今から数千年前のギリシア上空で、赤い翼の大きい鳥が、丘の上の神殿に向かって飛んでいた。それは鳥ではなく――戦闘機だった。
「あと少しだ……なんとかもってくれ、フェニックス」
その戦闘機のコックピットで、パイロットはつぶやいた。
「それにしても、一介の整備兵の俺が、まさか軍事大国のアルカディアにけんかを売るなんてなあ…」
人生どう転がるか分からないなと、パイロット――ソールはまたつぶやいた。
この物語は、古代世界――現代では、神話として語り継がれている時代に起きた事故、紛争、テロ、災害を綴ったものである。現代にも匹敵する文明を謳歌した人類。この古代文明が、後に世界中の神話になっていくことになる。
物語は、現代でいうギリシアに位置する国家・アルカディアと、地中海沿岸のエジプトの都市・アレクサンドリアから始まる――。
数千年前――地中海沿岸にあるアフリカの港町・アレクサンドリアにて。
「アポロン師匠、戦闘機の整備が終わりました」
ここは、ギリシアにあるアルカディア共和国の植民地となって200年近くたつ。先程の声の主は色黒のアフリカ系の少年だった。港近くのアルカディア軍基地で、整備兵として働いている。
「ご苦労さん、オシリス」
答えたのは30代前半の青年だった。ギリシア系の彫りの深い顔立ちと青い目をしたその男・アポロンは、宗主国のアルカディアからアレクサンドリアに来た。後世、ギリシア神話の太陽神・アポロンになった人物である。
「あれ? あいつは?」
アポロンの問いに、オシリスはため息をついて答えた。ちなみにこのオシリスは、のちのエジプト神話の神となる。
「ソールですか? 最初は一緒に整備していたんですけどね、途中で『新しい技術のアイデアが閃いた』って、どっかに行ってしまいました……」
「またか、あいつは!!」
あいつ――ソールは、近くの埠頭で、この時代の紙であるパピルスに絵を描いていた。風景画ではない。フリーハンドで幾何学模様を描き、そこに文字を入れていく。年は先程のオシリスと同じくらいで、ギリシア系の顔立ちである。
無邪気に手を動かしていたが、背後に人影が現れたので振り向いた。
「げ、師匠」
「楽しそうだな、ソール……」
アポロンは表情こそ笑っているが、目が笑っていない。
「ほら師匠、新しいエネルギーシステムの回路が閃いたんです。すごいでしょう!」
笑いながらパピルスを見せるソールの頭に、アポロンのげんこつが飛んできた。
「いってええ!」
「すぐに持ち場に戻れ。メモだったら、仕事の合間に書け」
「港だと、アイデアが膨らみやすいんです」
ソールは港が好きなのだ。仕事で煮詰まったときも、よくここに来る。
「整備しなきゃいけない戦闘機はあと2機あるんだ。オシリス一人じゃ終わらないぞ」
しぶしぶソールは持ち場に戻った。
アレクサンドリアは、先述の通りアルカディア――ギリシア神話の理想郷として出てくる国の植民地に当たる。100年前、ギリシア系の移民が来て、アフリカの地に住み着いた。目立つような武力衝突はなかったので大きな社会混乱もなく今日に到っている。
「ソール、ガイアの血を補給しとけ!」
「おう!」
ガイアの血――この時代の人々は、大地をガイアと呼び、その恩恵を受けていた。その血は地中深く眠る動物の化石から採れる黒い液体――石油のことだ。現代文明と同じく、古代文明も石油を基盤としていた。
ところで、ソールは子供っぽくマイペースなところがあるが、性格は温厚で人当たりも良い。先のように、時折、仕事を抜け出すこともあるが、それは技術の新しいアイデアが閃いたときだけで基本的に仕事熱心なのだ。のちにラテン語の太陽の語源となるにふさわしい情熱である。
アポロンはソールの働きぶりを評価していた。仕事も早く、正確である。彼が整備した戦闘機は、不具合が出たこともない。設計図を書いているときにたまに薄ら笑いをしているのはやや気持ち悪いが……。
これに関しては別の証言がある。ある夜、オシリスがトイレのために目を覚ますと、横にぼーっと浮かぶ気味の悪い笑顔が……。
「ぎゃああ!!」とオシリスが叫ぶと、それは灯りに照らされたソールの顔だった。なんと彼は座った姿勢で、目を半開きにしながら薄ら笑いを浮かべて寝ていたのだ。手にはパピルスと鉛筆を持っていて、設計図らしきものが描かれていた。翌朝聞いてみると、寝しなにアイデアが浮かんだため、夢中で描いていたらしい。そして描き終えるとそのまま眠ったのである。
人騒がせな一幕だったが、ソールの情熱を物語るエピソードである。
(思考回路は変人だが、やはりあの極秘プロジェクトを任せられるのは彼しかいないか……)
「どうしました? 師匠」
何かを考えているような表情のアポロンを見て、オシリスが尋ねた。
「いや、何でもない」
すると、別の整備兵がアポロンに話しかけた。
「アポロン、アルカディアから戦闘機が2機来ましたよ」
「またか、今週は忙しいな」
アルカディア軍は、アレクサンドリアにある空軍基地で給油をしてアフリカ方面に向かうことがある。通常なら週に1回、1機が来るだけだが、今週はもう3回である。
アポロンとソールが滑走路に行くと、笑顔で駆け寄ってきた2人の男がいた。
「あれ?」
「アーレスとペルセウスじゃないか」
「アポロン、ソール!」
戦闘機のそばにいた2人――アーレスとペルセウスは、アルカディア空軍のトップガンと呼ばれる空軍兵士である。
「アーレス、ペルセウス。久しぶりだな」
「ソール、相変わらず機械いじりに精を出しているのか?」
彼らは、アルカディア士官学校時代の同期だった。アーレスとペルセウスは空軍パイロットに志願、そしてソールは整備士としてキャリアを始めたのだ。
