さらに調べるとこんなことが分かってきた。
 今、アスガルドはヴァナヘイムという国と対立している。お互いにテュルフング・ミサイルを保有しているがために攻撃できないという。
 20世紀の冷戦下、核兵器を保持する国同士は、片方の国が核兵器で攻撃したら相手も同様の報復攻撃をするシステムができあがっていた。MAD(相互確証破壊)と呼ばれるこの関係は、核抑止力による平和につながるとも言われた。
 そのMADが、アスガルドとヴァナヘイムで働いているのだ。
「どういうことなの?」
 イシュタムが首をかしげたので、ソールなりに別の例えを話した。
 相手に確実に命中し、かつ肉体を消滅させる飛び道具があるとする。それを持っていれば自分は攻撃されない。しかし、敵対する人間が同じ武器を持ったらどうだ? それは自分が発射したら敵のものも同時に、しかも確実に発射される。そうなると、お互いに破壊されることが確証されるので、攻撃できないということだ。
お互いに脅し合っているかりそめの平和か……皮肉交じりにソールはつぶやいた。アポロンだったらどう考えるだろう? 技術は善でも悪でもない、使う人間が善にも悪にもすると教えられた。しかし、今回のテュルフング・エネルギーは破壊力が大きすぎるため、善悪を超越している気がする。
「で、どうしようソール? ここまで分かったけど、決定打には欠けるわよ」
 そうなのだ。北欧の現代史やテュルフング・ミサイルについては一通り知ったのだが、肝心のグールヴェイグとアスガルドの関係が分からない。ロキがグールヴェイグとどういう関係にあるかもだ。
「あの連中の記憶をのぞければなあ……」
 ソールがそうぼやいたとき、あるアイデアがひらめいた。

「ねえ、やっぱりやめようよ……」
 イシュタムが引きとめるが、ソールはかまわず狙いを定めた。
 あの後すぐアスガルドに向けて小型機を飛ばし、ワルハラ宮殿の木のかげに隠れてオーディンを待っているという状況だ。ペルセウスたちには「イシュタムと旅行デート」と言ってごまかした。
 もくろんでいるのは、オーディンを気絶させた隙にカウィール・シナプスを応用して記憶を盗もうとするものだ。この技術は脳内の発火現象を操り、脳にしまい込んだ記憶を引っ張り出したり働きを偏らせたりするものだが、端末を他人の頭につないで自分の脳に記憶をコピーできるのではないかと考えたのだ。
「そんなのやったことないよ……」
 イシュタムはケツァルコアトルに組み込むために開発したが、まさかこんな使われ方をするとは夢にも思わなかっただろう。
 そもそも他人の記憶を盗むなんて、倫理的にどうなの? と聞いたが、当のソールは
「ことがことだから今回は目をつぶれ」
 などとしれっとしている。
「来た」
 オーディンが下を通った瞬間、ソールは飛び降りてガン! と頭を殴り、気絶させた。
「ほ、本当にやっちゃった……」
一国の元首を不意打ちで気絶させるなんて……と呆然とするイシュタムをよそに、ソールはカウィール・シナプスの装置を準備し、手慣れた様子でオーディンの頭に付けた。
 逆の端末は自分の頭に付ける。スイッチを入れて電流を流した。
「……できた」
 記憶を盗めたらしい。
「もう行こうよ。誰かに見つかったら……」
 イシュタムの言葉をよそに、倒れているオーディンをにらみつけた。
「…この男、最悪だ」
 そう吐き捨て、去って行った。

「お前、そのこと誰かに言ったか?」
 ペルセウスは顔面蒼白でソールをにらみつけた。
「いや、知っているのはイシュタムだけだ」
「絶対に他言するなよ。殺されるぞ」
 オーディンを襲って記憶を盗んだことをペルセウスに話した。
(この男、本当にやりやがった……)
 ペルセウスの顔が引きつっていたのは育児の疲れではない。これがもし公にばれたら国際問題だ。処刑されてもおかしくはない。
 そんなことは気にもとめずソールは続けた。
「オーディンの記憶をもとに話をしてやる。とんでもないことが分かったぜ」

 ロキとグールヴェイグ――北欧神話随一の悪神と、神々をたぶらかした女巨人として語り継がれていく2人の間に、何があったのか……?