どこからともなく、美しい音が聞こえる。
「上か!!」
 ソールが見上げると3機の小型戦闘機・セイレーンが旋回しながら音を鳴らしていた。見た感じでは強力そうな武器を持っていない。しかし、この美しい音はその戦闘機から聞こえてくる。
「まさか……」
《これで終わりね》
 フェニックスのコックピットに通信が入ってきた。セイレーン部隊のリーダー、アルテミスだ。
「私たちは強力な砲身や実弾ではなく人間の脳の平衡感覚を奪う音を使って戦うのよ。あんたたちの三半規管はもうすぐ使い物にならなくなるわ」
 器官干渉音波というこの武器は、アルカディアの海域に侵入する敵を退けてきたのだろう。まさに、船乗りを歌声で海に誘って殺すセイレーンそのものだった。
「なんてやつだ……フェンリル、ヨルムンガンド、アンドラ!!」
《まずいな、ソール、想像以上にやっかいだ。こんなことなら殴り込みなんてやらなきゃよかったな……》
「何弱気なこと言っているんだフェンリル、お前らしくない!」
《ソール!》
 下にいるケートスを見てはっとした。しまった……ケートスの一番攻撃力のある水圧砲の砲身が折れてしまっている。このままでは危険だ。
 とっさに、ソールはアバリスの矢を発射して、ヒュドラの砲身をいくつかつぶした。
「これを繰り返すしかない」
 と思ったらその砲身が新しいのに替わり始めた。
「げ、スペアがあるのか!?」
 しかも入れ替わるスピードが10秒もかかっていない。
「ま、まずいぞ本当に」
 ケルベロス戦よりもはるかにピンチだ。どうしたらいい?
《ソール、上の3機は何で攻撃してこないの?》
 浅瀬にいるアンドラが言った。今頃何言っているんだ?
「あいつら、脳を狂わせる音を出して敵の操縦ミスを誘って自滅させるんだよ」
《音? 聞こえないわよ》
「え?」
浅瀬にいるアンドラは離れているから音が聞こえないのか。
 おそらく、陸地付近の敵をヒュドラが、空の敵をセイレーンが迎撃するよう戦陣を組んでいるのだろう。
「みんな、いい考えが浮かんだぞ!」
 ソールは閃いた自分のアイデアを伝えた。この窮地を切り抜けるために耳を傾けていたメンバーだったが、話が終わると顔色を変えた。
《お前、そりゃ無茶だぜ!》
 冗談じゃないと言わんばかりにフェンリルが怒鳴った。
《ニーズホッグはまだいい、ケートスは危険だぞ》
 ヨルムンガンドも乗り気ではなかった。
「だけどこれしか方法がない。時間が経つとこっちの武器やエネルギーがなくなって負けるぞ!」
《私、やるわ!》
《アンドラ……》
「よし、みんな、三つ数えるからゼロになったら作戦開始だ!」
(成功したら英雄だけど失敗したら味方を死に追いやることになるな……)

「ん?」
 アルテミスは異変に気付いた。フェニックスとニーズホッグが高度を下げ始めたのだ。
「さては、音が届く射程に勘づいたわね」
《アルテミス様、どうしますか?》
「当然追撃するわ。ついてきて」
 三機のセイレーンも高度を下げ始めた。アルテミスにしてみたら浅瀬にいるケートスにも攻撃を加えられるのだから、その方がやりやすいというものだ。
 しかし、アルテミスはさらに首を傾げた。ケートスはヒュドラに向かってゆっくり前進している。そしてフェニックスとニーズホッグは海面すれすれの高度でケートスを追い抜かないよう飛んでいる。
ヒュドラはというと海水を補給し敵機に向かって照準を定めていた。
「変なやつらだな。まるで狙ってくださいと言わんばかりだ」
《ポセイドン、どうする?》
 と、無線でアルテミス。
「言うまでもない」
 自分たちの任務は侵入者の迎撃である。ポセイドンは攻撃用のトリガーに手を掛けた。
 すると突然、3機のうち低空飛行をしていた2機がそれぞれ10時方向と2時方向に分かれ、ケートスを扇の要に位置づけるよう加速し始めた。
 ポセイドンとアルテミスは多少驚いた。が、ある程度は予測もしていたのでセイレーンは2機の追撃のために加速し、ヒュドラはケートスに向かって水の砲弾を発射した。
 砲弾を受けてケートスの装甲は徐々に剥がれていく。さらに右の前脚は折られ、壊れた水圧砲の砲身はあっさりと吹き飛んでしまった。
《ソール、アンドラがやばいぜ!》
「まだだフェンリル、もう少し外に開かなきゃ!」
 フェニックスとニーズホッグはケートスからどんどん遠ざかっていく。その後をセイレーン部隊が二手に分かれて追う。
 「よし、今だ!」
 ソールの合図でフェニックスとニーズホッグは急旋回した。追撃していたセイレーンたちも慌てて旋回する。
 敵味方全てがヒュドラに向かう。そして小型でスピードの速いセイレーンがそれぞれフェニックスとニーズホッグに追いつこうとしたそのときだった。
「フェンリル!」
《おう!》
 フェニックスが海面にテイルブレードショットを発射してしぶきをあげると、ニーズホッグがそれをブリザードブレスで凍らせた。
《うわあっ!》
《何だと!》
 ヒュドラは砲身が作動しなくなった。弾となる海水が凍りついて補給できなくなったのはもちろん、砲身に充填していた水まで凍ってしまったのだ。
 セイレーンはというと、氷の柱に行く手を阻まれて激突し氷上に落下した。
 低空飛行だったため墜落時のダメージが少なく、機体が爆発しなかったのは運がよかったとしか言いようがない。
《まったく、無茶苦茶だぜ……》
 ほっとしたようにフェンリルがつぶやいた。いつもなら勝利の雄叫びをあげそうなものだが、このときばかりは生きた心地がしなかったようだ。
《途方もない作戦を思いつくものだな》
 ヨルムンガンドが皮肉交じりに言った。確かに、こんな危険な作戦は普通の訓練を受けた軍人だったら考えないだろう。敵味方の機体の性能を見抜いたソールだったからこそ考えついたと言える。
「これで地中海を攻略できたな」
《ところで、アンドラは大丈夫か?》
 ソールはハッとし、急いでケートスの元へ向かった。