The Sun-Gild Wing ――神話として語り継がれる超古代文明のテクノロジー

ペルセウスはうつ伏せのソールの胸元からメモリーを取り、ハードに入れた。すると、映像が立ち上がった。今でいうビデオメッセージだ。

――フェニックスを開発している最中にこのメッセージを残している。未知の研究なので、突然、機械の爆発に巻き込まれて死ぬこともありえるからな――

 原因は違うが、爆発に巻き込まれることを予言していたかのようだ。

――アルカディアの諸賢へ。そちらを去った日から二度と戻らないと決めた。サンギルドシステムを造るまでは。その代わり、完成したら戻って祖国の繁栄に協力する。このエネルギーが完成すれば、ガイアの血を使わずに済む。だから、貧しい国から搾取するようなエネルギーのあり方を変えることができ、紛争の芽をつむことになる。他国に侵略せず自国を豊かにできるのだ。待っていてくれ――

 次に相手を変えたメッセージが話された。

――技術の継承者へ。もし私が志半ばで倒れても研究を続けてくれ。サンギルドシステムはまだまだ進化できる。フェニックスは今のところ、ガイアの血とのハイブリッドだがさらに改良できる。ガイアの血が完全に要らなくなり、太陽エネルギーだけで動くようにできるはずだ。君に未来のエネルギーを託す――

「サンギルドシステム……?」
 ソールを除く全員が困惑した。そんなエネルギーは聞いたことがない。
「太陽の光をエネルギーに変えるのさ。フェニックスはそのエネルギーで飛行し、戦闘で破損しても自己修復できる」
「そうか、それで……」
 アーレスは合点がいったという表情をした。だからあんな特攻のような無茶をしては自己修復するという戦い方ができたのか……。
「アポロンは、本当はアルカディアのためにこの技術を開発したのさ。なのに、あんたらはアポロンを死に追いやってしまったんだ」
 ソールはゼウスを睨みつけるように言った。
「ばかな……あいつは、もう二度と戻らないと言っていたぞ」
「結局、あんたがアポロンの意図を組めなかっただけのことだ。一国の主が、その程度の先見性だったってことだ!!」
「うるさい!!」
 うつ伏せのまま減らず口を叩くソールに向かい、ゼウスは怒声を浴びせた。
「ゼウス、アポロンの遺志を組んでやりましょう」
 突然、ハーデスが言った。
「何だと?」
「私も賛成です」
 ポセイドンとアルテミスも言った。
「このままだとアポロンは浮かばれない。あいつの死を無駄にしないためにも……」
 ペルセウスとアーレスも、たたみかけるように言った。
「お前ら、分かっているのか? それは侵入してきたこいつを赦すことになるんだぞ」
 アレクサンドリアで爆発が起きて、サンギルドシステムの設計図などは全て吹き飛んだ。今、それがこの世に残っているとしたらフェニックスの機器とソールの頭脳の中のみだ。サンギルドシステムの研究を続けるということはソールを生かすということになる。
「そういうことだな」
 ソールは皮肉っぽく言った。
「言っておくが、俺だってアポロンを死においやったお前らを完全に赦すことはできないさ。だけど、あの人は未来のためにこのエネルギーを遺したんだ。だから協力してやってもいいんだぜ?」
 不敵な笑みを浮かべて複雑な心境を吐露した。
 「……」
 ゼウスは拳を握りしめ「勝手にしろ!」と吐き捨てて去って行った。
 とりあえずソールはアルカディアからお咎めを受けることはなかった。が、それにはいくつかの条件があった。
 まず、破壊した兵器たち全ての修復を手伝うこと。それから、サンギルドシステムをアルカディアのために使うことだ。
 早速、アルカディアに住み込み整備兵として働くことになった。同時にサンギルドシステムの解析にも取りかかった。しかし、想像以上に複雑でなかなか解析が進まない。
 ある程度、解析が一段落したのは一カ月だった。

