ネオフラカン研究所は緊急事態態勢となって右往左往していた。フン・カメーが意識を失う怪我をし、外国の研究者が脱走したのである。もしかしたら極秘情報を持って行かれたかもしれないと緊張が走った。
 当の脱走した2人の研究者――ソールとイシュタムは、とある一室の天井裏に隠れていた。先程、下の部屋に人が来たが誰もいないということで行ってしまった。
「普通、人の気配とか探らないのかね」
 ソールは小型のコンピューターを操りながら嘲笑混じりに呟いた。自動運転の機械任せに生きてきたから人間の直感的な感覚が鈍っているんだな――
「確かに機械づけの生活をしていると右脳が鈍くなりやすいからね」
 イシュタムも同意する。
「それも研究の成果?」
「ううん、一般論と自分の体験よ」
 曰く、研究室に閉じこもりがちになってから人の気配を感じにくくなったことがあるという。やっぱり自動機械に頼りすぎるといろいろ弊害が出るということか。
(そういえばシバルバーに来るとき乗った飛行機も緊急時に対応できていなかったな)
 機長が緊急事態の際に操作を誤っていた。今思い出すだけでもひやっとする。
「もしかしたらその弱点を突いていけば脱出しやすいかもな」
「ところでさっきから何しているの?」
「この研究所の中央コンピューターにハッキングしてここの設計図をコピーしたんだ。要は地図代わりだ」
 イシュタムがのぞき込むと画面に研究所の設計図が映し出されていた。
「普通の地図なら持っているけど?」
「誰もが入手できる地図じゃすぐ追っ手が来るさ。そうじゃなくて壁の中にある空洞とかをかいくぐっていけば簡単には追いつけないだろう」
 そう言い切るとソールは腰を上げた。
「行くぞ、ここから脱出する」

 その頃、アルカディアを出発したばかりのペルセウスは機上で頭を抱えていた。
「どうしたの?」
 アルテミスが尋ねると
「ソールのやつ、また無茶していやがる……」
 つい先程、ソールからメールがあったのだ。かいつまんで言うとどうやら軟禁されていたらしいが研究所の責任者をボコボコにした挙げ句、一緒に軟禁されていた女性と脱走劇の真っ最中とのことだ。
 そのような内容のメモをアルテミスに見せた。会話をすると誰に聞かれるか分からないためだ。
「どうするの?」
 アルテミスが引きつった顔で聞いた。なるようになるさ、と肩をすくめてペルセウスはそっぽを向いた。
 二人はプライベートを装ってシバルバーへの飛行機に乗り込んだ。が実は、海上では同時にペガサスとセイレーン、そしてフェニックスを艦載した小型の軍艦が航行している。軍事行動に出るとシバルバーとの関係に軋轢が生じるかもしれないが、ここまできなくさい状態となると有事もあり得る。
「小さい船を出してくれるとはポセイドンの機転に感謝しないとなあ」
 そんなことをつぶやきながらペルセウスはコンピューターでソールにメールを返信した。
―今そちらに向かっている。シバルバー第一空港に着いたらまた連絡する。無茶はくれぐれもしないように。
 送った直後、あいつが果たしてどれだけ聞くだろうかとため息をついた。

「まだ見つからないのか!!」
 フン・カメーは激昂しながら部下に詰め寄った。その顔は大きく腫れ上がり頭にはたんこぶがいくつもできている。
「申し訳ございません、全力で探しているのですが……」
「言い訳なんか聞きたくない!!」
 バンッと激しくテーブルを叩いた。
「兄貴、相当やられたようだね」
 ヴクブ・カメーが冷静に呟く。
「これだけ探して見つからないとなるともしかしたら通路でなく道なき道をつたっているかもしれないな」
「どういうことだ?」
「天井裏とか壁の中とかをすり抜けているってことだ。そうなると人間の目では見つけにくいな」
 天を仰ぎつつヴクブ・カメーがある提案した。
「地獄の番人たちを使うか」
「あ? あれはまだ研究途中だぞ」
「いや、ほとんど整備まで終わっている。このままだとどのみち取り逃がすぞ。ちょうどいい実験にもなるさ」
 そう冷笑を浮かべながら、ヴクブ・カメーは近くにいた研究員に指示を出した。のちのマヤ神話で、地獄の住人として語り継がれていく兵器たちを放ったのだ。