「お前だったら、本当は空軍でも充分やっていけるんじゃないか?」
「ふっふっふ、俺は機械いじりが大好きなんだよ」
ソールの意味深な笑みを、苦笑交じりに見る男たち。
赤い髪を逆立てた方の男――アーレスの機体は、鷲の頭部にライオンの胴体、そして翼が生えている。この男は空軍屈指の兵士で、ギリシア神話の軍神・アーレスとなった人物である。
一方、金髪で端正な顔立ちをした男――ペルセウスの機体は、白馬に翼が生えたようなものだ。こちらの青年は、日本でも有名な英雄・ペルセウスである。
「アーレスのグリフォンに、ペルセウスのペガサス……アルカディアでも一、二を争う両機が同時に来るなんて何か緊急事態でもあったのか?」
アポロンが怪訝な顔で尋ねる。グリフォンとペガサス――両機体はギリシア神話で広く語り継がれていく幻獣である。
「いや、たまには長距離飛行をして機体の様子を見た方がいいと思ってな」
と、肩をすくめるアーレス。
「アーレス、冗漫にごまかすな。アポロンちょっといいか? 話したいことがある」
そう言うと、3人は工場にある会議室に向かった。
ソールはオシリスと休憩しながら先の来訪者について話していた。
「アポロン、まだ話しているのかな?」
「もう1時間になるよな」
そう言いながら、ソールはペガサスとグリフォンを調べている。
「ソール、その2機って整備は終わっていなかったっけ?」
オシリスがたずねる。
「そうだけど?」
「何やってんだ?」
「ほら、先月からこの2機はビーム光線を搭載したって言うから、見ておこうと思ってさ」
例のニヤニヤした表情をする。
当時の文明では、「アバリスの矢」という、現代の20ミリバルカンのような武器を戦闘機に搭載した。それまでは飛行機に爆弾や石などを積んで落としていたが、空襲や空戦ができるようになり、戦い方が変わった。技術にイノベーションが起きれば社会が変わるのは、現代も古代も同じである。
しかし、それもソールたちが生まれる数十年前だ。それからさらに進歩し、アルカディア空軍のトップガンの戦闘機には、最新のビーム兵器が搭載されたのだ。
グリフォンの兵器のコートネームは「ケラウノス光線」、ペガサスのは「ハルペー光線」という。ちなみに前者はギリシア神話の主神・ゼウスの雷霆(らいてい)で、後者は勇者ペルセウスの剣である。
「お前、また無断で……」
「いいじゃないか、減るもんじゃないし……」
オシリスは肩をすくめる。ソールは研究熱心だが、暴走して勝手に機械をいじる癖がある。しかも本人には悪気がないため何度注意しても無駄と、最近では皆あきらめている。
「ふざけるな!!」
突然、会議室の方からアポロンの怒鳴り声が聞こえた。げっ、さすがにアルカディアトップガンの戦闘機を勝手に触るのはまずかったか!? 2人はあたふたした。
「僕は今、アルカディアに戻るつもりはない、元首のゼウスにそう伝えろ!!」
続けて聞こえてきた怒声とともに、ペルセウスとアーレスが出てきた。
「頑固者め」
「また来るからな、よく考えておいてくれよ」
ソールは、2人に駆け寄った。
「どうしたんだ、けんかか?」
「お前の意固地なお師匠に聞いてみろ」
アーレスがため息まじりに返した。2人はそのまま自機に乗り込み、飛び去っていった。ソールは、会議室に残っていたアポロンに聞いた。
「何があったんです?」
ソールの問いに、アポロンは仏頂面で答えた。
「アルカディアに帰って来いとさ」
「師匠、嫌なんですか?」
「お前には詳しく話していなかったな。いい機会だから話してやる」
アポロンは、元々アルカディアの役人だった。エネルギー工学を学び、優れた技術者として、同国の科学技術の発展に寄与し、それが認められてエネルギー政策を担当する大臣にまで上り詰めたのだ。
しかし、あるとき、アポロンは全てをやめて、このアレクサンドリアに移った。
「理由はガイアの血だよ」
アポロンは、エネルギーを研究する最中、ガイアの血の使用が、地球上で温室効果ガスを増やすことになると気づいた。それを中央政権に訴えたが、科学技術の恩恵を受けていることを理由に聞き入れてもらえなかった。
「元首のゼウスは、そのあたりの柔軟性がないんだ。このままだと温暖化が進んで取り返しのつかないことになる」
ガイアの血はいずれ枯渇するという。それによっていずれは少ない資源を巡っての紛争も激化するだろう。加えて次の世代はエネルギーが少なくなる。温暖化の進んだ世界で、少ない資源を奪い合って生きなければならなくなるのだ。
「じゃあ、どうしたらいいんです? ガイアの血は今の文明に不可欠なエネルギーですし」
「そのために今、新しいエネルギーを考えているのさ」
一通り話し切った後、椅子に座っていたアポロンは顔を上に向けた。何か思案している様子だ。
「……まだ研究中だから、誰にも言わないつもりだったけど、そうも言っていられないな」
アポロンは立ち上がると、外に出ていった。
「ソール、ついて来い」
「どこに?」
「太陽の翼を見せてやるよ」
太陽の翼? ――何だろう? ソールは期待と不安がおり混ざった心境で、アポロンを追いかけた。
アポロンがやってきたのは地下階段だった。降りていった先の踊り場にあるボタンを押 すと、目の前の壁が引き戸のように開いた。
「隠し扉だ。まだ誰にも知られたくなかったからな。他人で見せるのはお前が初めてだ」
灯りを付けたその部屋には、大きな鳥がいた。赤とオレンジでカラーリングされていて、光を反射して燃えるような印象を受ける。
「これは……?」