「ソール、どうだ?」
 ペルセウスが整備工場を訪ねてきた。ペガサスはとっくに修復され、彼はいつもの任務に戻っている。
 そしてその横にはアンドラもいた。ちなみにあの日からアンドラはペルセウスと一緒に住むようになった。そのうち結婚するのだろうか。
「いやあ、ありがとうペルセウス」
「は?」
 ソールは、ペルセウスの肩を叩きながら言った。
「あのまま、アンドラを動く棺桶に乗せたくはなかったからな」
「まだ言っているの?」
 むくれるアンドラ。ケートスは大破してもうこの世にはない。が、あれだけボロボロであそこまで戦ったのだからマシな方だろう。
「それにしてもさすがソールだな。もうほとんどの機体が修復されたんだろう?」
「ああ、あとはフェニックスだけだ」
 あごを向けながら、ソールは眉をひそめた。
「どうした?」
「実は……」
 フェニックスもほとんどが修復している。サンギルドシステムも正常に作動しつつある。が、ソールは決断を迫られているという。
 それは、今より少量のガイアの血でハイブリッド分のエネルギーをまかなえるというプログラムを見つけたのだ。アポロンの遺言の通り、サンギルドシステムは進化する。
「やったじゃない、お師匠さんの理想に一歩近づくのね」
「ただな、追加分のガイアの血が足せなくなるんだ」
「え?」
 仮にガイアの血がなくなったら、もうフェニックスは空を飛べない。
「それに踏み切れなくてな……」
「もう、ソールらしくないわ!」
 アンドラが叱咤する。
「今のままでいいんだったらアレクサンドリアにずっといたはずよ。でも、あなたはそれで終わろうとしなかったから、ここにいるんでしょう?」
 ……そうだ、アンドラの言う通りだ。彼女は、エネルギーを搾取される地から来たのだから改良に踏み切るべきと主張した。
「よし!」
 ソールはアンドラに後押しされ、フェニックスのコックピットに登った。
「見ていてくれ、今からその回路を切断する」
 ソールはコックピットから銅線を引っ張り出してはさみを当てた。

 ジャキンッ

 という音がするとフェニックスが光り出した。
「何だ?」
「生まれ変わるのさ、フェニックスが」
 しばらくすると光が収まった。

――アポロンの死から続く壮絶な戦いはこうして幕を閉じた。が、ソールたちは、これがこれから続く激闘の序章だとはこのとき知る由もなかった。
名前
①所属国・地域②年齢③性格や強みなど

ソール
①アレクサンドリア→アルカディア②17歳③この物語の主人公。整備兵として、アルカディアの戦闘機の整備をしている。性格は温厚で争いや殺戮を好まず、人当たりも良い。が、自分の好きなことだけに熱中して興味のないことはやらない、場の空気を読まない、勝手に人の資料を見る、戦闘機を無断で改造するなど、周囲の人間を振り回すことも多い。機械工学の技術や知識に熟練し、その腕は一流だが、好きが高じて薄ら笑いを浮かべることも。その様子を周囲に気味悪がられたりする。アポロンからサンギルドシステムを受け継いだ唯一人の男。名前のモデルは「太陽」を意味するラテン語から。

アポロン
①アルカディア→アレクサンドリア②30歳③ソールの師匠。元はアルカディアのエネルギー担当相だったが、ガイアの血のあり方をめぐり首脳部と決別。アレクサンドリアに出向となって移住する。サンギルドシステムの開発者で、戦闘機フェニックスに導入する。争いを好まず、平和裏にエネルギー運用ができるよう研鑽を積んでいた。ソールにはたまに手を焼いていたが、一番の愛弟子としてかわいがっていた。モデルはギリシア神話の太陽神・アポロン。

ペルセウス
①アルカディア②20歳③アルカディア空軍のトップガンの一人。仁智勇を備えた武人の鑑。真面目で任務を忠実に遂行するが、敵であっても情けをかける一面がある。如何なる戦況においても冷静に判断して窮地を脱する精神力を持つ。ソールの兄貴分かつ保護者的な存在だが、暴走する彼に翻弄されることも多い苦労人。モデルはギリシア神話の英雄・ペルセウス。

アーレス
①アルカディア②23歳③アルカディア空軍のもう一人のトップガン。気さくな性格で、若い軍人からは兄貴分として慕われている。好戦的ではあるが、むやみに平和を乱すことはしない。最強の攻撃力を誇る戦闘機・グリフォンとの相性は抜群。モデルはギリシア神話の軍神・アーレス。

