「結局、あいつらはまんまと逃げたってわけか?」
 フン・カメーが苛立たしげに呟いた。既に日が傾き始めている。夜になると捜索もより難しくなるだろう。
「目下、全力で探しております」
 と部下が言うと
「言い訳はいいからとっとと捕まえてこい!!」
 と怒鳴り、そばにあったティーカップを投げつけた。カップは部下に当たって床に落ちて割れた。
「兄さん、少し落ち着きなよ。パワハラだよ」
「お前、この期に及んでよく落ち着けるな!!」
 ヴクブ・カメーにまで当たり散らすフン・カメー。
「どんな手段を使って逃げているか知らないけど僕らのネオフラカンをまけるとも思えない」
 それもそうだな、とフン・カメーは思い直した。
 このシバルバーの隅々までネオフラカンシステムは行き届いている。住居、店舗、道路、病院、車……どこにいようと監視できるし、あぶり出すことも可能だ。
「もう少し待ってみよう。すぐにボロを出すさ」
 そうヴクブ・カメーが薄ら笑いを浮かべたとき、遠くで音がした。
「何だ?」
 自分たちがいる中央研究所の最上階にまで響く音とは何か。窓に目を向けるとそこには信じられない光景が広がっていた。
 夕日の映える虚空に蛇の形をした戦闘機が浮かんでいた。シバルバーのコウモリ型無人戦闘機が取り囲んで攻撃しているが全く歯が立たず、逆に次々と返り討ちにあっている。
「何だ、ありゃ!!」
 フン・カメーは双眼鏡でその戦闘機を見た。コックピットにいたのは…
「イシュタム!!」
 紛れもない、自分たちが追撃している女だった。
「どういうことだ…」
「兄さん、シパクナーとカブラカンを出撃させよう」
「あ? あれは本当の切り札とも言える兵器だぞ」
「今がまさにその切り札を使うべき非常事態だよ」
 ヴクブ・カメーが真顔で言った。

 その頃、ソールたちは港に着いて戦闘機を格納した潜水艦に搭乗していた。イシュタムの言った通り、ケツァルコアトルが囮になってシバルバーじゅうの注目が上空に集まったため、隙ができて敵に見つかることなくたどり着けたのだ。
 住人と出会っても無関心だったので難なくやり過ごせた。
「この国の人間は他人に無関心なのかね」
 テクノロジーが発達し過ぎたため人より機械と接することが多くなり、人間への関心が薄れたというのがソールの言い分だった。
 ついでに言うと、シバルバーに来るときにパイロットがマニュアル操作を誤って狼狽えていたことを思い出した。
「技術が発達し過ぎると人間の能力すらも衰えるんだよな」
 イシュタムもそうだった。自分のコンプレックスを克服するために脳を支配する「カウィール・シナプス装置」という恐ろしい技術をつくってしまった。今後、あの技術が兵士に使われれば無慈悲な戦闘マシーンを作れる。それに彼女は高度な技術者としてひっぱりだこになるかもしれないが、同時に命を狙われるかもしれない。
「ソール、行くぞ」
 ペガサスに乗り込んだペルセウスが言った。フェニックス、セイレーンを含め、3機がエンジンをふかして艦上から飛び立った。

 シバルバー上空では戦闘が長引いていた。
 シバルバーのこうもり型無人戦闘機――カマソッツは次から次へと出撃し、ケツァルコアトルを取り囲んでいる。一方、ケツァルコアトルは蛇の牙にあたる部分を突き出して旋回しながら体当たりする。さらに、胴体の砲身からは電撃を発射してカマソッソを葬っていく。しかしカマソッツの数が多すぎる。まるで蜂の大群に襲われた熊のように、ケツァルコアトルはエネルギーを消耗していった。
〈イシュタム、大丈夫か!〉
 フェニックスの中からソールが叫んだ。自身もそうだが彼女はもともとパイロットではないため、体が耐えきれないと踏んでいる。ましてや牙で敵に体当たりするドッグファイトを長期戦で戦えるとは到底思えなかった。
 3機はカマソッツを取り囲み次々と墜としていく。フェニックスは尾の実弾・テイルショットで、ペガサスはハルペー光線で攻撃し、セイレーンは音波攻撃が通用しないのでカマソッソ同士を翻弄して激突させた。しかしカマソッソが減る気配がない。
「おいおい、これじゃ本当にエネルギー切れになるぞ」
 ペガサスやセイレーンはもちろん、フェニックスは日没後に太陽光エネルギーを得られなくなる。それに、改良のときガイアの血を補給できなくしたので、燃料が切れたら二度とフェニックスに乗れなくなるかもしれない。
 最悪の事態が3人の頭をよぎったそのとき、ケツァルコアトルが光り始めた。
「何だ?」
 その光りはどんどん強くなる。かと思ったら突然、上空に舞い上がり、すさまじいスピードでカマソッツの一群めがけて突進した。
 その一撃でカマソッソの4分の1が葬られ、すぐに旋回して別の一群に突っ込んだ。その空域にいたカマソッソが全滅するまで十秒だっただろう。
「な、何、どうしたの?」
 アルテミスが不審げに呟く。
「まさか……」
 ソールは冷や汗を流した。イシュタム、カウィール・シナプス装置を発動させたのか? とうとう自らがサイコパスになってしまったのか?
「イシュタム、聞こえるか!? 返事しろ!!」
 するとケツァルコアトルがフェニックスに向き直り、突然突進してきた。
「うわっ!!」
 かろうじて回避したが、ケツァルコアトルの牙に尾の一部をひきちぎられてしまった。すぐさま旋回したケツァルコアトルは、今度はペガサスとセイレーンに体当たりする。
「がっ!!」
「きゃっ!!」
 直撃を受けたセイレーンの右翼が折れ、地上に落下していった。が、地上に激突する寸前で何とか体勢を立て直し、胴体着陸した。
「アルテミス!!」
〈だ、大丈夫。だけど、セイレーンは戦えなくなった…〉
「おいおい、セイレーンを一撃で戦闘不能にするなんてただ者じゃないぞ」
 ケツァルコアトルは狂気にとりつかれたかのようにフェニックスとペガサスに突っ込んでくる。それもすさまじいスピードだ。アルカディア空軍のトップガンであるペルセウスですら避けるのが精一杯だった。
〈ソール、どうすればいいんだ!?〉
「隙を見て機能停止させるしかないだろう」
 しかし、そんなソールの思惑をあざ笑うかのように空の向こうに2機の飛行物体が現れた。人間の顔を大きくしたようなものである。
「新手か!?」