―キニチ!
(まただ、またあの夢だ!)
 ソールの脳裏に先ほどの夢の続きが浮かんだ。寝ていないのに見るなんて白昼夢か!?
―ヘリオス。その子は?
―私の親友の遺児だ。一緒に面倒をみてやってくれ、アポロン。

(まさか、俺の頭の奥にある記憶か!?)
 だとしたらイシュタムの研究は画期的なものだ。
(自分の記憶に驚いている場合じゃない、何とかしないと!!)
 今度は別の映像が脳裏に浮かんだ。
(これは・・・?)

―40歳で出産? そんなことしたら大変よ。堕ろした方がいいんじゃない?

―ほらやっぱり、生まれてきた子は手がかかる。だから堕ろせっていったのに。

―わけのわからないこと言う子ね。変な子。

 自分ではない、別の人間の記憶・・・それも女の子だ。
「イシュタムか」
 そう直感した。この前彼女から聞いた身の上話とも合致する。彼女のコンプレックスの原因は、本人というよりその親や周りの大人だ。
 今も昔も、大人が子供に与える影響は良くも悪くも大きいものらしい。
「カウィール・シナプス装置の影響がある者同士、記憶が影響し合うのか」
 するとソールは「消えろ!!」と大声を出してイシュタムの記憶にあった大人たちを消し去った。

「!!」
 イシュタムははっとした。
「わ、私は・・・?」
〈イシュタム! しっかりしろ!!〉
「ソール!?」
〈あんたの記憶にあった忌まわしいものを消した。もう大丈夫だ!〉
 するとケツァルコアトルは力が抜けたかのように空中停止し、落下した。大破は免れたが、落下の衝撃で動力部をやられたようで動かない。
 フェニックスはその横に着陸し、ケツァルコアトルのコックピットをこじ開けた。
「ソール・・・」
「まったく無茶して。けがはないか?」
 イシュタムを座席から引っ張り出す。
「あんたの幼い頃の記憶が俺の頭にも流れ込んできたよ。大変だったな」
「・・・うわああん!」
 イシュタムは顔をゆがめ、ソールの胸に顔を埋めて泣き出した。
「おい」
 声がする方を見ると、フン・カメーとヴクブ・カメーが立っていた。
「随分やってくれたな」
 憤怒の顔をするフン・カメー。しかしソールは臆さず肩をすくめ
「お前らの技術に対する過信が招いたのさ」
 と返した。
「技術そのものは善でも悪でもない。使う人間の心次第で変わる」
 アポロンの薫陶をそのままぶつけた。こんな惨状、師が見たらどんなに歎くだろうか・・・。
「! ソールあれ!!」
 唐突にイシュタムが叫んだ。
「は?」
 さっき墜落したシパクナーとカブラカンから、もうもうと白い煙が出ている。すると突然、シパクナーの動力部が地面を溶かし始め、海面を現し出した。そして、蟻地獄のように瞬く間に周囲のものを巻き込んで沈んでいく。さらには、シバルバーじゅうが停電し始めた。カブラカンの冷却装置が、シバルバーのエネルギーインフラに干渉したのだ。おそらく、ガイアの血や電力などの熱エネルギーが凍結しているのだろう。
「まずい、イシュタム!フェニックスに乗れ!!」
 言うが早いがソールは自機にイシュタムを乗せ、自分もさっと乗り込んで離陸した。
〈お前等も死にたくなければ逃げろ! シパクナーとカブラカンのエネルギーが暴走し出した! このままだとこの大陸全部がなくなるぞ!!〉
「何だと!?」
 フン・カメーが怒鳴った。
「冗談じゃない! シバルバーは俺たちの夢なんだ!!」
 その夢が既にゆがんだ形となっていることにまだ気付いていない。
 フン・カメーは中央研究所に駆け込みネオフラカンシステムを操作し始めた。既に足元の溶解は研究所内にも及び、研究員たちが右往左往している。
「こんなトラブルがあったって俺たちのネオフラカンシステムは乗り越えられる! 完璧なんだ!!」
 狂気に満ちた形相でコンピュータを乱暴に叩いたが、一向に作動しない。さらには研究所内に警報が鳴り始めた。停電時用の自家発電によるものだった。
《ネオフラカンシステムに不具合が発生。ネオフラカンシステムに不具合が発生》
「不具合だと!? そんなの間違いだ!! ネオフラカンシステムは完璧なんだ!!」
 その叫び声は空しく響き、フン・カメーは悲鳴をあげながら崩れる床に飲み込まれた。

 シバルバーじゅうが混乱していた。停電だけではなく、あらゆるものを自動化させたネオフラカンシステムに不具合が生じて車が動かなくなった。さらに、自家発電でも指示と反対方向に行く、自動ドアが動かない、脱出用に買った航空チケットが使えない、救助用のロボットが動かないなど、連鎖的に不具合が起こっていた。
 自動化が生活の隅々に浸透していたため、システムがおかしくなったことで大混乱に陥ってしまったのだ。また、自動化技術に頼りすぎたシバルバーの民は自分で逃げるにも足腰が立たず、何人もが溶解した穴に飲み込まれていった。
 このままではまずいと、アルカディア海軍やアスガルド軍が救助に向かった。救援部隊がシバルバーに到着した頃、埋め立て地の中央は海に沈み、周囲の陸地がドーナツ状に残っていた。生存者はそのドーナツの陸地に肩を寄せている。
「早く救助するぞ!!」

 生存者全員を軍艦に避難することができた。が、シバルバーは陸地と住民のほとんどを失い、国として機能することができなくなった。
「全世界で速報が出た後、翌日にはこれまた全世界の新聞の一面トップか……」
 何とか帰還できたソールは新聞を折りたたみながら呟いた。
(アポロンの教えがなかったら俺も道を踏み外さずにいられただろうか)


 この大災害は後世において、マヤ神話の地獄「シバルバー」として、フン・カメーとヴクブ・カメーは地獄を統べながらも凋落していく神として描かれていく。また、それ以外の地域では一日で海に沈んだ伝説の大陸・アトランティスとして語り継がれていくことになるのであった……。