アンドラ
①不明(アフリカの小国)→アルカディア②19歳③グールヴェイグに所属していた女性。故国の惨状を打開すべく、ケートスに乗り込んで戦っていた。優しく女性らしい性格。しかし、信念を貫くために自分が犠牲になることをいとわない。愛機ケートスを大切にしていて、ソールが揶揄するたびに怒っていた。モデルはギリシア神話のエチオピアの王女・アンドロメダ姫。

ロキ
①ニブルヘイム②40歳③ゲリラ組織グールヴェイグのキャプテン。いつもヘラヘラとしているが、目が笑っておらず、何を考えているか分からない。一緒に行動していたソールも「信用できない」「うさんくさい男」と言っている。顔に大きな傷がある。物語が進むにつれ、その過去が明らかになる。モデルは北欧神話の悪神・ロキ。

フェンリル
①ニブルヘイム②16歳③グールヴェイグのクルー。短気で好戦的。元は戦災孤児。ロキと知り合い、行動を共にする。モデルは北欧神話の狼・フェンリル。

ヨルムンガンド
①ニブルヘイム②19歳③グールヴェイグのクルー。フェンリルとは対照的な冷静な性格。元戦災孤児。モデルは北欧神話の大蛇・ヨルムンガンド。

ハーデス
①アルカディア②29歳③アルカディア陸軍の司令官。たたき上げの職人的な軍人。モデルはギリシア神話の冥界の神・ハーデス。

ポセイドン
①アルカディア②29歳③アルカディア海軍の司令官。軍人ながら政治的大局を見極める視点を持つ。モデルはギリシア神話の海の神・ポセイドン。

アルテミス
①アルカディア②16歳③アルカディア海軍の艦載機パイロット。凛とした性格だが、別に男っぽいわけではない。モデルはギリシア神話の月の女神・アルテミス。

ゼウス
①アルカディア②56歳③アルカディアの元首。厳格な性格だが、政治の難しさに日々苦悩している。自国の軍隊を壊滅寸前にまで追いやったソールを憎んでいる。モデルはギリシア神話の主神・ゼウス。
コードネーム
①メインパイロット②所属③装備④意匠⑤特徴


フェニックス
①ソール②アレクサンドリア→グールヴェイグ→アルカディア③アバリスの矢、テイルブレードショット④赤とオレンジの鷲。7本の尾がある⑤アポロンが開発した極秘の戦闘機。太陽光をエネルギーに換えるサンギルドシステムが搭載されており、損傷を受けても自己修復が可能。サンギルドシステムの進化と共に性能も向上していくことになる。モデルはエジプトの不死鳥・フェニックス。


ハーピー
①イカロスなど②アルカディア③アバリスの矢、アバリスの矢改良型、対地ミサイル④紫と銀の人面鳥⑤アルカディア空軍のメジャーな戦闘機。量産型。トップガンの操る機体ほどではないが、戦闘能力は高い。初めて空軍に導入されて以来、モデルチェンジを繰り返してきた。イカロスの乗った機体は、フェニックスと交戦の末に撃墜される。モデルはギリシア神話の怪鳥・ハーピー。


ケートス
①アンドラ②アフリカの小国→グールヴェイグ③アバリスの矢(旧式)、水圧砲、アバリスの矢改良型、自爆装置④緑と黒、くじらの頭にカバの胴体⑤水陸用の兵器。アフリカの小国が、アンドラのために旧式の部品をつきはぎして開発した。部品の多くは取り替えが困難になっている。攻撃力はそこそこあるが、機動力が低い。後にソールが自爆装置を組み込んだ。ソールは「動く棺桶」と揶揄する。モデルはギリシア神話のアンドロメダ姫を襲った海の怪物・ケートス。


ニーズホッグ
①フェンリル、ヨルムンガンド②ニブルヘイム→グールヴェイグ③アイスミサイル、ブリザードブレス④青を基調にした竜⑤反アスガルドゲリラ組織・グールヴェイグの主力戦闘機。初期は2人乗り。熱エネルギーでなく、冷却システムで氷や吹雪をつくって攻撃する。モデルは北欧神話の竜・ニーズホッグ。


