1週間後。ソールたちは再びラブラドル海域にいた。バハムートにはミサイルのほか、水圧砲を取り付けている。かつてケートスに装備したものと同じだ。リヴァイアサンのシールドは海流の改変機能を応用させ、水中に渦を作って物理攻撃を防ぐものだから、その海流を凌ぐ水圧を発生させて防御シールドをこじあけられるはずだ。
 再びリヴァイアサンと対峙するバハムート。ミサイルと共に水圧砲も発射した。その水の圧力がシールドを破り、ミサイルがリヴァイアサンに届いたのが見えた。が、轟音が響いたのにリヴァイアサンはさしてダメージを受けていない。
「はあ? どういうことだよ!!」
 再びリヴァイアサンはソールを嘲笑うかのように通り過ぎていった。

 翌日。ソールは研究室にこもっていた。1度目は仕方ない。しかし、2度も迎撃に失敗するなど予想外だった。
「どうすればいいか…」
 珍しく頭を抱える。その脳裏にフン・カメーの嘲笑が浮かんだ。だまし討ちに遭い、軟禁された忌まわしい記憶がよみがえる。ああ、本当に忌々しい! あの野郎…!!
「ソール、ちょっといい?」
 イシュタムが部屋に入ってきた。
「あまり一人で抱え込むのは良くないわ。私も一緒に考えるから」
「ありがとう。でもなあ、海流とか専門外のことを付け焼き刃で学んでも限界があるよ。どうやったらリヴァイアサンを攻略できるんだ…」
「ねえ、こういう時は外に出てみようよ。ふとひらめくことがあるかもしれないし」
 イシュタムの提案に従い、外に出てみることにした。
 商店街を歩くと、アルカディアの日常はいたって平和である。時折、海産物の高騰を嘆く声が聞こえてくるが、切羽詰まっているほどではない。
 しかし、今は海産物の値上げで済んでいるだけで、海流の改変がどのような影響をもたらすか想像はできない。海水は雲になり、やがて雨となって落ちてくる。その水の循環システムをいじれば、集中豪雨や干ばつなどが起こるだろう。現に、局地的ではあるが集中豪雨が起きている地域もあり、影響が出始めているのだ。
「ソール?」
「んあ?」
 イシュタムに呼ばれ、すっとんきょうな声を出す。
「大丈夫? 口を半開きにして…」
 そんな間抜けな表情をしていたのか。
「ああ、大丈夫大丈夫…」と言うものの、頭の中はリヴァイアサンのことでいっぱいだった。これでは気分転換にはならない。
「ねえ、いっそ水族館に行ってみない?」
「水族館?」
「海の生き物の生態を見てみれば、攻略法が見つかるかも」
 それだ! 海のことは海の専門に教えてもらえばいい。早速、行ってみることにした。

 リヴァイアサンは海蛇の形をしている。そこで、海蛇をはじめとした細長い生き物を観察した。基本的にくねくね動くだけだが、ここに海流を変える力が発動する。
「なかなか弱点が見えてこないなあ……」
 彼ら生き物を見ると、横からの攻撃には弱そうだった。そこを付けばなんとかなりそうな気もするが、海流のシールドで弾かれるだろう。
「あ、ソール。蛸さんと烏賊さんもいるよ」
 イシュタムが無邪気に指さす。彼らは8本、10本の脚で水中を進んでいく。脚を曲げて力を蓄え、ひゅっと蹴るようにして推進力を生み出すのだ。そしてまた脚を曲げ、蹴って進む――その繰り返しだ。
「……」
 ソールの脳裏にクラーケンのことが浮かんだ。なぜ、リヴァイアサンは烏賊の形態になって深海に潜るのだろう? そして、今見た烏賊の動き――。
 突然、ソールはベンチに座って帳面を取り出し、なにやらメモをし始めた。それを見てイシュタムは「ひらめいたんだ」と悟った。

 数日後。3度目の正直ということで、またまたラブラドル海盆にやってきた。
「今度はうまくいくといいね」とイシュタムがやや不安げにつぶやく。それに対してソールは「今度は大丈夫だ」と言った。自信に満ちた表情は、成功を確信させるものだった。
 早速、レーダーに未確認物体の反応があった。
「来た」
 ソールはバハムートを発進させた。しかし、今度はリヴァイアサンに向かっていくのではなく、海流が深海に潜るポイントに向けている。
「どうして?」とイシュタムは不思議そうに見ている。やがてリヴァイアサンがやってきた。深海に潜るために尾を10本に分けつさせ、先頭を下に向けた。10本の尾――つまり烏賊の脚が上に向けられ、曲がったその瞬間――
「ミサイル発射!!」
 ソールがボタンを押すとバハムートが魚雷を発射した。また海流のシールドに阻まれる――と思いきや、魚雷全てが命中した。激しい音とともに、リヴァイアサンがバランスを崩す。
「よし!」
 さらにソールはバハムートを突進させた。魚の口の部分には赤く光るものが見える。バハムートはリヴァイアサンに近づくと、口から槍のようなものを発射し、リヴァイアサンの腹に突き刺した。
「エネルギー充填、爆破!!」
 ソールがレバーをぐいっと押すと、バハムートの後部からエネルギーが送り込まれた。そして、それはリヴァイアサンの内部に注ぎ込まれ――2つの物体は大爆発を起こした。
 その熱量と炎は北極近くの氷を一瞬で溶かし、暗い夜空を赤く染めた。
「い、一体何がどうしたの?」
「リヴァイアサンも無敵じゃなかったってことさ」
 海蛇の形状では隙がなかった。しかし、烏賊の形態で深海に潜る時に脚が曲げられる。この時は動きが止まり、ほぼ無防備になる。そこにミサイルを打ち込んだのだ。さらに、それだけでは仕留められないと考えて、バハムートにエネルギー注入型爆弾を配備し、突進させたということだ。
「バハムートには悪いことをしたけど、これで任務は済んだ」
 ソールはそう言うと、持っていたバハムートの設計データとリヴァイアサンを調べたデータを、その炎に向かって投げ入れた。
「いいの、ソール? せっかく開発された技術なのに…」
「ああ、今はこれでいいんだ」
 ジオエンジニアリングの技術はいずれまた発見され、開発されるかもしれない。しかし、その前に人間の技術への倫理観が育っているように――。
 そう祈りながら投げ入れたのだった。