「ちっ、情けない! こんなところで死ぬわけにはいかないのに……!」
 落ちていくコックピットの中で、ソールは手当たり次第にボタンを押した。フェニックスに乗り始めたハーピー戦で似たようなピンチがあった。そのときは赤いボタンを押して自己修復機能を作動させて助かった。が、今はそれもできない。
 すると視界に朝日が入った。
「夜明けか」
 太陽の光を浴びながら死ぬのも悪くはないかと思った矢先――フェニックス全体が光り始めた。
「何だ!?」
 光はどんどん強くなっていく。そして朝日が完全に昇り切るとフェニックスの光はさらに強くなり、エネルギーゲージが一気に満タンになった。ガイアの血を入れるタンクが剥落し、空中で爆発した。
「これはいったい……」
 ソールはハッと我にかえり、地上に激突しそうなところで操縦桿を急上昇させた。
「助かった……」
 しかしこれはいったいどういうことだ。サンギルドシステムの次の進化形態なのか!?
(アポロン、あんたはどれだけ俺を驚かせるんだよ……)
 呆れている場合でもない。あの危険なグールヴェイグを叩きつぶさねば。操縦桿を引いてフェニックスを上昇させ、敵戦艦に向かって突進した。
《ずいぶんやってくれたな、覚悟しろ!!》
 テイルブレードショットが分散し、戦艦を包囲したと思ったら一気に突撃した。
「こりゃすごい!」
 グールヴェイグにできた弾痕を見ると、鋭利な刃物で切り裂いたようになっている。以前の攻撃より威力が格段に上がっていた。
 さらにソールは、フェニックスのくちばしからエネルギーレーザーを発射した。グリフォンのものには劣るが、それでも敵機を貫通するには十分な威力で、グールヴェイグの後方に命中した。
 しかもエネルギー残量は減っていない。無限だ。
《ソール!!》
《アーレス!!》
 グリフォン、セイレーン、ケルベロスが到着した。グリフォンは足で抱えていたケルベロスを地上に放つと、早速ケラウノス光線で攻撃を開始した。
 ケルベロスは、地上からグールヴェイグに向かって砲弾を発射し、セイレーンは敵戦艦を取り巻いて攪乱した。

「…おかしい」
 戦況は有利なのにソールは焦り始めていた。グールヴェイグに動揺の様子がないのである。敵機に囲まれて絶体絶命なのに。
「ロキのやつ、何企んでいる…」
 どうせろくでもないことだろうと味方に無線で注意を促そうとしたとき、グールヴェイグから3機の戦闘機が飛び出した。
「3機?」
 1機はニーズホッグ、2機目はフェンリルが搭乗しているだろう黒い狼、そして3機目は白い狼だ。
 ニーズホッグのブリザードブレスは攻撃範囲、威力ともに強くなっていた。荒野にあたると凍土並みに凍り付いた。
 黒い狼――機体を識別するとスコルと出たが、突進してきて牙でかみつこうとした。左翼をちぎられたが、自己修復で持ち直した。
 そして白い狼――ハティは、スコルと同じような俊敏な動きでアルカディア軍を翻弄している。この2機は、北欧神話で太陽と月を飲み込む狼である。
(この白いやつ、変だぞ。人間の動きらしくない)
 脳裏にヴブク・カメーの顔が浮かんだ。おそらくネオフラカンシステムを組み込んで自動操縦しているのだろう。
 こいつらここで叩きつぶさないと……ソールはフェニックスの操縦桿を握りレーザーとテイルブレードショットを放った。何だか嫌な予感がする……。
《ソール、あれ見て!!》
 アルテミスから通信が入った。その方向を見ると、グールヴェイグ戦艦が光り始めた。
「やっぱりな…何でこういう予感は当たるんだよ!!」
 すると、グールヴェイグの外壁が剥落していき、中から巨大な翼が現れた。さらに自ら卵の殻を破るように、くちばしで機体を崩し、中から現れたのは……鳥の形をした戦闘機だった。
「なんだって!?」
 まさかグールヴェイグそのものが巨大な戦闘機だったとは……。
 その戦闘機は体勢を整えるや否や、アルカディア部隊に向かって突進してきた。そしてくちばしから吹雪と炎のようなものを同時に吐き出した。
「はあ!?」
 全員が面食らった。これまで冷気系と火炎系のどちらかで攻撃する機体はいたが、同時にできるのは初めてだ。ほんの数秒しか視認できなかったが、どうやら空気を極限まで凍りつかせたり、灼熱の熱量を与えて攻撃するようだ。
《避けろ!!》
 アーレスの叫び声でどうにかかわしたが、当たった地面が激しくえぐれた。
「おいおい、あんなの食らったらひとたまりもないぜ」
 グールヴェイグ部隊は次々に攻撃を仕掛けてくる。このままではアルカディア部隊といえども危うい。
「アーレス、何とかならないのかよ!!」
《お前にそっくり返すぜ、その台詞!!》
 アーレスもアルテミスもハーデスも正規の軍人だ。正攻法では世界最強と言ってもよい。しかし、今の敵は奇襲などゲリラ的な戦いをする。不慣れであった。
 こういう場合は整備兵あがりのソールの方が強い。これまでも、フェニックスの性能を生かした戦法で戦いを制してきた。が、相手はうさんくささにおいてはソールをはるかに上回る。黄信号だ。
 そうこうしているうちに、ケルベロスが足に被弾した。
「ハーデス!!」
 上空から見ても分かる被害だ。
「まずいぞ、囲まれた!!」
 空域では敵4機に包囲された。集中砲火してくる気か!?
《ソール》
 からかうような声で通信を入れてきたのはロキだ。
《このフレスヴェルグは君らの機体をはるかに上回っている。悪いことは言わない、俺たちにつけよ》
「ろくでもない考えに乗る気はないね」
《ろくでもないのはアスガルドだ。個人からも国からも大切なものを奪ったんだ》
「あ?」
 通信のやりとりをしている間、敵機はぐるぐる回っているだけで何もしてこない。しばらくすると三々五々、散っていった。
「な、何なんだいったい!?」
 助かったという安堵の気持ちと、何を企んでいるか分からない気味の悪さが残った。