「戦闘機だよ。コードネームをフェニックスという」
知らないうちに、こんなものを開発していたのか。フェニックスというのは、説明不要なほど世界中で有名になった霊鳥だ。
「アルカディアにある戦闘機ともひけをとらない。そして、他の戦闘機にはない機能がついているんだ」
「何ですか、それは?」
アポロンは、目線をフェニックスに向けながら言った。
「太陽光線をエネルギーに変えるのさ」
「太陽光線を!?」
「僕が開発した技術で、サンギルドシステムと言うんだ」
フェニックスは、少量のガイアの血と太陽光線で動くことができるという。日中は太陽エネルギーで、夜間はガイアの血を使う。
「本当は、平和目的での実用化を考えたんだが、まずは軍事目的でアピールすればインパクトは大きいと思ってな」
これ、どうするつもりなんだ? ソールの頭に、アポロンが戦闘機に乗って戦う姿が浮かんだ。が、似合わない。そもそも操縦できるのか。視力はそんなに良くないはずだし、以前、テスト飛行したときに「高い所が怖い」とか言っていたっけ。
「ソール、一緒に開発研究してくれないか?」
「え?」
「これまで1人でやってきたけど、早く開発を終えた方がよさそうだ。頼む」
アポロンが言うには、これは未来を救うエネルギーとなるはずである。日常的な技術に応用できるようになれば、ガイアの血に頼る必要はなくなるだろう。
そこまで自分を買ってくれるのは嬉しいが、正直自信がない……。
「ちょっと、考えさせてくれますか?」
「あ?」
アポロンの顔に困惑が浮かんだ。どうやら、ソールが二つ返事でOKをしてくれると思っていたようだ。
「まあ、急に言われても戸惑うよな。いい返事を期待している」
そういうとアポロンはメモリーをソールに渡した。サンギルドシステムとフェニックスの設計図が入っている。
「目を通しておいてくれ。また話そう」
あれから1週間、ソールもアポロンも、何事もなかったかのように働いている。アポロンはフェニックスの開発を極秘に行っているから、誰にもばれていないのだろう。
ソールは設計図をあっという間に頭にたたき込んだ。さらに、その仕組みまで解析をした。いざとなれば一から作れるだろう。機械いじり、エネルギー工学などのセンスは、天性のものがあるのだ。
「ソール、こっち手伝ってくれ」
戦闘機のエンジンのオイル入れをしていたオシリスが声をかけたが、ソールは無反応だった。
「ソール!」
「え、何だ、オシリス?」
「どうしたんだ、ボーッとして。こっち手伝ってくれよ」
ソールは気持ちを切り替えた。僚友であるオシリスにも知られてはいけない。それに作業中の不注意が思わぬ事故になる。それでも、サンギルドシステムとフェニックスのことが頭の片隅にあった。
「なあ、オシリス。ガイアの血って環境に悪いんだよな」
「何だ、やぶからぼうに」
そんなのみんな知っているだろう。しかし、ガイアの血を使わなければ、今の文明は成り立たない。
「人間が繁栄するためには多少の犠牲は付き物さ」
「そうかねえ……」
「そう言えば、さっきまたアルカディアから使者が来ていたぞ」
「アポロンを連れ戻しに?」
「この前来た2人じゃなかったな。イカロスって軍人だ。今頃、アポロンと話しているよ」
「何度来ても同じだ、イカロス。ゼウスに伝えてくれ」
アポロンは、ため息をつきながら使者――イカロスに言った。彼もまた、ギリシア神話に登場する英雄である。
「あんたが戻ってきてくれれば、アルカディアのエネルギー開発がまた前進するって首相はおっしゃっていたそうだぞ」
「そのエネルギー開発はガイアの血ありきだろう? その分野での研究はもうごめんだ」
「……これだけ言ってもだめか」
「くどい。空軍兵士をよこしたのは脅しも含んでのことだろうが、無駄だ」
数分間、2人の間に険悪なムードが流れた。やがてイカロスは踵(きびす)を返して出て行った。
アポロンは、部屋を出て天を仰いだ。
「機嫌悪そうだな」
オシリスが小声で言った。遠目でも眉間にしわが寄っているのが分かる。
「なあ、何だか変な音ががしないか?」
「え?」
そう言えば上空がうるさい。すると、
ドンッ
という音とともに、爆発が起こった。さらに次の瞬間、爆風とともに炎が上がり工場の壁が崩れた。辺りが炎熱地獄のようになっている。
「何だ!?」
「うわあっ!!」
ソールとオシリスは、吹き上がった爆風に吹っ飛ばされた。
「……ってて」
ソールが目を覚ましたとき、工場が廃墟となっていた。照明も壊れたようで辺りが真っ暗だ。
「何があったんだ……オシリスは?」
見回して、僚友の姿を探した。目が暗闇に慣れたころ、数メートル先に、倒れている人の姿を見た。
「オシリス!!」
駆け寄って身体をゆすった。が、冷たくなっていて動かなかった。
「そんな……さっきまで生きていたのに」
愕然(がくぜん)とするソール。一体、さっきの爆発は何だ? 事故か?
抑えられない悲しみと怒りがこみ上げてきた。
「……う」
「!? 誰かいるのか!!」
「ソール……」
聞き慣れた敬愛する師の声。
「アポロン!!」
アポロンは、瓦礫の下敷きになっていた。
「アポロン、無事ですか!?」
ソールは駆け寄り、瓦礫(がれき)を動かそうとした。
「あ、足が両方折れたみたいだ……」
身体も完全に挟まっている。1人では助けられそうにもない。
「待っててください! 助けを呼びに行きます!!」
「いや、それよりも…伝えておくことが…」
アポロンは声も絶え絶えに言った。
「あの爆発…おそらくアルカディアの空爆だ」
「あの男か!!」
イカロス……あいつが、工場を爆撃したのか!