ケルベロス
①ハーデス②アルカディア③アバリスの矢改良型、ブロンズ砲弾、ブレードホイール、サンギルドファングボム④紺色の三つ首犬⑤アルカディア陸軍の陸上兵器。三つ首から各種類の攻撃をする。暗い所でも、アイカメラがあるので有利に戦える。逆に、急に強い光にあたるとカメラが壊れる。モデルはギリシア神話の地獄の番犬・ケルベロス。


ヒュドラ
①ポセイドン②アルカディア③水圧砲、酸④緑の八つ首の蛇⑤地中海を防衛する水上兵器。小さな要塞とも言える。多くある砲身を各個撃破しても、次々に復活する。高熱を当てると砲身はつぶれる。分割すれば移動ができる。モデルはギリシア神話の海の怪物・ヒュドラ。


セイレーン
①アルテミス、カリストー、セレネ②アルカディア③器官干渉音波④赤とピンクの人面鳥⑤ヒュドラと共に地中海を防衛する。戦闘機だが所属は海軍(艦載機)。実弾は使わず、音波で敵パイロットの三半規管を狂わせる。小ぶりな戦闘機。モデルはギリシア神話の海の魔女・セイレーン。アルテミス、カリストー、セレネで隊伍を組む。


ペガサス
①ペルセウス②アルカディア③アバリスの矢改良型、ハルペー光線④白を基調に赤と青のラインがある白馬⑤アルカディア空軍で1,2を争う戦闘機。メドゥーサ博士の開発した装甲でコーティングされている。防御力はアルカディアNo.1。メドゥーサ装甲は偶然できた代物で、そのとき爆発が起きてメドゥーサ博士も死んだので、世界唯一のものとなる。モデルはギリシア神話の天馬・ペガサス。


グリフォン
①アーレス②アルカディア③アバリスの矢改良型、ケラウノス光線④茶色を基調に金のライン。鷲の顔をしたライオン⑤ペガサスに比肩する戦闘機。エネルギーをためて撃つチャージショットができる。攻撃力と攻撃範囲はアルカディアNo.1。モデルはギリシア神話の幻獣・グリフォン。
「大変だ、陸地が…沈むぞ!!」
「助けて、誰か助けてくれえええええええ!!」


 かつて、北大西洋上に栄華を極めながら1日で海底に沈んだ大地があった。後世では、さまざまな憶測を呼んだ伝説の大陸と呼ばれている。さて、その大地はどのようにして滅んだのか……。

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「ソール!」
 ペガサスのコックピットにいたソールはアンドラの声の方に振り向いた。
「何しに来たんだ? 整備工場に」
「ごあいさつね、最近、顔を見せないから元気かなって気にかけてあげたんじゃないの」
「いや、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて……」
 ソールはアンドラのやや大きくなった腹を指さした。あの後、ペルセウスとアンドラはすぐ結婚して子供を授かった。今は妊娠8カ月である。
「身重のあんたにこの工場は毒だぜ」
 工場内は暗くて通気性もよくない。加えて機械類が多くいつ倒れてくるかも分からないのだ。普通の人間でも体によくない上に危険なのに、妊婦となったらなおさらだ。
「ねえ、そう言えばさ、今度どこかに勉強に行くって聞いたわよ」
 人の話を聞いていないなと思いつつ、ソールはコックピットから降りてアンドラに駆け寄った。
「勉強じゃなくて研究だ研究。北大西洋にあるシバルバーに行ってくる」

