とりあえず落ち着いたソールは椅子に腰掛けてその女性にいきさつを聞いた。
 女性の名前はイシュタム。ネオフラカンの研究者だという。ちなみにイシュタムとは、マヤ神話に出てくる女神の名前だ。
「もともと、私はシバルバーの人間じゃないの」
 曰く、シバルバーから西にあるトゥランの出身だという。現在でいうユカタン半島にある都市だ。イシュタムの専門は脳科学で、人間の脳を研究してネオフラカンに役立てるというものだった。故郷からこのシバルバーに来て研究を続けていたが、やがてフン・カメーらのやり方に疑問を持つようになった。その結果、不意を突かれて気絶させられてこのチョーカーを着けられたという。
 その研究は、人間の脳に流れる信号を操ることだという。
「それも自分の研究を盗まれてこのチョーカーに応用されたのよ」
「どこまで汚いんだ」
 怒りを通り越してあきれた。
ソールはアポロンから「技術は善でも悪でもない。それを決めるのは人間だ」という薫陶を受けてきた。あの連中のやり方を見ているとネオフラカンシステムは放っておけば悪に染まると容易に想像できる。
「どうするかな……」
 またビリッとしびれが走った。
「まあ、のんびり考えるか。見たところこの部屋は暮らすのに不自由はしないみたいだし」

 ソールは部屋にあった菓子を食べながら自分の研究について話した。
「へえ、太陽光をエネルギーにするのね」
「俺の亡き師アポロンが開発したんだ。ただ、アレクサンドリアの事故でアポロンも亡くなったし、設計図も予備パーツも全部吹っ飛んでしまった。だからフェニックスと俺の頭の中にしか情報がないんだよ」
 2個目の菓子に手を伸ばす。
「ったく、あのときゼウスのあほオヤジがあんな無茶しなきゃこんな面倒起こらなかったんだ」
 ぶつくさ言うとまた電流が流れた。
「……反抗心が出ると罰を与えるか、まるで飼い犬みたいだ」
 チョーカーを首輪に見立てた皮肉だ。もし西遊記を知っていたとしたら孫悟空の頭の環と揶揄しただろう。
「ごめんね、私の研究のせいで……」
イシュタムが目を潤ませた。
「い、いや、研究自体は悪くない。悪いのはあの2人だ」
 今度は小さいパンを口に放り込んだ。
「ねえ、食べ過ぎじゃない?」
「腹減っているんだよ」
「なんだ、早く言ってよ。ごはん作ろうか?」
 イシュタムはそう言うと立ち上がりキッチンに立って料理を始めた。しばらくするといい匂いがしてきた。
「はい、白身魚のソテーと野菜の盛り合わせとスープ。大きなパンもあるわよ」
「お、ありがとう」
 早速ソールは魚を口に運んだ。
「うまい!」
 満面の笑顔でほめるとイシュタムははにかんだ。
「ありがとう。まだあるからおかわりして。私も一緒に食べるね」
 アレクサンドリアを出て以来、家族や友人の温かみになかなか触れられなかった。久々に触れたことがソールを和ませた。
「ごちそうさま、おいしかった」
 満腹になったら眠くなってきた。するとイシュタムは部屋の端を指さして言った。
「ベッドはそこにあるからね。私ももう少ししたら隣で寝るから」
「は?」
 ソールはぽかんと口を開いた。
「言ってなかった? 軟禁する部屋はこれしかないから私たち一つの部屋で寝泊まりするしかないの」
「なんですと!?」
 目をむいて顔を真っ赤にするソール。イシュタムも顔を赤くしたが
「べ、ベッドは二つあるから一緒に寝るわけじゃないのよ」
 ほっとしたような少し残念なような。ソールは複雑な笑みを浮かべた。