「ソール…フェニックスを使え…」
「え…」
「あの中に、僕の全てが込められている……アルカディアに勝つんだ…」
「アポロン、しゃべらないで。助けを呼んできます」
ソールは振り返り、外に向かって走り出した。しかし、次の瞬間、後ろから石が崩れる大きな音がした。
「アポロン……?」
師の名前を呼んでも、反応はなかった。崩れた瓦礫から、血にまみれた腕が突き出ていただけだ。
「うわああ!!!」
何でこんなことに……!!
手を握りしめたが、いつものように握り返してはくれなかった。
「あいつめ、よくも……!」
ソールの怒りは頂点に達し、地下に向かって走り出した。
同じ頃、アレクサンドリアの上空では、1機の戦闘機が旋回していた。イカロスが乗ってきた人の顔を持つ鳥――パーピーだ。ギリシア神話では、人肉などを食い散らかす怪鳥として伝わっている。
「任務遂行しました」
《ご苦労だった》
イカロスは、アルカディアの司令室と連絡を取り合っていた。
「しかし、アポロンとその仲間たちには気の毒でしたね」
《余計なことは言わないでいい。軍人は任務を粛々と遂行するものだ》
「はっ!」
イカロスの任務はアポロンの説得、それが叶わなければ整備工場もろとも爆破して抹殺することだった。アルカディアの首脳部は、技術者であり元大臣の力が外にもれるのを早くから処理したかったのだ。
「気のすすまない任務だった。早く帰ろう」
ハーピーが大きく旋回して北に向けて進路をとった。そのときだった。
先程、爆弾を落とした地点から石の弾が飛んできた。
「何だ!?」
下を見やると、炎の中から何かが向かってくる――まるで、巨大な鳥のような……。
「戦闘機!?」
突進してきた赤い戦闘機――フェニックスを間一髪でかわし、ハーピーは体勢を立て直した。
「何だ、あれは!?」
イカロスは驚愕(きょうがく)した。彼の知る限りでは、空戦用の兵器を所有するのは、アルカディアと北欧のアスガルド、大西洋に浮かぶ都市・シバルバーだけである。
アレクサンドリアに戦闘機があるなど、聞いたことがない。
虚空に浮かんだ敵機は翼に炎をまとっている。イカロスは軍人としての決断をした。
「ちっ、敵であることは間違いない! 目標補足…排除開始!!」
ハーピーは肩にあたる部位からミサイルを放った。この時代の戦闘機に標準装備されている機関銃・アバリスの矢だ。
「うおっ!!」
フェニックスはかろうじて回避した。ソールはかなり焦っている。何故なら戦闘機に乗って空中に飛ぶのは経験があったが、実際に空戦をするのは初めてである。
「勢いに任せて飛び出したはいいけどどうするか……」
元々ソールは整備兵だ。機械は詳しいが通常の任務でコックピットに入って動かすのは滑走路で動かすときくらいだった。
「いや、アポロンの造った戦闘機ならどこに何のスイッチがあるか、分かるはずだ」
操縦桿の右グリップにあるボタンを押すと、ダダダッとアバリスの矢が発射された。
しかし、弾はハーピーにあっけなくかわされた。ハーピーは旋回して、今度は背中の筒から銃弾を発射した。アバリスの矢の改良型で、大きさも速度も旧式より優れている。
「ぐっ!」
かわしたがこのままではやられる。無理もない。相手は正式な訓練を受けたアルカディア空軍のパイロット。自分は戦闘経験のない整備兵。分がどちらにあるか、一目瞭然だった。
その予感はあっけなく的中した。ハーピーの動きについていけないフェニックスは、左翼に銃弾を受け、バランスを崩した。
「うわあっ!!」
そのまま失速し、地上に落下していく。
「ちくしょう! やっぱりだめだったのか……」
強力なGがかかる中、ソールの意識が遠のいていった。が、ハッと我に返った。
(いや待て、アポロンはアルカディア空軍に対抗するためにフェニックスを造ったはず。一流のパイロットでなくても、勝てるシステムが組み込まれているんじゃないか?)
ソールはコックピット内のボタンを探しまくった。ふと、右上の赤いボタンが目に留まった。
アポロンは重要なものを赤で表現する癖があった。迷わず押した。
あっけなく幕切れした空戦。しかし、イカロスの心中に一瞬不安がよぎった。
(飛行機能を失ったはずだ。なのに、何で嫌な予感がするんだ……)
落下していくフェニックスを見つめるイカロス。すると、その赤い戦闘機が全身にオレンジ色の光をまとい始めた。
「!?」
地上に激突しようとした寸前――フェニックスは頭部を上げ、再び虚空に上がってきた。
「そんなバカな!?」
さっき、ハーピーによって貫かれた左翼が――再生している!!
「そういうことだったのか……」
ソールは瞬時に理解した。
アポロンはフェニックスに機体自らが修復する機能・自己修復機能を付けていたのだ。サンギルドシステムが応用されているのだろう。とりあえず、完全に大破されない限り負けることはない。
「イカロスとか言ったな、いくぞ!」
フェニックスは急上昇してハーピーに襲いかかった。イカロスは急いで操縦桿を切ったが間に合わず、翼に衝撃をくらった。
「ぐっ、なんてやつだ! 普通の戦闘機のドッグファイトでも、ここまで近接しないぞ!!」
イカロスの言う通り、戦闘機の近接戦闘は、あくまで射程内に標的を入れるために、敵機を追いまくるものだ。翼で体当たりするなど、聞いたことがない。
《イカロスとか言ったな、なぜアポロンたちを殺した!?》
両機は虚空を旋回しながら間合いを取っている。
《軍人は命令に従うものだ、理由などない!!》
《そういうことならこっちにも考えがある!!》
フェニックスが上昇した。
「所詮はただの整備兵、戦闘機のバトルならこちらが上だ!!」
ハーピーを上に傾けたが、眼をつぶってしまった。太陽の光がまぶしい!!