 シバルバーとは北大西洋上にある島、およびそこにある国家の名称である。この大地は百年前、この世に存在していなかった。が、優れた科学技術により海を埋め立てて島にした。その結果、今で言うメキシコやグアテマラの地域にあったトゥランという国から膨大な数の人々が移住し、国家を形成したのだ。
「で、そんなところに何しに行くの?」
 地中海の見えるテラスでアンドラはケーキをつつきながら尋ねた。あとからペルセウスとも合流し、3人でのんびりとランチを楽しんでいる。以前の激闘が嘘のようだ。
「シバルバーは最新のテクノロジーを使っている。サンギルドシステムをさらに改良するためには、今の技量じゃ限界があると思うんだ」
「本当に1人で行くのか?」
 ペルセウスが眉をひそめながら言った。
「あのな、もう俺も子供じゃないんだ。海外だって1人で行けるさ」
 ソールがにらみ付ける。アーレスもペルセウスも何かと子供扱いをしてくる。正直に言うとかなり不服だ。
「よく言うよ。この前だってペガサスをおもちゃみたいに勝手に改造しようとしやがって……」
「は? あんなの改造のうちに入らないだろ?」
 ペルセウスは呆れた。勝手に改造とはペガサスの砲身を10本にしようとしたのだ。ソールにとっては、兵器だろうと身近な機械だろうとおもちゃのようなものなのだ。
「俺が言いたいのは、あのうさんくさいシバルバーに1人で行って無事に帰って来られるのかということだ」
「え? どういうこと?」
 よく考えてみろ、とペルセウスは懸念していることをアンドラに話した。たった百年前、何もなかった海上に島を造ったのだ。科学技術が進んだとは言え、そんなことをやってのける国はシバルバーしか聞いたことがない。
 しかも、何かしらの大量破壊兵器を秘密裏に開発しているという噂もある。裏が取れないが信憑性はかなり高いとアルカディアの首脳部でも話題になっているのだ。
「まあ、そんなことを心配しても仕方ないさ。何かあったら助けを呼ぶからよろしく」
 状況次第では連絡ができないかもしれないぞと注意をしても右から左だろう。しかし、脳天気なソールの台詞はペルセウスの危惧をぬぐうには足りなかった。

 そして――ペルセウスの危惧をはるかに上回る惨劇が起こることとなる……。
 数日後。ソールはシバルバーに向かう旅客機にいた。ペルセウスとアンドラ、アーレス、ハーデスはアルカディア空港まで見送りに来てくれた。ポセイドンとアルテミスは、任務を離れられず断念したのだ。
 アルカディアに来て以来、対戦した相手とは良好な関係が続いている。アポロンの遺志を伝えたことと1人も死者を出さなかったことが奏功したのだ。
 ただし、ゼウスだけは今でも犬猿の仲である。目が合ったときも、お互いににらみつけてそっぽを向く。自国を混乱させたというだけでなく、厳格なゼウスにとってマイペースなソールは反りが合わないのだろう。
「気をつけていってこいよ」と皆に見送られて飛行機に搭乗した。離陸し、約3時間のフライトで眼下に陸地が見えてきた。
「あれがシバルバーか…」
 おかわりのフルーツドリンクを飲み干しながらつぶやいた。ひと目見て高度な科学技術が使われていることが分かった。
例えば高層ビルがいくつも建っている。夕暮れになる時間帯にはきらびやかな灯りが色とりどりに重なり、夕日と重なって美しい光景を映し出していた。
 一方、ソールは違和感を覚えた。何かが足りないのだ…。
(はて、何だろうな?)
 首をひねったものの答えは出なかった。まあいいか、と思ったそのとき、飛行機がガクン、と揺れた。
「おいおい、何だよ」
 気流の乱れかと思ったがとっさに違うと感じた。この場合、アナウンスで「気流の乱れがありますが飛行には影響がありません」と流すはずだがそれがない。しかも、キャビンアテンダントたちが右往左往している。
(コックピットで何かあったな)
 その直感に従い、シートベルトを外して駆けだした。

