(アスガルドのやつら、絶対何か隠している……)
 ソールはそう感じた。
 グールヴェイグとの一戦から1週間。アルカディアの面々は、アスガルドの訪問を終えていったん帰国した。
 ゼウスにはアーレスから報告があったようだが、特に興味を持たなかったようで何も言わなかった。かつてソールと共にアルカディアを襲撃した連中なのに、ソールをしつこく目の敵にするのとは対照的だ。
 ところが、アスガルドの首脳部はグールヴェイグのことを話しただけで顔色が変わった。推理ドラマであれば主人公が何かを勘づくようなレベルだ。
「どうにかして探りを入れないとな……」
 そのことを、研究室を訪ねてきたペルセウスに言った。
「あのなソール、国家首脳部に詰め寄って自白させるなんてできるわけがないだろう」
 眠い目をこすりながら、ペルセウスは反論した。どうやら昨夜は赤ん坊がなかなか寝付かず、ほぼ徹夜だったようだ。
「そもそも正規の軍人の俺に話したところで、本来なら拘束ものだぞ」
 やるなら勝手にしろ、と言って去って行った。
「どうするの? ソール」
 イシュタムが心配そうに尋ねた。もともと気の弱い彼女はこのようなきな臭いことが苦手なようだ。
「別に好きにするさ。まずはアスガルドの歴史を探ってみないとな」
 なぜか目がらんらんと光るソール。こちらはきな臭いことは慣れている。

 ソールは図書館に行って歴史の本を調べた。アルカディアの中央図書館では、自国だけでなく世界中の蔵書が読める。ソールとイシュタムは、世界史の棚に行って一番読みやすそうな図鑑から取り出して読み始めた。
 いくつか読んでみると、次のようなことが分かった。
 北欧圏には数カ国があり、盟主とも言えるのがアスガルドだった。20年近く前まで、北欧は群雄割拠とも言える殺伐とした状態だったが、アスガルドのある行為がそれに終止符を打ったのだ。それは、ホウズとゲイボルクという強力な爆弾により、アールヴヘイムとスヴァルトアールヴヘイムという国が滅ぼされた事件だ。ホウズ、ゲイボルクは北欧神話の武器、二つの国は神話上の妖精の国と語られていくことになる。
 その爆弾は――テュルフング鉱石を使っていたのだ。まるで、広島と長崎を壊滅させた原子爆弾を彷彿とさせる。
「で、両国合わせて70万人の死者が出たと」
 現在でも行方不明扱いの者がいるらしく、実際の死者数はもっと多いだろう。
「現在でもテュルフング・ミサイルは開発が続けられ、現在はホウズやゲイボルクとは比べものにならない威力になってしまったとな」
 それこそがアスガルドの所有するテュルフング・ミサイル――バルムンクだ。北欧の伝説の剣となっていくこの兵器は、旧式のミサイルの数千倍の破壊力があるらしい。さらに通常の弾道ミサイルであるグングニル、上空から落とす爆撃弾であるミョルニールを占有し、北欧随一の軍事力を持つようになった。
「どうりでな」
「何が?」
 イシュタムが尋ねる。
「スレイプニルのような量産型の戦闘機だけで、北欧一の国になっているのが不思議だったけど、これで謎が解けた」
 一撃必殺の殲滅力を保持しているなら、他国が手出しできないわけだ。
 そんなことを言いながら資料を眺めていると、イシュタムの手が止まった。
「ソール、これ!」
 イシュタムが指した資料には、ある女性の写真があった。30代くらいだろう。長い髪のきれいな女性だったが、どうやら科学者のようだ。
「名前見て」
 ソールはハッとした。そこに書かれていた名前は……
「グールヴェイグ!?」
 ロキが率いるゲリラ部隊と同じ名前だ。
「しかも彼女の専門……テュルフング・エネルギーよ」
「おいおいマジかよ」
テュルフングにグールヴェイグが重なった……こりゃとんでもないことに首を突っ込もうとしているな。
 ソールとイシュタムは立ち上がり、図書館を後にした。