アスガルドへの団体は大所帯だった。ゼウスを筆頭に取り巻きの大臣、そして軍の首脳部。この中にソールが交じるのは妙な光景だった。政府専用の航空機と、ペガサス、グリフォン、ケルベロス、セイレーン、フェニックスを載せた輸送機がアスガルドに到着したのは昼過ぎである。
「ようこそ皆様、お待ちしておりました」
 アスガルド側も大勢で出迎えてきた。先頭の背の高い男が元首だろうか?
「オーディン閣下、歓迎いたみいります」
「ゼウス閣下もお変わりなく」
 社交辞令とも言える挨拶が交わされた。オーディンとは北欧神話の最高神であり、神々の父とも言うべき存在だ。
 その後は会食になった。そばには大柄な男や美男子とも言える男、女性も数人いる。政府の高官や軍人たちはそれぞれ歓談を楽しんだ。が、ソールはというと食事をしながらこっくりこっくりと船をこいでいた。
「おい、ソール」
 小声でペルセウスがたしなめる。
「あ? 何?」
「お前も客人として呼ばれているんだから、少しは場の空気を読め」
「ここでの話って眠くなることばかりじゃないか」
 歓談の内容は政治経済や世界情勢、それに基づく各国のパワーバランスなど政治面の新聞記者がいたら垂涎ものばかりだ。しかし、技術屋のソールからすれば子守歌に等しい。この男は、自分が興味のある科学技術のことに関しては目を光らせるが、それ以外で興味のないことはどこまでも興味を示さない。
「まあ、ここのメシってボリュームあるからそれはそれでいいけど」
「お前な…」
 ペルセウスは額に指を当てて顔をしかめた。そもそもこの男に「空気を読め」ということが無理な話なのだろう。
「君がソール君かね」
 ソールの前に大柄な男が立った。いかめしい強面だったが笑顔は愛嬌がある。後で聞いたところによると多くの国民からも慕われている男だ。
「私はアスガルドのトールという者だ。君がサンギルドシステムを開発したと聞いているが……」
 トールは顔をほころばせながら言った。トールは北欧神話の雷神で、オーディンについで有名である。
「開発したのは俺じゃないっスよ」
 ソールはアポロンのことを正直に話した。ついでにゼウスの命令でアレクサンドリアがめちゃくちゃになったこと、自身も散々な目に遭ったこと……。
「普通、こういう場では自国の元首を悪く言わないものだけどな……」と苦笑するトール。
「すいません、あいにく大人の社交辞令というのが苦手な若造なんでね」
 遠くにいるゼウスをちらっと見やり、皮肉交じりに答えた。
「あの親父も俺がサンギルドシステムを使えなければとっとと死刑にしていたでしょうね」
「そのサンギルドシステムだがぜひ見せてほしい」
 トールは新しい技術に興味津々のようだ。
「我がアスガルドはテュルフングの力の恩恵を受けている。インフラのエネルギー、軍事力などでだ。しかし危険な一面もあり、他のエネルギーも確保した方がいいという声が各方面から寄せられているのだ」
 トールが言うには、地下資源であるテュルフング鉱石の採掘量は限界がある。ガイアの血を採掘しようにも北欧には油田があまりない。そのため新しいエネルギー開発は喫緊の課題なのだ。
「いいですよ。明日の軍事演習でフェニックスの機能を見せますよ」

 翌日の合同軍事演習は、アスガルド郊外で行われた。中心にある華やかなワルハラ宮殿とは違い殺風景なところだ。
アルカディアは輸送してきた四機の戦闘機を飛ばした。一方、アスガルドはスレイプニルという戦闘機を20機ほど使っている。スレイプニルは北欧神話に登場する馬で、主にオーディンが乗る馬として有名である。精鋭機揃いのアルカディアに対し、アスガルドは量産型の戦闘機だ。機能面では雲泥の差がある。
午前は双方の戦闘機での模擬戦が行われ、午後はトールの願いもあってフェニックスとスレイプニルで、一騎討ちの模擬戦となった。
《トールさん、それじゃ約束通りいきますよ》
《おう》
 トールはスレイプニルに乗り込み、フェニックスと対峙した。そして打ち合わせ通りフェニックスの左翼にミサイルを一発当てた。
 轟音が虚空に響いたが、間もなく被弾したフェニックスの左翼が光りはじめあっという間に修復した。
《これは素晴らしい!》
 トールはうなった。他のアスガルドのメンバーも地上から拍手を送っている。
「こんな技術を手に入れるとは、ゼウス閣下やりましたな」
「どうもありがとうございます」
 オーディンの賛辞をゼウスは無感情に受け取った。確かにサンギルドシステムは素晴らしいが、それを使うのがあのソールというのが忌々しいというところだろう。さらにもっと気にくわないのはこの技術が使えるのは、今のところソールだけということ。アポロンから直接教えられたのはあの男だけなのだから……。
《いやあ、いいものを見せてもらった。ソール君、ありがとう》
《どういたまして》
 ところが……そろそろ着陸しようとフェニックスが高度を下げ始めた瞬間、三時方向の森から何かが飛んできた。
「うわっ!」
 かわしきれずに尾に着弾した。それを見ると……
「凍っている!?」
 しかもこの凍り方は見覚えがある。
《久しぶりだな》
 森から現れたのは――ニーズホッグだ!
《ヨルムンガンド!!》
 声で分かった。が、再会を喜んでいる場合ではない。明らかに攻撃を仕掛けてきた。
《何のまねだ!!》
 ソールにしては珍しく声を荒げた。すると、今度は九時の方向から何かが飛んできた。今度はかわしたがフェニックスの腹部に傷を負った。
「お、狼!?」
 ニーズホッグより一回り小さいが飛行する狼型の機体だった。そして、そこから聞こえてきた聞き覚えのある声に、ソールは愕然とした。
《お前の力が必要なんでな。ご足労悪いが来てもらうぜ》
「フェンリルか!」
 かつての戦友の声に戦慄した。と同時に、狼とニーズホッグの攻撃に追い立てられ、フェニックスは西の空へ消えていった。
 残された面々は呆然としている。
「……さっきの竜って、以前ソールたちの仲間だったよね」とアルテミスが独り言のようにつぶやいた。