 コックピットに無断で入るとパイロットが青ざめていた。
「何があった!?」
 ソールが怒鳴ると壮年のパイロットがおろおろしながら答えた。
「自動操縦を解除した途端、警報が鳴り始めたんだ!」
「はあ?」
 詳しくは分からないが緊急事態であることは把握できた。ソールはコックピットに駆け寄り、コントロールパネルを見た。大きさは違うが戦闘機とあまり変わらない。
「たぶん、機体が上昇しすぎているんだ。操縦桿を前に倒して下降気味にしろ!」
 すると機体の揺れが少なくなり警報もやんだ。
「はあ、助かった…」
「おい、あんた機長だろ? 何であんなに慌てていたんだ?」
 ソールは睨んだ。飛行機の操縦を知っている自分がいたから良かったものの、もしいなければ墜落していたかもしれない。
「実は、離陸と着陸以外は自動操縦ばかりやっていて自動操縦を解除したのが初めてなんだ」
「何だって!?」
「上の世代はマニュアル操作で機体を飛ばしてきたんだけど、自分の世代はもう自動操縦が当たり前になっている。今回のようなトラブル自体が初めてのパイロットも少なくないんだ」
 その後、飛行機は無事にシバルバーの空港に着陸した。
 機長が今回のトラブルを管制塔に報告したのだろうか、外に大勢の空港関係者と野次馬がいた。が、ソールは相手にするのが煩わしいので見つからないようにさっさと降りて逃げた。
 シバルバーは大都市だった。アレクサンドリアやアルカディアも都会だったがシバルバーはそれ以上である。
 面積はさほど変わらない。違うのは高さだ。
「たっか…」
 ソールは街に出てビルを見上げた。地上100階はありそうなビルだ。それも1棟でなく何棟もそびえ、一つの区画に集まっている。
 摩天楼のふもとを大勢の人々が往来している。それもすさまじい人数がさっさと歩いているのだ。
店に入って飲み物を買おうと、財布を取り出した。
「あ、両替してなかったな…」と思ったとき、ふとペルセウスに渡されたカードを思い出した。
「確かこれで買えるって言ってたな」
 研究費が降りたという話だが、シバルバーの日用品はこれで買えるということなのだろう。水を持ってレジに進みバーコードのようなものをあてた。すると値段が出たので今度はカードをかざした。液晶を見ると自動的に精算されている。
「現金いらないのか…」
 便利だなあと独り言を言いながら店を出ると、今度はタクシーのような車が目にとまった。行き先の研究施設の名前を書いたメモを出し、行き先を伝えようとすると。
「ん? 無人なのか?」
 乗り込んだ車には人はいない。その代わり運転席のようなところにあるパネルから音声が聞こえた。
〈行き先をご指示ください〉
〈え、シバルバー・ネオフラカン中央研究所〉
〈了解しました。どうぞご乗車ください〉
 ソールが座席に腰をおろすとドアが閉まり、車が走り出した。
「こりゃすごい、最新の科学技術を集めているぞ」
 やがて研究施設であるシバルバー・ネオフラカン研究所に到着した。