「しまった、やつの狙いは目くらましか!!」
「みんなの仇だ、くらえ!!」
ソールは、フェニックスの尾・テイルブレードショットを分散して発射した。熱を帯びたブレードは真っ直ぐに飛ばず、旋回しながら標的であるハーピーに向かい、次々にボディを切り裂く。
「うわあっ!!」
アレクサンドリアの技術者たちを喰らった怪鳥は、炎に包まれて落ちていった。
「………」
ソールはその様を見届けていた。が、急降下してハーピーのコックピットを胴体から切り離すように弾を発射した。
横からの衝撃が加わり、コックピットは地面への直撃が緩和された。が、機体そのものは炎上して滑走路に落ちた後、大爆発を起こした。
「生きているな……」
ソールは、コックピットの人影が動いているのを確かめた後、東の空に飛び去っていった。
フェニックスがハーピーを撃墜して半日後、アルカディアでは軍部の緊急会議が開かれていた。
自国の戦闘機が正体不明の機体に撃墜されたのだ。軍をはじめ政府の高官の間でも緊張が走っていた。ちなみにイカロスは生存していたが意識がまだ戻らず、事情を聞けないでいる。
「一体、何者なんだ」
「アポロンが秘密裏に戦闘機を開発していて、それが事を企てたということでしょうか」
戦闘機どころかアポロンが新しいエネルギーシステムを開発していたことなど、彼らは思いもよらなかった。
「どうしますか、ゼウス?」
声を向けられた男――ゼウスはつぶっていた眼を開いた。彼はギリシア神話の主神となる男である。大国アルカディアを統治する元首であり、軍の最高司令官でもある彼の判断は、同国の行き先を左右する。
大柄かつ骨格のよいあごが開いた。
「このまま捨てておくわけにはいかない。追っ手を出そう」
「誰が行きますか? 相手の素性がわからない故、危険もあります」
「俺が行く」
声の主は漆黒の髪をした細身の男だった。
「ハーデス」
「イカロスを撃墜するほどの相手だ。半端な力では勝てない」
「しかしアルカディア陸軍の司令官であるあなたが出張るほどでは……」
すると、ハーデスは髪と同じ黒い瞳を細めて答えた。のちにギリシア神話の地獄の神となる彼は、目をつむって返した。
「この眼で確かめる必要もある。アポロンが開発したなら、どういう料簡でその機体を造ったのかをな」
そう言い残し、会議室を後にした。
フェニックスは飛んだ。ひたすら飛び続けた。
「勢いで敵を落としてしまったけど……これからどうするかな」
ソールは、いたずらがばれて親に怒られることを予想する子供のような顔で呟いた。怒りに任せてハーピーを撃墜しアポロンたちの仇を討ったところまでは良かった。しかし、世界でも一、二の軍事力を争うアルカディアのことだ。絶対に追っ手を差し向けるだろう。
しかも、相手は世界最強の兵器を持っている。パイロットも歴戦の強者だ。こちらは新兵器であるが搭乗するパイロットはただの整備兵だ。
「こんなことならちゃんと操縦を習得しておくべきだったよ」
整備兵とは言え、ソールは一通りの操縦はできる。しかし空戦となると話は別だ。実際に生死を分かつような場面に身を投じたことがない。
「ペルセウスやアーレスがやってきたらどうしよう……」
自分が機械整備の分野で研鑽に励んだのと同時に、旧友2人は戦闘機乗りとして腕を磨いてきた。実力の差は歴然としている。絶対に勝てない。しかもあいつら、一切手加減しなさそうだしな……。
そんなことをつらつら考えていると突然、コックピット内に警報が鳴った。
「げ!」
燃料の残量がわずかだ。しかも、もうすぐ日没で太陽エネルギーも補給できない。
フェニックスは高度を下げ、どんどん下降していく。
「うわああ……」
燃料が切れたフェニックスはついに荒野に不時着した。
「……ってて」
ソールは目を覚ました。どうやら不時着したときの衝撃で気を失っていたらしい。
「ん?」
不審に思った。自分がなぜかベッドの上にいる。最後の記憶はフェニックスのコックピットにいたときのはず。
「あ、気がついたみたいね」
暗がりの中から鈴のようなきれいな声がした。ソールが目を細めて声のした方を凝視すると、髪を束ねた女性が椅子に座っていた。誰だろう?
「どこか痛いところはない? あなた、あの赤い戦闘機の中で気絶していたから助け出して介抱してあげたのよ」
女性は椅子から立ち上がって歩み寄ってきた。
「とりあえず助けてくれてありがとう。で、あんた何者だ?」
脳天気なソールだが、さすがに素性のわからない人間がいきなり近くにいると警戒するものだ。まして、今はアルカディアから追われている身である。
「私はアンドラって言うの。怪しい者じゃないから安心して」
自分で私は怪しい人と言うヤツもいないだろうが。
「あなた名前は?」
「…俺はソール。いろいろ聴きたいことがあるんだけど……ここはどこだ?」
「戦艦の救護室よ」
「戦艦?」
「北欧のゲリラ組織、グールヴェイグのね」
アンドラは起き上がったソールを戦艦の中を案内してくれた。部屋を出ると石で作られた頑強そうな艦内が目に留まる。
「立派な戦艦でしょう? 私も初めて見たときはびっくりしたわ」
「そうだね」
あたりさわりのない返答をするソール。しかし、まだアンドラに対しての警戒心は解いていない。
洞察力を駆使して目の前の女性を観察した。
なぜ、この人は自分を助けたのか? 実はアルカディアの追っ手で無害なふりを装って近づいたのか?
