まずい……」
 輸血しないといけないかもしれない。とりあえず傷口に包帯を巻いた。しかし血が止まらない。
「はあ、はあ……」
 グールヴェイグは苦しそうにあえいでいる。汗の量もすごい。額に手を当てると熱も出てきたようだ。
「ロキ……」
「グールヴェイグ、しゃべらないで」
「ごめんね、ロキ」
 目を潤ませて言った。大粒の涙がこぼれる。
「こんなことに巻き込んでしまって……」
「いいから、もういいから」
 血は相変わらず止まらない。
「これ、受け取って……」
 グールヴェイグはロキに何かを渡した。それはパピルス・メモリーだった。
「この中に……設計中の……兵器が書いてあるから……アスガルドにわたさ…ないで」
「分かった、俺が持っておくから」
「ありがとう……」
 かすかに微笑んだ後、グールヴェイグは最後の力を振り絞ってロキに抱きつき、唇を重ねた。
「愛してる……」
「俺もだよ、グールヴェイグ」
 それが彼女との最後の会話だった。
「グールヴェイグ…? グールヴェイグ!?」
 脈はもう動いていない。ふくよかな胸をさわっても、心臓の鼓動はもう聞こえなかった。
「うわああああ!!」
 ロキは泣き叫んだ。そしてこの瞬間から彼は、恋人の仇を討つための復讐鬼に変貌したのだった。
「……アスガルドめ、許さん!!」
 車を降りたロキは、近くに咲いていた花をグールヴェイグの遺体に手向けた。そして、タンクに残っていたガイアの血に着火して車を燃やし、恋人を火葬したのだった。


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「………」
 ペルセウスは言葉を失っていた。今ソールが話したことが事実であれば、アスガルドの闇は相当根深いものだ。
「ロキが殺された恋人の名前をゲリラ組織に付けたのは復讐を宣言しているからなんだろうよ」
 また、ソールが予測するにはその時、グールヴェイグから渡されたメモリーの中に、アスガルドにはない兵器の設計図があったはずだ。それがニーズホッグ、スコル、ハティ、フレスヴェルグだったのだろう。
「テュルフングがからんでいるとなると、ただの復讐劇じゃすまないぜ。北欧、いや世界を巻き込んだ戦いになるだろうな」
「ソール、どうすればいい?」
 ペルセウスは聞いた。
「とりあえずグールヴェイグの動向に注意した方がいい。近いうちに何か仕掛けてくるはずだ。ゼウスの親父はほっとけばいい、アーレスとか軍の中で共有しておいてくれ」

 この後……世界が破滅の危機に向かって走り出すことになるとは、誰も予測していなかった。