「君がアルカディアのソールくんか、ようこそシバルバー・ネオフラカン中央研究所へ」
 玄関で出迎えた赤い髪の男がにこやかに挨拶した。黒縁のメガネが印象的だ。
「私は当研究所の所長をしているフン・カメーだ」
 握手した手は荒れていて指も太い。日夜、技術開発に精を出しているのだろう。二人は研究所の中に入りながらシバルバーの技術のことについて話した。
「驚きましたよ、ここは何でも自動操縦なんスね」
「すごいだろう。ネオフラカンシステムの成功により、これほどの文明が作れたんだ」
 自分たちの技術を謙遜することなく酔いしれるように「すごい」と言っている。ソールはその尊大さに警戒心が働いた。
(こいつ、ちょっと危ないかもな)
 亡きアポロンから「どんな技術も完璧ではなく、何かしら弱点がある」と思えと教えられた。現に、サンギルドシステムは太陽がなければ修復のエネルギーが作れない。常に課題がありそれを改善する努力が必要なのだ。
 自分の技術を自慢したい気持ちは分かるがフン・カメーの口ぶりには謙虚さがまったくなかった。どこかで欠陥が見つかったときどうするつもりなのか…。
「ところで、あの自動操縦ってネオフラカンシステムって言うんすね」
 フラカンとはシバルバーをはじめとした中南米地域では「風」を示し、広義的に「自然」を意味するようだ。のちにマヤ神話では「風の神」となり、台風であるハリケーンの語源になったという説もある。「ネオフラカン」とは、その自然を超越した技術ということだろう。
 自動決済や無人車の自動操縦のように現代でいうところのAI機能が生活の到るところに及んでいる。
 例えばエレベーターに搭乗すると階数を言うだけでそこに連れて行ってくれる。車椅子の人がいたらセンサーがそれを察知するのだろうか出るまで待ってくれる。その車椅子にしたって、使用者が手で使うのではなくゲームのリモコンで操作できるような仕組みである。
 空中にはラジコンのヘリコプターが飛んでいた。荷物を持っているようなので宅配便の機械だろうか。聞いたところ受取手の顔を認証して届けてくれるらしい。
「実は、飛行機の自動操縦システムは我が研究所が世界に先駆けて開発したものでね…」
 まだ自慢話が続いている。大丈夫か? あのラジコンも、荷物の代わりに銃弾をプレゼントすることだってできるだろうに。
「フン・カメー兄さん。どこ行くんだ? こっちだよ」
 後ろから声がした。フン・カメーに似た男が立っている。兄弟だろうか?
「ヴクブか。こちらの客人、ソール君を案内していたんだ」
 その男は、フン・カメーとは対称的に青みがかった髪の色をしている。また物腰も対称的で物静かで穏やかだ。しかし、その目は指すように冷たい。
 ちなみに、フン・カメーとヴクブ・カメーはマヤ神話に登場する神である。
「はじめましてソールさん。よろしくお願いします」
 頭を下げた。フン・カメーより少し年下くらいだろうからソールよりは年上のようだ。が、若輩者のソールに頭を下げるのは少なくとも兄貴よりは尊大ではないからか。
「中央研究所のメインラボにご案内いたしましょう」
 メインラボには多くの科学者と技術者がいた。しかし、それ以上にいたのは研究を手伝うロボットたちだ。
「ネオフラカンシステムで人工知能を開発したんだ」
 自慢気にフン・カメーが話す。
曰く、自動化のほか天候を自在に操る、動植物を原子レベルで配列を変えることも研究されているらしい。ことごとく自然を超えたということをアピールしたいのだろう。
「すまないね、兄貴は自分の研究に誇りを持っているから自慢したいんだよ」
 ヴクブ・カメーが苦笑いしながら言った。誇りというより自意識過剰という印象が強いのだが……。
「ところで、ネオフラカンって何か欠点や課題はないんスか?」
 ソールはしれっと聞いてみた。
「何を言う! 欠点も課題もない、完璧な技術だ!!」
 フン・カメーが目をつり上げて怒鳴った。
「君はネオフラカンを何も分かっちゃいない!」
 いや、分かっていないからこうやってきて研修を受けようとしているんだけど……。
「兄貴、彼も別に悪気があるわけじゃないからさ、落ち着けよ」
 なだめるヴクブ・カメー。
「別にないならいいんですけど。でも、どんな技術も常に課題は出て来るものなんで。現に、俺の管理しているサンギルドシステムもそうだから」
「サンギルドシステム?」
 初めて聞くような顔をする2人。ここに来る前に研修の意図を伝えたが、その文面にサンギルドシステムも書いていたのだ。読んでないのか?
 仕方なくソールは概要を説明した。すると、フン・カメーはさほど興味を示さなかったがヴクブ・カメーがくいついてきた。
「それができるなら、エネルギーを無限に作れるね」
 感心したように呟く。一方、フン・カメーは
「太陽の恩恵なんてな。古代人の宗教じゃあるまいし」
 と言い捨て肩をすくめて出て行ってしまった。
(どんだけうぬぼれやなんだ?)
 その夜、ソールは自室で報告のメールを打った。
「初日の研修。とりあえず自己紹介。先方の研究者は優秀だが性格に問題有り。気を付ける、と……」

「ねえペルセ。ソールはちゃんとやっているかな?」
 アンドラが、帰宅したペルセウスに言った。
「まあ、3日に1回はメールが来ているからちゃんとやっているにはいるようだ」
 ただ、そのメールが短い上に技術的なことばかりだから具体的な研修は暗号のように読み解かなければならない。
 例えば、自動化プログラムのバグがなんたらだの、なんとかコードの解析に6時間だの……。
「何それ?」
「あいつ、普段淡泊なくせに、メカ系や技術のことになると目がらんらんと光るからな」
 しかもうすら笑みを浮かべる癖があるらしい。ペルセウスはその様子を動画に撮ったことがあり、アンドラに見せてみた。
「きもちわる……」
「あまり見るな。お腹の子供に触る……」
 ソールも、ペルセウス・アンドラ夫婦の話のタネにされているとは露にも思わないだろう。