しかし、それにしては隙だらけだ。現に、自分の前を丸腰のまま歩いている。ソールがその気になれば、彼女を後ろから押し倒して絞殺することもできるだろう。
では、本当にゲリラ組織のクルーなのか? ただ、北欧出身にしては顔立ちが違う気がする。むしろ南ヨーロッパ系の顔だ。
そんなことを考えているうちに大きなドアの前に着いた。アンドラが手をかざすとシュッと音を立てて開いた。
「ロキ、客人がお目覚めよ」
「ロキ、客人がお目覚めよ」
「お」
一番高い椅子に座っていた男が、腰を上げた。顔に傷があり、やや強面の端正な顔立ちだ。しかしそのゴツい顔とは裏腹の笑顔が印象的だった。
「気分はどうだい? いやあ、びっくりしたよ。荒野のど真ん中に戦闘機があるんだからさ」
「助けてくれてありがとう」
「ま、いいってことよ。困ったときはお互い様だからな」
そう言って笑うが、ソールの頭にはあまりよろしくないイメージが浮かんでいた。
笑顔がうさんくさい――顔は笑っているが目が笑っていない。どこか人を心から信用していないような感じを受ける。
顔の傷は額の左側から右頬にかけての長いものだ。何か壮絶な過去をにおわせる。
「俺の名はロキ。このグールヴェイグのキャプテンだ」
ロキ――北欧神話に出てくる神の1人である。
「あのさ、出し抜けに悪いんだけど……」
ソールは気になっていたことを尋ねた。
「あの赤い戦闘機はどこにある?」
3人は先程の部屋――コックピットを出て今度は逆の方に歩き始めた。どうやらこの戦艦の後方が格納庫になっているらしい。
「俺たちは北欧のニブルヘイムって国を拠点に活動している。まあ、お日様もあまり顔を出さない陰気なところだけどな。で、アスガルドって大国から睨まれていて世界各地を転々としているのさ」
ソールは聴いたことがあると思い記憶をたどっていった。北欧にはいくつかの国があり、その盟主とも言えるのがアスガルドだ。かの国は軍事力も強く、近隣諸国から物資や技術を豊富に集めている。さらに独自のエネルギーシステムの開発に成功したとも聞いている。
「何でゲリラなんかに?」
「よくぞ聞いてくれた。これには山より高く海より深―いわけが……」
「ロキ、着いたわよ」とアンドラ。
「今日はよく話の腰を折られるな」
大きく無骨な扉を開けると目の前には青いボディの戦闘機が鎮座していた。
「これは……」
ソールが今まで見てきた戦闘機とはひと味違う。まるで、とかげに翼が生えたようなデザインだ。
「グールヴェイグの主力戦闘機、ニーズホッグだ」
北欧神話の竜として語られていくこの機体は、フェニックスやペガサスより少し大きい。コックピットを見ると2人分の座席が見えた。
「二人乗りか」
「フェンリル、ヨルムンガンド! 整備は順調か?」
ロキが声を上げると、ニーズホッグの後ろから2人の男が姿を現した。
「ああ、完璧だ」
うち一人は髪を逆立てた男だ。男と言っても少年に近い年頃だろう。ソールより年下かもしれない。もう一人は面長の端正な顔で、蛇やは虫類を連想する骨格だ。
「ま、オレたちにかかればこんなもんよ!」
くったくのない笑顔で答える少年――フェンリルは得意げだ。北欧神話で狼となる彼は、そのとおりに血気さかんな性格である。
「最近、ようやくメンテナンスに慣れてきた。整備兵がいないと大変だな」
もう一人・ヨルムンガンドは落ち着き払って答えた。こちらは大蛇として語られる男だが、低温動物を連想させるような冷静な性格のようだ。
するとソールが突然、ニーズホッグに近づきボディを触り始めた。
「な、何すんだよ、お前!」
フェンリルは自分の愛機に対して不審な行動を取る男を睨む。
やがてソールは拳で軽くノックし、その部分の装甲を外した。さらに複雑に絡んだケーブルを探っていくと、そこには銅線が剥き出しになったケーブルがあった。
「げ!」
「なんと……」
フェンリルとヨルムンガンドは絶句した。こんな故障があったとは……。
「何でわかったの? ソール」
「何となく変なにおいがした。長年、整備兵やっていたから経験測からも予想できるのさ。それにしても気がつくのが遅かったら飛行中に発火していたかもな」
「これはすごい! 整備の担当者を探していたんだ! ぜひ俺たちの仲間になってくれ!」
ロキは目を輝かせた。
ソールは数秒間考えた。正直この連中をまだ信用できない。が、このグールヴェイグは整備者がいないのは確かなようだ。寝首をかくような真似はしないだろう。何より自分1人ではアルカディアが来たときに間違いなくボコボコにされる。
「いいよ」
「よろしくな、ソール! そうそう、君の機体はあっちだ」
ロキに指さされた方を見ると薄暗い中に赤い炎のようなボディを視認できた。駆け寄って確かめるとその機体――フェニックスは、目立った故障はなさそうだ。
「よかった、無事だったか」
「ねえ、ソール。私のも見てくれる?」
アンドラが無邪気に言った。この女も戦うのか?
