出口を通過するなり、ペルセウスたちは前方に停めてあった車に駆け寄った。後部座席に背負い投げのようにソールを放り込んだ後、ペルセウスとイシュタムもそれぞれ乗り込んだ。放り込まれたソールはドアにしたたかに頭をぶつけ、「あいたっ!」と叫んだ。
「お前…もっと丁重にやってもバチは当たらないぞ」
「時間との勝負、行くよ!」
 アルテミスはアイドリングしていた車のギアをドライブに入れ、ペダルを思いっきり踏んだ。
 シバルバー・ネオフラカン中央研究所は文字通りシバルバーの中央にある。港は当然海辺にあるので一直線に大通りを行けば辿り着く。
 しかし敵もばかではない。大通りには検問を配備して封鎖している。そこでアルテミスは検問に捕まる前に小道に入って隠れた。
「うまくまけるかな」
 その不安は的中した。小道に入って10秒後に追っ手の車がやってきた。
「早!」
「まけるか?」
 アルテミスは小回りの効くことを利点に、どんどん小道に入っていった。すると追っ手は見えなくなった。
「やるな、アルテミス」
「伊達に小型戦闘機のパイロットはやっていないよ」
 しかしすぐに別の追っ手が来た。今度は前からだ。
「ええっ!?」
「バックしろ! 左に横道があったからそこに入るぞ!」
 ペルセウスに言われたとおりバックしてすぐに左折した。
「何であんなすぐに見つかるの!?」
 アルテミスが文句を言う。
「まさか……」
 ソールが後部座席から身を乗り出してナビのモニターを触った。
「この車、位置を探知できるようになっているみたいだ」
「何だって!?」
「盗聴器が仕掛けられているんだろ? 同じ要領で車に仕掛けて監視しているんだよ」
 3人とも真っ青になった。
「作動とめられないの?」
「恐らく車内のようにすぐ見つかるところじゃなく、車体の内部とか入り組んでいるところに仕掛けられているはずだ。そもそも、そんな簡単に見つかるんじゃ隠し探知機にはならないだろ」
 時間があれば解除できる自信はあった。しかし今は敵に追われている状況で、一刻を争うのだ。
「車を捨てて逃げましょう」
 イシュタムが言った。
「は? 港までまだ相当距離があるぞ!」
 ペルセウスが反論した。確かに港まで10kmはある。軍人で健脚の2人はともかく、ずっと軟禁されていたソールたちが走るには酷だった。
「ソールは置き去りにしても別に大丈夫だけど、あなたはそうはいかないでしょ?」
 俺はどうなってもいいのかとアルテミスに突っ込むソールを無視し、イシュタムは続けた。
「大丈夫、ちょうどいいところで今停まっているから」
 イシュタムは全員降車するよう促し、近くの倉庫に入っていった。

 4人が入った倉庫には奇妙なものがあった。薄暗くて見えにくいが巨大な蛇がとぐろを巻いているようだ。
 しかし、イシュタムが灯りを付けるとその正体が分かった。
「これ…戦闘機!?」
 アルテミスが息を飲んだ。その蛇には翼が付いている。全身は白金色でコックピットと思われる当部は青く、目は赤く光っている。
「何で、こんなところに…?」
「軟禁されている間、リモートでロボットを操作して開発したの。コードネームはケツァルコアトル」
「ええ!?」
 イシュタムが言うには、軟禁されている間、この戦闘機の設計図を作り、部品は遠隔で注文したりロボットに調達させたりして集め、ロボットに組み立てさせたらしい。
 ケツァルコアトルとは、アステカ神話に出てくる蛇の神で、マヤ神話にも違う名前で同様の神が出てくる。
「そんなことができるのか……」
 ソールが薄ら笑いを浮かべた。
「お前、メカやテクノロジーを語るときのその笑みはどうにかならんのか」
 ペルセウスが呆れ顔で突っ込む。おもちゃで遊ぶ子供の顔というレベルではない。
「ほとんど組み立て終わっているから、後はこれを付けるだけよ」
 イシュタムはポケットから掌に乗るサイズの電子板を取り出した。
「イシュタム、まさかそれは…」
「ええ、例のサイコパス化するシステム、カウィール・シナプス装置の究極の状態よ」
 イシュタムはロボットにその電子板を渡した。ロボットはコックピットにまで上り、操縦桿の横に装着した。
「私はケツァルコアトルに乗り込んでシバルバー上空に待機するわ。きっとフン・カメーたちは飛行タイプの兵器で追撃してくるから、その隙に港まで逃げて」
「おいおい大丈夫か? あんたパイロットじゃないだろ」
 ソールが怪訝な顔をした。こういう場合、ペルセウスやアルテミスに託すのがいいのではないか。
「もともと私は脱出の時に備えてこれを開発したの。だから私が乗り込むわ」
 素人でも操縦できるように自動化テクノロジーを組み込んでいるというから、ここは任せることにした。
 イシュタムはコックピットに乗り込むとエンジンを入れてケツァルコアトルを始動させた。