 ところがその翌日。事件が起きた。
 ソールがいつものように研究室を退出して自室に戻ろうとしたとき、突然後ろからの衝撃を受け、そのままどさっと倒れたのだ。
 ペルセウスたちが異変に気付いたのはそれから一週間後だった。
「おかしい」
「何がだ?」
 ペルセウスがアルカディア軍の詰め所でポセイドンに言った。
「もう1週間だ」
 ソールからの定期メールが途切れて1週間が経つ。出立するとき、短くていいから定期的に連絡しろと言った。その言葉通り、短くて愛想のかけらもないメールが3日に1度は送られてきた。
 それが途絶えて1週間。何かあったのだろう。
「もともと筆無精なんでしょう? だったらめんどくさくなったとかは?」
 アルテミスが口を挟んだ。ちょうど海上の護衛が終わり、カリストーとシフトを交代して戻ってきたばかりだ。
「いや、あいつは自分で習慣化したり決めたりしたことは愚直にやる性格だ。何かトラブルがあったに違いない」
「ペルセウス」
 アーレスが部屋に入ってきた。
「一応ゼウスに報告したぜ」
「なんて?」
「放っておけってさ」
 肩をすくめるアーレスを見ると、ボスは厄介払いができてせいせいするとでも思っているようだ。
「誰か迎えに行くか?」
 ハーデスがペルセウスとアーレスを促した。
「ばか言えよ。一個人を軍人が迎えに行くなんてしたらあちらさんとの関係にひびが入るぞ」
 現代でもそうだが、例えば紛争地域に戦場カメラマンが入って拘束されたからとしても軍を出すことはできないのが政治だ。下手に軍を動かしたら争いの火種になる。
「もう少し待つか。そうすれば行方不明者の捜索という名目ができるだろうから」
「それまでに万が一のことがあったら?」
「そのときはそのときだ、あきらめるしかないな」

 そんな薄情なやりとりがアルカディアでされる数日前のこと。ソールはくの字に倒れた状態で目を覚ました。
「いってて……あれ、俺どうしたんだっけ」
冷たい石畳が生ぬるく、かなりの汗で濡れているからけっこうな時間倒れていたことが分かる。それにしても辺りが薄暗い。何とか目をこらすと家具などが揃っているから、どこかの部屋のようだ。
 突然、シュッと扉が開いた。
「お目覚めのようね」
「誰だ!」
 声の方に向いて身構えた。
「あなたの面倒を見るようヴクブ・カメーから言われたわ」
 扉のところにいたのは自分とさほど歳の変わらない女性だった。
「おいおい、俺は客人だぜ。何で監禁するような真似を……」
 立ち上がろうとしたら全身にしびれが走り、どさりと倒れた。
「感情を高ぶらせないほうがいい。君の首には脳の信号を感知するチョーカーが巻かれているからね」
 女性の後ろからフン・カメーとヴクブ・カメーが現れた。頭で考えたことや感情を読み取り、よからぬことをしようとしたら電流を流すということか。
「……一体何の真似だ?」
 息が絶え絶えになりながら毒づいた。と言ってもあらかた狙いは勘づいている。
「君のサンギルドシステムを我がシバルバーに取り入れようと思ってね」
 軟禁して無理矢理に開発を手伝わせるという魂胆のようだ。
「やなこった」
 するとまた電流が流れた。
「ぐわっ!」
「言っておくけど我々が任意に電流を流すこともできる。お忘れなく」
 まあ、前向きに考えてくれたまえと言い捨てて2人は出て行った。
「あいつら……」
 と怒りを覚えつつ感情を抑えた。また電流が流れるのはごめんだ。
「大丈夫?」
 例の女性がタオルを出してくれた。
「ああ……ってあんた、あいつらの仲間じゃないのか?」
 怪訝な顔でたずねる。
「実は私もあなたと同じように軟禁されているの」