「私もあなたと同じで、グールヴェイグに拾われたの。兵器の整備なんてできないから途方に暮れていたのよ」
早速、案内されたところに行ってみた。戦闘機ではなく、陸上兵器だった。
「ケートスって言うの。かなり旧式で、修理を重ねているから見てくれは不格好だけど、思い入れのあるものなの」
ソールはアンドラの話を聞きながら、装甲を外したり機体を眺めたりした。このケートスは、ギリシア神話に出てくる怪物だ。
「すごいな、これは……」
「え、そう? 嬉しいな」
笑顔を見せるアンドラに、ソールは痛烈な一言を浴びせた。
「こんなにひどい機体で戦おうなんてよく考えたものだ。10年くらい整備をしているけど俺の経験史上、間違いなく最悪のコンディションだ。こんなのに乗るあんたの神経がすごいよ」
かわいい顔はみるみるうちに怒りに満ちてゆでだこのように赤くなった。
「ひ、ひどい! ケートスを造るのにどれだけの人が苦労したか分かっていない!!」
「そんなこと言ってもなあ……」
ソールにしてみれば「知ったことか」と言いたいところだった。彼の指摘するひどさは機体全体に及ぶ。装甲が色違いで、修理を繰り返し……というより、だましだまし使ってきたのが分かる。内部はこれまた古い銅線が使われていた。念のためにコックピットも覗いてみたが、窓ガラスには一部ひびが入っていてボタンやレバーもさび付いている。
唯一の例外は座席だった。無骨な機体にふさわしくない花柄の布で覆われている。金使うところを間違えているんじゃないか? と顔をひきつらせながら思った。
「こんな兵器、いつ壊れてもおかしくはないよ。整備兵としても使うことをやめさせたいね」
「ただな、ソール……」
むくれるアンドラをよそに、ロキが言った。
「グールヴェイグは、これまで見た3機しか兵力がないんだ。ボロボロのポンコツでも使うしかないんだよ。台所事情というのが辛いものでね」
大丈夫か、こいつら……? ソールは先が思いやられる気がした。
真夜中の2時頃。ソールは目を覚ました。なかなか寝付けない。今日はいろいろなことがありすぎた。
アポロンやオシリスを失った。もともと幼少の頃に両親を亡くしたソールにとって、彼らは家族同然だった。仇討ちに走るのは無理もないことだった。
しかし彼は生来穏やかな性格で争いごとを好まない。偶然拾われたゲリラ組織に協力していていいものか……。
考えが頭の中でグルグルと回っている。眠れない!
「外に出るか」
部屋を出てデッキに上がった。グールヴェイグは荒野を低空飛行している。コックピットが暗いことから察すると、自動運転モードになっているのだろうか?
眼下を見ると、高温で溶けたような塔がいくつも見える。
「ここ、どこだ?」
「カッパドキアよ」
声の方を振り向くとアンドラがいた。
「あんたも眠れないのか?」
「うん」
カッパドキア――トルコにある巨石群だ。現代では同国の観光地にもなっている。
「ねえソール。あなた何であの戦闘機に乗っていたの?」
「ああ」
一応仲間ということだしあまり隠し立てしていてもしょうがない。何より、考えるのがだんだんめんどうになってきた。
ということでソールはいきさつを話した。アレクサンドリアで整備兵をしていたこと、アルカディアの戦闘機が来て整備工場を爆破してしまったこと、師の形見であるフェニックスを使って迎撃してそのまま逃走してきたこと……。
「アレクサンドリアにいたの? 私もあの地方の出身よ」
「そうなのか?」
アンドラも自分の素性を話してくれた。
彼女は、アレクサンドリアから南東に降った小さな国の生まれだそうだ。現代でいうエチオピアのあたりだ。
話を聞くとアルカディアの搾取ぶりのひどさが際だっていた。その国はガイアの血とさまざまな鉱石が採れるらしい。そこに目をつけたアルカディアは、植民地にして現地の住人を働かせて資源を掘り起こし、どんどん奪っていっているのだ。
怒りが限界に達したその小国の民だったがアルカディアは高度な技術を持っている。戦闘機などの兵器で虐殺されるのがオチだ。そこで彼らは外国から流れてくる部品を集め、さらには陸上兵器の設計図を入手し、見よう見まねで兵器を開発した。それがあのケートスだったのだ。
「道理で……」
服で言えばつぎはぎだらけの、自動車で言えば旧式モデルのシャーシに寄せ集めの部品をくっつけたようなものだ。動く棺桶のようなもの……とはさすがのソールも言えなかったが。
出来上がった後、アルカディアに察知されないように船にカモフラージュして国を出たらしい。
「今までよく無事だったな」
「実はね、その直後にアルカディアに見つかったの。そのときグールヴェイグに助けられたのよ」
グールヴェイグも戦力を必要としていたからか? しかし、話を聞く限りではあまり戦闘に参加していないようだ。
「装備は、アバリスの矢と水圧砲よ」
アバリスの矢はこの時代のポピュラーな装備だ。どの戦闘機、兵器にもついている。水圧砲は水を吸い上げて圧縮し放つものだろうか。
「じゃあ、水辺じゃないと戦いにくいじゃないか」
「う、うん、そうね」
このままではこの女は戦死すること間違いない。そこでソールはある提案をした。
「夜が明けたら改造しようか? もう一つか二つ、武器がいるだろう」
「ほんと? ありがとう!!」
そう約束してそれぞれ寝床についた。誰かと久しぶりに話した感じで、すっきりした。それにしても――なぜ、女性が兵器に乗っているんだろう? 謎はまだ残っていた。
翌日、ソールは早くもケートスの改造にかかった。
「へえ、あいつ、そんなこともできるんだ」
フェンリルが感心したように呟いた。
「ええ、これでケートスも戦力アップしてあなたたちの力になれるわ」
ほどなくして、ソールがケートスのコックピットから出てきた。
「できたよ」
「早っ」
ソールは、アンドラに説明をはじめた。
追加した武器は二つだ。一つは、アバリスの矢改良型だ。すでに旧式は搭載されていたが、それだけでは心許ないということで追加した。
「ありがとう、ソール」
「で、もう一つの武器なんだけどさ……」
ソールは口を半開きにしてじっとアンドラを見た。少し言いにくいことがあるとこんなしぐさをする。
「何?」
「もう一つの武器は最終手段に使うんだ。この機体、旧式だから戦いの途中で動かなくなるかもしれない。もしものときを考えて最終手段として自爆装置を付けておいた。本当に追い詰められたときに使えよ。あと、使ったらすぐに機体から離れろ」
アンドラは冷や汗が出るのを感じた。
「自爆装置って……」
「文字通り、自機敵機をもろとも吹き飛ばすものだ。発動してから光が飛散することで攻撃できる。スイッチを起動させた後はすぐに機体から離れろ。あくまで最終手段だからな」
ソールからすればもともとこの兵器を使うこと自体が反対だ。だが、アンドラは穏やかな一方、頑固なところがありそうだから、文字通り死ぬまでこのオンボロで戦い続けるだろう。それなら自機を捨てるきっかけとなる武器があった方がかえって良い。
「そろそろカッパドキアを抜けそうだな」
ロキが顔を出した。キャプテンが艦内をうろうろするというのはあまりない。といっても、彼らは正規の軍隊ではないからそれでもいいのかもしれないが。
《ロキ! 至急コックピットへ来てください!》
突然、切り裂くようなアナウンスが聞こえた。格納庫にいた全員がコックピットに向かうと、正面には荒野を進んでくる砂煙が見える。
「何だか嫌な予感がする……」
「たぶん、俺を追ってきたヤツらだ」
ソールが呟いた。ハーピーを撃墜したときから覚悟はしていた。しかしあまりにも早すぎる。
「どうする、ロキ?」
「決まっている、迎撃するぞ!」
ロキは全員に出動命令を下した。
後部の格納庫からフェニックスとニーズホッグが発進し、ケートスは地上に降り立った。ソールはフェニックスを旋回させて敵らしき軍勢に対峙した。
ざっと数えただけで30機はいる。
巨大な蜘蛛、角の生えた馬のようなものがある。金や銀色、青みがかったメタリックカラーのボディをしている。
ソールはタッチパネルのボタンを押した。戦闘と同時に敵機のデータを収集するためだ。ところが、敵機をモニターが捉えると鈍い音とともにそれらのホログラムが出た。既に敵機のデータは入れられていたのだ。
「アポロンが入れていたのか?」
いずれアルカディアと戦うことになると考えていたのだろうか? 蜘蛛はアラクネ、馬はユニコーンというらしい。いずれも実弾を使うようだ。ギリシア神話で語られていく幻獣たちである。
ただ、敵軍の中央に巨大な兵器の情報はなかった。まるで犬が三つの首を持っているような……。
「あれが親玉か」
ソールは戦闘や戦術に関しては不得手だが、なんとなくで検討はついた。
《ソール、アンドラ! 一気に叩くぞ!!》
無線でそう伝えてきたフェンリルは、ニーズホッグを突進させ敵軍の中に突っ込んでいった。
《フェンリル、無茶するな!敵の数を考えろ!》
フェンリルは気が短く無鉄砲な性格で、ヨルムンガンドが止めない限りは無謀な猪突猛進な攻撃をするようだ。
が、予想を裏切りニーズホッグは闊達な飛行でユニコーンとアラクネたちを翻弄した。敵が上空に向けて放つ光線や実弾をかいくぐると、今度は上空から青い光線を浴びせた。いや、光線というより吹雪のようなものだ。敵部隊がみるみるうちに凍り付いていく。
《冷凍光線か。冷却装置で大気を凍り付かせたんだな》
ソールは昨日、ニーズホッグの内部を見たときに急速冷却装置があるのに気付いた。自機が被弾したときに冷却するのかと思っていたが、こういう使い方だったのだ。
「アンドラは大丈夫か……」
ソールは地上に目をやった。ニーズホッグとは違い、旧式の陸上兵器をあり合わせの部品で修復したものだ。動く棺桶という例えは決して皮肉ではない。
が、予想とは裏腹にアンドラは巧みにケートスを操っていた。新旧のアバリスの矢を交互に発射し敵を撃破していく。といっても、敵機を殲滅するより戦闘不能にする程度だ。
ソールも、フェニックスを旋回させ敵に攻撃を仕掛けた。ユニコーンもアラクネも装備は実弾だけだ。グールヴェイグの3機は弾をかわし、あるいは防いで攻略していった。
「俺たちの敵ではないな」
ソールがそう呟いたそのとき。
ドンッ
という音とともに、フェニックスの羽が貫かれた。
「なっ!?」
多少油断していたとはいえ、弾を全く視認できなかった。どうやら、親玉の三つ首犬から発射されたようだ。
片翼をやられたフェニックスはぐんぐん落下していく。が、地上に墜落する手前でその翼がオレンジ色に光り出して自動的に修復された。
《ソール、大丈夫か!?》
《ああ》
フェニックスが自己修復機能を持っていたから助かった。が、これで敵にこの機体の性能がばれてしまった。
地上を見下ろすと残ったのはあの親玉だけだ。
ソールはタッチパネルを開き再度データを探した。が、やはり見当たらない。
「アポロンがアルカディアを離れた後に開発されたのか?」
間合いを取りながら旋回していたら、突然、三つの犬の頭からそれぞれアバリスの矢、銅でコーティングされた大砲弾、歯車状のブレードが飛んできた。それもユニコーンやアラクネとは桁違いの速度だ。
フェニックスはかわしたが、ケートスが足に、ニーズホッグが翼に被弾してしまった。
《アンドラ!フェンリル!ヨルムンガンド!!》
ケートスは動きが止まり、ニーズホッグはバランスを崩して墜落した。
《ここまでだなゲリラども。俺はアルカディア陸軍司令官、ハーデス。このケルベロスでお前たちを殲滅する》
ケルベロス――ギリシア神話に伝えられることになる、地獄の番犬である。
「マジか、ニーズホッグとはさみこんで倒そうと思っていたのに…」
ケートスは最初からあてにならないというような、アンドラが聞けば怒り出しそうな思惑を捨て去り、ソールは操縦桿を引いて高度を上げ始めた。